53.最後の営業日
夕方の十六時をまわり、夕方から夜にかけての営業時間がスタートした。
「ユラ、そっちのテーブル注文お願い!」
「はーい、今行くよー!」
俺は伝票とペンを手に取り、慌ただしく店内のテーブルを駆け回る。
常連客のスケさんカクさんをはじめ、店に集まっている兵士たちの多くは、明日から遊撃隊として前線に参加したり、避難先への護衛役として王都を離れていく者たちばかりだった。遠くの安全な地域へ引っ越していく町人も多い。
さすがに十万の魔物がくるという未曾有の危機に瀕しているため、この下町屋も今晩の営業をもって一時ストップすることになっている。
「兄ちゃん、こっちも注文頼むわ!」
「……言え」
ヤマトは相変わらず無愛想で冷たい接客態度だった。
おなじみの塩対応だなと苦笑いしていると、なぜかその態度が一部の女性客や冒険者たちに劇的に刺さっているらしかった。
「きゃー冷たいのに言葉にできないくらい超かっこいい!」
「もっとゴミを見るような目で見つめてぇ!」
「イケメンによる極上の塩対応、滾るわぅ」
なんでこんな対応で人気が出てるんだよ。ドMですかキミ達。
「よっしゃー!今夜は飲むぞー!」
ゴランさんは接客をするフリをしながら、普通に自分も酒を煽っていた。
あのさ、酒を飲むのはお金を払ってくれるお客さんであって、店員のゴランさんじゃねーだろ。しかもそれ、売上になるお店の商品。
「飲むのは客だ!店の商品を勝手に飲むんじゃない!」
「ぐえっ!?」
間髪入れずにカオルさんの鉄拳がゴランさんの頭頂部に叩きつけられた。
店内にはどっと大きな笑い声が響き渡る。これも下町屋ではだいぶ見慣れた日常の光景だった。
「ちゅ、注文は……えっと……」
ハチベエさんは厳めしい冒険者の客の前で、完全に腰が引けてビビり散らかしていた。
「じいさん、緊張しすぎだぞ。もっと肩の力を抜きな」
「は、はいぃ……接客や営業なんて、元の世界で営業マンをやっていた時以来でして」
「え?」
「あ、いや……なんでもありませんですじゃ!」
ハチベエさんも、ゴランさんも、カオルさんも、ダイゴローも、実はみんな元の日本から飛ばされてきた人物だって最近知ったんだよな。
本当に俺たち、すごい確率で巡り会った仲間たちなんだなって思う。
「ねえねえ、勝負しようよ!いつもの腕相撲大会!」
「お、いいねぇ!ハヤミちゃん!」
「今夜こそは絶対に負けねぇぞ!」
「ふふん、このあたしに勝とうなんて百年早い」
ハヤミは客たちを巻き込んで、恒例の腕相撲大会を仕切り始めた。
いつもは他のお客さんの迷惑になるからって閉店前以外は許可してないんだけど、今夜だけは特別な夜だから大目に見ることにした。
「レディー……ファイッ!」
「うおおおおお!!」
「ぬおおおおお!!」
カンカンカンと、鍋の底を叩く勝敗の金属音が鳴り響く。
「ハヤミの勝利ー!」
「当然!あたしは最強!」
ハヤミは勝ち誇った顔で、力こぶを作って腕を突き上げていた。
「かーっ!ちくしょうめぇぇぇ!」
「次は男らしく殴り合いだ!」
「いいねぇ!!やってやろうじゃん!」
いやいや、全然よくないから。
店内の一角で唐突に客同士のファイトとかやめちくり。
「やれやれー!いけいけー!」
いつの間にか、頭のタンコブを押さえたゴランさんまでノリノリで野次馬に参戦している。
「アンタたち、遊んでないで真面目に接客しろい!!」
再びカオルさんの鉄拳がゴランさんとハヤミの頭に同時に炸裂した。
うわー……痛そう……。
「うわっ!?」
パリン。
そのすぐ横で、ダイゴローがお皿を落として割ってしまっていた。
「ご、ごめんなさい……!」
「あら、気にしなくていいのよー坊や」
「お手伝いしてえらいわねぇ。痛いの痛いのとんでけー」
「うぅ……子供扱いしないでよぅ……」
お皿を割ったことより、子供扱いされたことの方がショックだったらしい。
ダイゴローも少しずつマセて、成長してきているのかもしれない。
「ユラさん、シチューの火加減、少し強すぎますわ」
「あ、本当だ。ありがとう、サクラコさん」
サクラコさんと俺は厨房に並んで立ち、大きな鍋を木べらでじっくりとかき回していた。今夜は最後の営業だから、特製のビーフシチューを大盤振る舞いでメニューに並べている。
「ユラさん、本当にお料理の手際が良いですわね」
「慣れているだけだよ」
自然と笑みがこぼれる。すごく心が落ち着く時間だ。
この慣れ親しんだ場所で、この温かい時間。穏やかでいいひと時である。
「……良いなぁ。こうしてみんなで賑やかに接客をするのも」
サクラコさんも本当に楽しそうに目を細めて笑う。
二人で顔を見合わせながら、他愛のない世間話を続けた。
その晩、下町屋は閉店の時間までずっと賑やかで温かい活気に満ちあふれていた。
客たちの弾んだ笑い声、酔っ払いの怒鳴り声、皿やグラスが触れ合う心地よい音。そのすべてが混ざり合って、胸がじんわりと熱くなるような温もりを作っている。でも、その賑やかな笑い声の裏には、少しだけ名残惜しさが滲み出ていた。
この愛おしい日常が、これから先もずっと、末永く続いていくように。
明日迫り来る十万匹の魔物どもと全力で戦うために。
ここにいる人たちの未来を守るために。
俺が、絶対にみんなを守ってみせるぞ。
今度は誰かに任せたり、逃げ出したりなんかしない。
俺が、やるんだ。チー牛でもやる時はやるんだい!




