59.十万の魔物(4)
ヤマトは頭から血を流しながら、まだ銃を構えている。
ハヤミは片膝をつきながら、ハンマーを離していない。
サクラコさんは震える手で、倒れた兵士に回復をかけ続けている。
ダイゴローは擦り傷だらけで、それでも妖精たちを呼び続けている。
ゴランさんは息を切らしながら、負傷した片腕を押さえていた。
ハチベエさんは完全な魔力切れでふらついている。
カオルさんも、いつもの知的で優雅な余裕が消えて膝をついている。
親父も、スケさんもカクさんも、遊撃隊の仲間も、冒険者たちも。
みんな、ボロボロだった。
それでも誰一人として弱音を吐く事なく、俺の前に立っている。
「……なんで」
口から勝手に言葉がこぼれた。
「なんで……そこまでして、俺のために……」
スケさんが、血だらけの顔でニカッと不敵に笑う。
「決まってんだろ、ユラ」
カクさんも、血の混じった唾を吐き捨てて笑った。
「お前がこれまで、何度も守ってくれたからだ」
親父が、魔界種と刃を交えながら、俺を見ずに背中で叫ぶ。
「親が子供の前で恥ずかしい真似なんてできるかよ!」
胸の奥が、ありえないほどの熱さで燃え上がる。
ドクン。
心臓が大きく鳴った。
「立て、ユラ」
親父の低く重い声が脳に入ってくる。
「今のお前なら、できるだろ」
その一言で、身体の底から何かが一気に戻ってきた。俺は刀を地面に突き立て、それを支えにしてゆっくりと立ち上がる。
足はガタガタと震えているし、視界もかすんでまともに前が見えない。身体の限界なんてとっくに超越している。でも、不思議と心だけは一ミリも折れていなかった。
「……まだ、いける」
もう一度、視界のすべてに映る全員の姿を見た。そして、息を吸いこむ。
「全員、あと一歩だ!!」
俺の大声に、倒れかけていたみんながハッとして顔を上げる。
「立て!!」
魂の底から叫ぶ。魔界種が勝ち誇ったように嘲笑う。しかし、俺の視界にはもうそんな怪物の姿なんて映っていなかった。見つめているのは、仲間たちだけだ。
「最後まで立って戦え!!」
ハヤミの瞳に活力が戻る。ヤマトが口元をわずかに吊り上げる。サクラコさんが熱い眼差しで頷く。カオルさんが微笑む。ゴランさんが好戦的に笑う。ハチベエさんが震える手で杖を固く構え直す。ダイゴローが毅然とした顔で真っ直ぐ前を見据える。
「これで全部倒す!!」
その勇者の号令に呼応するように、ふらついていたみんなが、再び魔界種に向かって一斉に立ち向かっていった。
圧倒的な力で簡単に蹴散らされても、何度地面に叩きつけられても、ゾンビのように這い上がっては怪物にぶつかっていく仲間たち。その泥臭くて気高い姿を見て、彼らにばかり任せていられるわけがない。
率先して、この戦場を終わらせるために俺も動く。
「うおおおおおおおおッ!!」
それは、俺の魂そのものの叫びだった。本日二度目となる、圧倒的な黄金の光が視界のすべてを塗り替えていく。
「……嘘、もう一回勇者モードに……!?」
ハヤミの驚愕の声が遠くに聞こえた。
「無茶です、ユラさん……っ!身体が持ちません!」
後方からサクラコさんの悲痛な叫びも聞こえる。でも、ここで止まるわけにはいかない。止まれば、全員総崩れになる気がするからだ。
「聖なる雷よ」
俺が念じると、明るい空だった上空に雲が集まり、雷雲となる。上空からゴロゴロと音が轟き、そして、俺は刀を天へと向けた。
ピシャァァァンッ。
天から真っ直ぐに落ちた神聖な雷が、俺の刃へと宿る。俺はそのまま、バチバチと火花を散らす刀を一度鞘へと納めた。凄まじい雷光が鞘の内側で暴れ狂い、両手で必死に押さえつけなければ、そのエネルギーだけで身体ごと裂け散ってしまいそうだった。
「すべてを」
深く、深く息を吸い込む。
「斬る」
世界が完全に静止した。相手の間合いへ極限まで踏み込み、一気に刃を抜き放つ。
『居合――――雷光』
神速の一閃。
黄金の雷を纏った刃が、魔界種の巨体を一瞬で斬り裂いた。いや、斬ったのは肉体だけじゃない。化け物の悍ましい悪意も、そこにある空間そのものを白熱の雷で焼き焦がし、完全に断ち切ってやった。
「グ、ォォォオオオッ!!」
魔界種が、天を裂くような断末魔の悲鳴を上げる。その黒い身体は、断面から溢れ出した黄金の光に文字通り飲み込まれ、粒子となって跡形もなく消滅していった。
終わった。心の底からそう思った。
まるで、あのア●ンジャーズ・エンドゲーム並みの大決戦が終わったかのような、凄まじい達成感が胸を包み込む。
しかし、異変は唐突に訪れた。
ピシ……。
「……え?」
何かがひび割れる。嫌な音が静まり返った戦場に響いた。
空間に、明確な亀裂が入っている。まるでガラスの壁にひびが入るみたいに、目の前の虚空がメキメキと裂けていく。しかし、割れたのは城壁でも地面でもなかった。割れたのは、この異世界そのものだった。
俺が次元を斬り裂く居合いを放ってしまったせいで、世界の境界線が決壊したのだ。
ビリィィィィッ。
凄まじい音を立てて、黒い裂け目が一気に広がっていく。
「おいおいおい。これ、冗談抜きでやべぇぞ!?」
ゴランさんが叫び声を上げる。
「ちょ、えええ!?」
全身が猛烈な力で吸い込まれていく。肉体はそこに置いたまま、魂だけが強引に引っ張られている感覚だった。
「ユラッ!!」
ヤマトが叫びながら手を伸ばしてきた。
俺も手を伸ばして、がしっと壊れそうなほどの力で掴んだ。
次の瞬間、俺や仲間たちの身体は、次元の裂け目から溢れ出した純白の光に完全に包み込まれた。
世界が白く弾け、すべての意識が遠ざかっていく。
ガタン、ガタン。
振動音と共に、足元の床が大きく揺れた。
「……は?」
驚いて目を開けた。
俺の目の前にあったのは、吊り革だった。
規則正しく並ぶ座席、だるそうに揺れる車内、窓の外を流れていく朝の見慣れた街並み。
スピーカーから聞き慣れた電車の通知音とアナウンス。スマホをいじる乗客たちの無機質なざわめき。
俺は、ブレザーのポケットに手を入れたまま、呆然と呟いた。
「……ここ……日本……?」
四章 完




