64.自己紹介
予定時刻丁度、俺たちは目的のファミレスの前にいた。
全員と店の外で合流し、重いガラスの扉を押し開ける。
「いらっしゃいませー」
明るく気の抜けた声と、肌をなでる温かい空気。
鼻腔をくすぐるのは、安っぽいコーヒーの匂いだ。
「八名様でよろしいですか?」
若そうな店員が人数を確認してくる。
「はい」
案内された広めのソファー席に、全員が腰を下ろした。
制服、スーツ、作業着、ランドセル。
どんな関係性なのか第三者には説明がつかないほど、見た目の属性はバラバラだ。けれど、本当に異常なのは見た目なんかじゃない。
――――その、中身だ。
誰一人として、まだ日常に戻れていない。
メニューを開く手つき。お冷のコップを持つ指先。
そのすべてが、いつでも武器を抜けるような、戦闘の延長線上の無駄のなさだった。
「死みかけるような修羅場のあとに、ファミレスって……」
「落差が凄まじいですね」
サクラコさんが少しだけ引きつった笑みを浮かべる。
「……どうにも落ち着かないわ。さっきまで仕事をしていた自分達もだけど」
カオルさんが隙のない動作で腕を組んだ。
「だが、悪くはねぇな」
ゴランさんが無骨な手でコップを持ち上げる。
「生きてるって実感が湧くじゃねぇか」
「そうですなぁ……」
ハチベエさんがしみじみと頷く。どうやらなんとか定時で会社を抜け出せたらしい。帰るのも一苦労だったんだろう。
「ぼく、メロンソーダ!ドリンクバーいいよね?」
ダイゴローが子供らしく元気にメニューを指差した。
その無邪気な一言で、張り詰めていたテーブルの空気が、ようやく少しだけ緩む。全員分のドリンクバーを注文して、飲み物を運んだ。
「……んで、やろっか」
「何をだ」
「一応、自己紹介」
ヤマトの問いに、ハヤミがあっけらかんと答える。今更それかと俺は思った。名前も知っているし、背中を預けて戦った仲だ。だけど、たしかに自分達は、お互いの「元の世界での顔」をほとんど知らない。
「この世界でのみんなのこと、まだちゃんと話してないしね」
俺が言葉を足すと、全員がわずかに沈黙し、それから小さく頷いた。
「……じゃあ、俺からでいい?」
軽く手を上げると、全員の視線が俺に集まる。
「花園由良。十七歳。高校二年。高校一年まで剣道やってた。けど、今はもうやってない」
一瞬、言葉が詰まる。養護施設で育ったこと、学校で『みなしご』と蔑まれ、いつ死んでもいいと思っていたこと……そんな陰惨な過去を濁すように、俺は言葉を付け足した。
「……まあ、ずっと一人で生きてたよ」
それで十分だと思った。
「へぇ」
ハヤミがニヤリと不敵に笑う。
「大会とか優勝してそう。出会った時から動きが普通と違ってたし」
「中学時代にそれなりにね」
今はもう、その時の栄光なんて見る影ない。
「次、オレだ」
次に口を開いたのはヤマトだ。金髪碧眼の整った顔立ちで、淡々と言い捨てる。
「嘉納大和。十八。高三」
それだけだった。あまりにも簡素すぎる。
「……おいおい、それだけかよ?」
ゴランさんが呆れたように眉を上げた。
「十分だ」
「いやいや。絶対なんかあるでしょ、その雰囲気」
カオルさんが鋭く食いつくが、ヤマトは表情ひとつ変えない。
「あるが、話す必要はない」
多くを語りたくない理由があるのは、その冷めきった瞳を見ればなんとなくわかる。けれど、そこにハヤミが容赦なく割り込む。ストローで氷をくるくると回しながら、爆弾を落とした。
「まーね。この人、裏社会のど真ん中の人だから。実家がヤバい系」
一瞬、テーブルの空気が凍りついた。
「裏って……」
「そのまんま。極道」
あっさりとハヤミは言ってのけた。
「……なるほどな」
ゴランさんが深く納得したように頷く。修羅場慣れしているヤマトの理由が、それで繋がったのだろう。
