51.兄妹の会話
王城の重々しい大門をくぐり抜けた時だった。
どんよりと曇った空の下、貴族街へと続く石畳の路上に、見覚えのある人物がぽつんと立っていた。
長いハニーブロンドの髪をサイドポニテにまとめたハヤミだった。肩には身の回りのものを詰め込んだのであろう大きな風呂敷包みを担いでいる。そして、その顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんでいた。
「……何をしている」
ヤマトが足を止めると、ハヤミはにっと口角を上げた。
「家出」
「……お前もか」
「お前も、ってことは兄貴も?王太子をやめたの?」
「辞めた」
「うわ、やるじゃん!」
ハヤミは驚いたように目を丸くさせたが、すぐに可笑しそうに笑った。
「そっちは」
「公爵家をやめてきた。父親がさ、女は家に入れ、戦うな、男の後ろでおとなしくしてろってうるさいから、半分くらい屋敷を壊して出てきた。ちょっとすっきりした」
「……そうか」
ヤマトはそれ以上追求しなかった。ハヤミがそこまで暴れたということは、相応の暴言を吐かれ、存在そのものを否定されたのだろう。その怒りの深さは想像に難くない。
「兄貴の方は?」
「王が平民の命を『軽微な被害』と吐き捨てた」
「最悪じゃん……で、キレたの?」
「少しな。椅子に座っているだけの無能なジジイと言った」
「あははは!それ最高じゃん!」
ハヤミは腹を抱えて笑った後、二人で振り返って白い城を見上げた。
身分と見た目だけで人間を推し量る腐った箱庭。今の二人にとって、そこはただの空っぽな石の塊に過ぎなかった。
「これから十万の魔物が押し寄せてくるって時に、王太子と公爵令嬢が揃って家出かぁ」
「最悪の状況だな」
「でも、あのまま家にいても何もできないじゃん。なら、こっちの方がマシ。自分の力で戦えるから」
ハヤミは拳をぎゅっと握る。
「ユラのところに行くんでしょ?」
その名前が出た瞬間、ヤマトの表情がわずかに硬くなった。
「……兄貴、ユラとなんかあった?」
「何もない」
「嘘。顔が怖いじゃん。いつもの無愛想じゃない。夜会の時でしょ?ユラ、露骨に変だったもんね」
「……見ていたのか」
「見ていたというか……察した。ユラもいろいろあるんでしょ。だってあんな息苦しい場所だよ?誰だって嫌になるでしょ」
たしかに身分差別と選民意識が先行したルッキズム共の総本山だ。
不満の一つや二つを吐いたり、イライラしたりもするだろう。だけど、
「あいつは……オレと一緒にいたくないと言った。腕も振り払われた」
「……そうなんだ……」
兄の方を少し気の毒に思いながらも、ユラにもいろいろ理由があるのだろう。理由なく拒否するような人間ではない。という事は、ユラってばもしかして……と、一つの可能性が思い浮かぶ。だが、それを言うわけにはいかない。
「何かした覚えはないし、誤解を与えたわけでもない。だから拒まれる理由がわからない」
「兄貴の修行が一番容赦なかったから嫌われたんじゃない?ユラ、最後の方はもう半泣きだったじゃん。兄貴の方を睨んでたし」
「……っ、ある意味ありえそうだな……」
ヤマトがずーんと少し肩を落とす。
冗談で言ったつもりなのだが、本気で落ち込みそうになる兄に焦る。
「ま、まあまあ、冗談はさておいて」
さすがにこんな兄の苦悩を突っぱねることはできなかった。妹として、仲間としての助言を口にする。
「ユラは兄貴を本気で拒みたかったわけじゃないよ。それだけはわかる」
「……それでも、微妙に傷つきはした。やはり修行の恨みか」
「だからそれは違うってば。冗談で言ったんだって」
兄がこんな風に悩むのを見るのは初めてかもしれない。あまり人に関心を持たず、何を考えているかわからないような兄が、こんな風に悩むのを見るのは本当に珍しい事だ。
「兄貴ってユラに逃げられると、追いかけたくなるでしょ?」
「……それはある」
「それ、ユラにめちゃくちゃ執着してる。ほんと、珍しい事だよねー」
「……たしかに珍しい事だな。基本的に他人がどうなろうがどうでもいい」
ヤマトは無言のまま、下町の方角を見つめた。
アイツがいる場所を。
「まずは話すことが大事でしょ。避けられた事を責めるんじゃなくて優しく、ね。そんでしっかり仲直りをしよう。もしユラを泣かせたら、あたしがハンマーでぶん殴る」
「殺す気か」
「兄貴がユラを傷つけたらね。……じゃあ、急ごうよ。ユラ、きっと今ごろ一人でグルグル悩んでるかも」
「……そうだな」
二人は腐敗した城に背を向け、下町の方へ歩き出した。




