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食堂店員兼勇者  作者: 平民
四章 十万魔物

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56.十万の魔物(1)

 王都は、不気味なほど静まり返っていた。

 あれほど活気ある街並みが、まるで別の場所のようだ。

 軒を連ねる商店はすべて固く戸を閉ざし、通りを行き交う人々の話し声も完全に途絶えている。

 吹き抜ける寒々しい風の音だけが響いていた。


 避難はなんとか完了している。カオルさんたちの尽力もあり、住民の九割は安全圏へと送り出した。それでも、


「……まだ、残ってる人も少しいる」


 足の悪い老人、動けない病人、避難の決断が遅れた者。

 きっとまだ、この街のどこかに取り残されている。

 だからこそ、逃げるわけにはいかない。


「ここで止める。絶対に王都へは入れさせない」


 俺は視線を下げた。高くそびえる城壁の下。眼下に広がる地平線をじっと見据える。


 遠くの大地が、どす黒くうごめいていた。

 最初は、不気味な巨大な影にしか見えなかった。

 だが、違った。地平線の彼方から押し寄せてくる塊。大地を隙間なく覆い尽くさんばかりの異形の集団だ。


「……来た」


 隣にいた誰かが、戦慄に声を震わせて呟いた。直後、凄まじい地鳴りが五感を揺さぶる。

 ズズズズ……と、大地そのものが低く唸るような不快な音だ。

 肌にまとわりつく空気が、一気に重く沈み込んでいく。

 魔物、魔物、魔物。

 どこを見渡しても、邪悪な集団がこちらに向かってきている。


「……はは」


 あまりの光景に、俺の喉から乾いた笑いが漏れた。


「本当に……来ちゃったな……」


 数なんてもう肉眼では数え切れない。

 地平線をすべて埋め尽くす黒の群れに緊張感が走る。

 それでも、不思議と足は震えなかった。いや、本当は怖くて恐怖に震えている。だけど、一歩も後ろへ下がるつもりはなかった。

 俺は胸いっぱいに大きく息を吸い込む。そして、肺の底から叫んだ。


「全員、聞けーーっ!!」


 声を張り上げた。今まで生きてきた中で、一番大きな声だった。

 遠くのようで近くにいる仲間たちの視線が、一斉に俺へと集まる。

 一瞬だけ、プレッシャーで頭が白くなりそうだったが、踏み出した。


「前衛のゴランさん、ハヤミは最前列で迎撃!」

「サクラコさんはけが人を優先しつつ攻撃!ハチベエさん、強化の魔法は絶対切らせるな!その間にありったけの攻撃魔法を!」

「ダイゴローは広域デバフと召喚術!逃げ遅れた者を発見次第、そっちを優先!」


 言葉が、堰を切ったように次々と溢れ出てくる。

 頭が異様なほどに冴え渡っていた。戦場のすべてが見えるし、みんなの気配が一本の糸で繋がっている感覚だ。


「カオルさんは遊撃!陣形が崩れそうな場所のカバーを!そして、ヤマト」


 遠く右に立つヤマトと目が合う。


「……全体を見てくれ。俺の指示じゃ届かないところ全部!」


 ヤマトは切れ長の碧眼を細めて短く頷いた。


「了解」


 それだけだが、俺たちの間には完全に言葉以上のものが通じ合っている。

 大丈夫だ。怖くない。

 俺は親父の作ってくれた刀の柄を握り締める。ぎゅっと、強く。


「……行くぞ」


 地鳴りがさらに大きくなり、魔物の群れが加速する。血に飢えた怪物の群れが、牙を剥いて突っ込んでくる。


「迎え撃つ!!」


 俺の号令が戦場に響き渡った。

 その瞬間、十万の死闘が幕を開けた。


 *


「どけどけぇい! 一匹残らず踏み潰すぞ!!」


 鼓膜を震わせる轟音。

 鉄の塊が、凄まじい爆音とともに異世界の大地を爆走する。

 ブラックマーケットで購入したバイクだ。黒煙を激しく上げながら魔物の渦へと突っ込んでいくそのシートの上で、ハヤミは堂々と立ち上がっていた。

 アクセル全開。片手でハンドルを固く握り、もう片方の手で巨大な戦鎚を振りかぶる。


「うちのユラの前を遮るんじゃねぇッ!!」


 爆炎の魔力を纏わせたハンマーを、敵のド真ん中へと投げつけた。


 ドゴォォォンッ。


 着弾と同時に爆発する。爆裂の属性が炸裂し、哀れな魔物の群れがまとめて数十匹吹き飛ぶ。


「よっしゃあ!!」


 ハヤミのバイクは止まらない。そのまま炎の車輪で敵の死体を踏み潰し、蹴散らし、突撃を続ける。

 一方、激戦区の少し後方。


「こっちだよ!急いで、走って!!」


 ダイゴローが、小さな手を懸命に振っていた。

 恐怖に怯える子供や老人を誘導し、必死に安全な城門へと駆ける。

 その背後から迫る巨大な魔物の影。


「大丈夫、大丈夫だから……!」