「ちょっと、なんであんたがそんなこと知ってるのよ」
カオルさんが眉をひそめて尋ねると、ハヤミは肩をすくめた。
「知ってるもなにも」
ハヤミは隣のヤマトを親指で指す。
「血、繋がってるし」
「「は?」」
ゴランさん、ハチベエさん、カオルさんの声が綺麗にハモった。
「現実世界じゃ、あたしたち実の兄妹だよ」
複雑な家庭環境のはずなのに、ハヤミは軽いノリで微笑む。サクラコさんは優しく微笑み、ダイゴローも動じない。この二人は迷いの森で既に聞いていたからだ。
「……親が離婚して別々になっただけ。だから苗字も違うし、普段は他人みたいなもん」
「……そう。だから異世界でハヤミはヤマトを『兄貴』って呼んでたのね」
カオルさんがやっと腑に落ちたという顔をする。
「色々あるんだな、お前らも」
「まあね」
曰くありげにハヤミが笑う。先ほど一緒にいたけど、そこまで不仲というワケでもないし、確執なんてものがあるとは思えないほど普段通りだった。離婚したとか実家の事を除けば、兄妹仲はきっとよかったんだろうな。
「てことで、次あたしね!」
ハヤミが気を取り直したようにパッと手を上げる。
「藤堂早美、十七歳!華のJK二年だよーん!」
「……元ヤン?」
カオルさんの見抜くような視線に、ハヤミは胸を張った。
「現役バリバリ。レディースの総長!」
「胸を張るんじゃないわよ」
どっと笑いが起きる。
「家がつまんなくてさ、親に反抗して家出してやった。今は兄貴から金だけむしり取って一人暮らし!」
さらっと言ったその言葉の裏にある陰に、俺たちは何も言わずに受け止める。
次はサクラコさんが名乗り出た。
「私は壇ノ浦桜子、二十五歳です」
サクラコさんが美しい所作でお辞儀をするように続けた。
「元々はエステティシャンとして働いていました。……ちょっと、職場でトラブルがありまして……今は別会社で働いています」
いつも笑顔のサクラコさんが一瞬だけ曇る。誰もそれ以上は聞かなかった。
「俺ァ、磯部五藍。五十代のおっさんよ」
ゴランさんが太い腕で頬杖をつきながらニカッと笑う。
「建設会社の社長をやってる」
「あーなんか社長っぽい」
「一応、な……」
ゴランさんの声がわずかに低くなる。その背中に暗いものが一瞬だけ見えた気がした。
「ぼく、八重樫大五郎!七さい!」
ダイゴローがピンと手を伸ばす。
「小学生!!」
可愛いー!とハヤミとサクラコさんが身を乗り出し、一気に空気が和む。
「本山八兵衛、六十歳……しがないコピー機の営業マンですじゃ」
「むぅー……漂うブラック企業臭がします。しかもコピー機……光の戦士」
「ユラさん、なぜ分かります!?」
「いや、滲み出てるから」
「ねー」
満場一致の突っ込みに、ハチベエさんが「ひええ」と頭を抱え、また笑いが弾けた。
「近藤薫、年齢は四十代よ」
最後にカオルさんが大人の余裕を見せて微笑む。
「ジュエリーショップの営業部長をしてるわ」
「わあ、強そう。カッコイイ。しごでき女ってカンジ」
「実際強いわね。営業成績はずっとナンバーワンなんだから」
カオルさんが誇らしげに笑う。異世界でもあんなに厳しいのは、こういう土台があるからなんだろうな。みんなのお母さんみたいだし。
とりあえず、ひと通りの紹介が終わり、小さな静寂が流れた。
誰も、相手の過去をそれ以上深掘りしようとはしない。
だけど、言葉の端々で全員が察していた。
ここにいる全員が、元の世界で居場所をなくした者なんだって、なんとなく。
だけど、今はその居場所は確かにあると言える。
このチープなファミレスの席。この温かく騒がしい時間。そして、この傷だらけの八人。
それこそが今の、自分達の掛け替えのない居場所だと言えた。