 声は震えている。それでも、ダイゴローの足は止まらない。


「みんな、あいつらをやっつけちゃって!」


 ダイゴローの周囲に広がる三匹の妖精たちが、一斉にニヤリと笑って飛び立った。


『うらああ!泥沼にハマりな!』

『動きが遅くて亀だろこいつら!』

『砂鉄、目潰しぃー!しねしねー!』


 容赦のないデバフの嵐。

 ダイゴローの弱体術によって、迫っていた魔物たちの動きが目に見えて鈍り、地面に足をとられて転倒していく。その隙に、ダイゴローは最後の一人を城門の中へと誘導に成功。


「……よし!次行くよ!」


 その頃、別の戦線では、王派の兵隊たちが最前線で防衛戦を繰り広げていた。


「くそ……下がれ、下がれ!!」


 平民を切り捨てた王を守るために動いていた彼らだったが、十万の物量を前に早々に自分達の陣営に押し込まれていた。足が恐怖で完全に止まっている。

 死の恐怖に支配され、武器を握る手もガタガタと震えて動けない。


「もう無理だ……全滅する……!」


 絶望の悲鳴が上がったその瞬間――――


 パン。


 乾いた高い音が戦場に響き、最前線の魔物の頭部が鮮烈に弾け飛んだ。


「……っ!」


 呆然とした兵士が振り返る。そこに立っていたのはヤマトだった。


「立て。死にたくなければ、動け」

「な、なんで……あなたは王家を捨てたはずなのに、なぜ俺たちを助ける……」


 王の敵として決裂したはずのヤマトだ。本来なら、王派の兵士など助ける義理は一ミリもない。

 ヤマトは一瞬だけ碧い瞳を細め、ゴミを見るような目で言い放った。


「……オレの視界で無様に死なれるのが目障りだからだ」


 言いながら、両手から銃声の嵐が吹き荒れた。


 パン、パン、パン、パンッ。


 正確無比。一発の無駄弾もない。

 魔物の額や心臓の急所だけを見事に撃ち抜き、崩壊しかけていた戦線を一人で強引に押し戻していく。


「……足手まといは後ろに下がってろ。戦いの邪魔だ」


 その圧倒的な強さと背負う威圧感は、もう完全に国を統べる王そのものだった。



「おし、いくぜ!変身ーっ!!」


 グオオオオオオ!!


 ゴランが叫ぶと、地響きと咆哮のような声が轟く。

 巨大な赤い影が、戦場の上空を完全に覆い尽くした。それはもう人間の姿ではなかった。


「がはははは!!」


 その身を巨大な赤いドラゴンに変えている。


「派手に行こうじゃねぇか、十万の大軍勢よ!!」


 巨躯の顎を開くと、その奥から強力な複合ブレスが吐き出された。

 激しい炎、すべてを凍らせる冷気、猛毒、そして暴風。

 それぞれの圧倒的なブレスが、戦場の大地を扇状に薙ぎ払っていく。直撃を受けた魔物たちは、地面ごと消し飛んでいく。


「雑魚どもはまとめて一瞬で消え失せな!」


 巨大な翼が一振りされるだけで、巻き起こる烈風が魔物の群れを紙切れのように吹き飛ばす。完全なる広範囲の雑魚一掃係だった。

 そして、その巨体の背後では。


「……ふむ、実に見事な大火力ですじゃ」


 ハチベエが感嘆な声をあげる。

 その周囲には、まばゆい光を放つ魔法陣がいくつも同時に展開されていく。一つじゃない。二つでもない。十、二十、三十。


「わたくしも負けてられないですな」


 とんがり帽子の頭上で優雅に指を振ると、展開された上級魔法が一斉に放たれた。

 暴風が吹き荒れて魔物を切り刻み、天から巨大な火の玉が降り注ぐ。鋭い氷の槍が敵の群れを貫き、大地が生き物のように蠢いて魔物を飲み込んでいく。光と闇以外の全ての魔法を極めた魔法の猛攻により、魔物の群れが信じられないスピードで消滅していく。


「さあ、まだまだ残っています。次に行きますぞ」


 高齢の身体でありながら、ハチベエの詠唱スピードも魔力も衰えない。一人で軍隊に匹敵する魔法の暴力だった。


 *


 戦場は、すでに敵味方が入り乱れる混沌と化している。

 だが、こちらの防衛線は崩れていない。むしろ、十万の軍勢を相手にこちらが押し返している。


「……いける、押せてる!」


 誰がどこにいて、どこに魔物の増援が向かい、何が足りないか。そのすべてが、クリアに見えている。


「左、さらに押し込める!ゴランさん、そのままブレスで一気に制圧!」

「中衛、前線の回復を最優先で!サクラコさん、そのまま治療のラインを維持して!」

「ヤマト、右の兵隊たちが崩れそうだ、そっちのカバーを頼む!」


 指示が次々と口に出る。そこには一切の迷いはない。

 俺の指示を受けた全員が、何一つ疑うことなく、完璧にその通りに動いてくれる。

 とりあえずは上出来な滑り出しだった。

 

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