48.決別宣言
王城の謁見の間を包むのは静寂だった。
重厚な扉が軋んだ悲鳴を上げて開かれる。
先の戦いで刻まれた無数のひび割れは修復すらされず、並び立つ貴族達と壁際の衛兵は、誰一人として指先一つ動かさない。
最奥の玉座に鎮座する国王は、感情の失せた眼光で階下を見下ろしていた。
「……来たか、ヤマト」
広い空間にカノン王の声が響き渡る。
「呼ばれましたので」
ヤマトは形式的な片膝をついた。
しかし、頭を下げることは決してない。
「今回の件、すでに全容は聞いている」
王が淡々と口を開く。
「夜会に魔族の侵入を許したそうだな」
「……はい」
「明白な警備の不備だ。弁明の余地はない。その責任は極めて重い」
間を置かずに言い放つ王の口調は、あまりにも無機質だった。
「……で」
ヤマトが声音を低く響かせた。
「被害の方はどうお考えで?」
わずかに揺らいだ空気に、周囲の貴族達が揃って息を潜めるのが分かった。
「貴族の何名かが負傷したと報告を受けている」
王の即答はそれだけだった。他には何も付け足そうとはしない。
「……それだけ、ですか」
ヤマトの声から、完全に温度が消えていく。
「それ以上、何があるというのだ」
王は眉一つ動かさず、冷淡に言葉を重ねた。
「平民の被害など軽微に過ぎん」
その一言が放たれた瞬間、ヤマトの胸中で何かが決定的に切り替わり、湧き上がるのは失望だった。
「……軽微、ですか」
「事実を言っているまでだ。優先順位を見誤るな。国を支える大貴族の命に比べれば、代替の利く平民の損失など無に等しい」
当然の権利を主張するように言い放つ王。その傲慢な横顔を見た瞬間、ヤマトの瞳から完全に光が消えた。
「……お前」
敬称を捨て去った剥き出しの言葉。
「本気で言ってんのか」
ざわ、と不穏な動揺が場内に走る。若き王太子の豹変に、貴族達の間にざわめきが起きる。
「無礼だぞ!」
「殿下、言葉が過ぎます……!」
あちこちから非難の雑音が漏れるが、ヤマトは一切耳を貸さない。
「言葉を慎め、ヤマト」
王の声に不快感が混じる。
「慎む必要があるのはそっちだ」
即答すると同時に、ヤマトは躊躇なく続ける。
「人間をただの数字でしか見ていない。それでよく王をやってるつもりになれるな」
「……貴様」
人形のようだった王の目に、初めて剥き出しの感情が露になる。
「笑えねぇよ」
ヤマトは冷酷に吐き捨てた。
「守る気ねぇだろ、この国を」
「……違う、私は王としての職務を……」
「その王が貴族以外を守る気がないなら同じだ」
言葉を遮る視線には、容赦も慈悲もない。
「安全な玉座にふんぞり返って命令だけ下し、都合が悪くなったら前線の人間を切り捨てる。ふざけるな」
呆れ果てた声は容赦ない。
「ただの責任放棄だろ、それ。まともな決断すらできねぇなら、最初からその席に座るな。迷惑だ」
ヤマトの言葉は止まらない。
「お前は王じゃない。王の器すら持っちゃいない。責任からひたすら逃げ回って、その椅子に座ってるだけの無能なジジイだ」
完全に凍りついた空間の中、数人の衛兵が一歩を踏み出しかける。
しかし、それを制したのは他でもない王自身の手だった。王が彼らを止めた理由はただ一つ。
目の前に立つ我が子が、心底恐ろしかったからだ。
己以上の威圧感を放ち、測り知れない未知の闇を背負う存在に、王は本能的な恐怖を抱いていた。
そして、さらにヤマトは宣告する。
「王太子、辞める」
一方的な発言にさらに周りがどよめく。
「こんな腐った国に、俺が従う価値は万に一つもない」
「……発言を取り消せ」
王は権威の圧で息子を抑えつけようとする。だが、カノン王の体が微かに震えているのをヤマトは見逃さない。
「断る」
迷いなく即答する。
「王としての命令だ!」
「だから何だ。命令なんかで人は動かねぇよ。人を動かすのは、上に立つ者の確固たる意思だ。体裁ばかりを気にして保身に走るお前には、それが致命的に欠落している。だからこの国は終わってるんだ」
実の父親という存在を完膚なきまでに全否定し、ヤマトは背を向けた。
「以上だ」
二度と振り返る気などない。僅かばかりの良心を残していた貴族達は、その正論にただ俯くしかない。
それは王家との完全なる決裂宣言だった。
「待て!!」
遮るように鋭い怒号が飛ぶ。王直属の近衛兵達だった。
数人が一斉に前に躍り出て、ヤマトの退路を塞ぐ。
「どこまでも無礼な!」
「王に対する看過できぬ不敬である!」
「いかに殿下とはいえ、今の発言は明らかな反逆に等しいぞ!」
一斉に剣が抜かれ、金属音が鋭く室内に鳴り響く。一触即発の緊張感が張り詰めるが、ヤマトの足取りは乱れない。
「聞こえなかったのか!その場に伏せろ!」
「反逆の罪で身柄を拘束する!」
喚きたてる衛兵達の前で、ヤマトの足がぴたりと止まった。
「……うるせぇな」
うんざりするような低い声。
ただそれだけで、近衛兵達の身体が硬直した。凄絶な威圧感と殺気が、彼らの動きを完全に縛り付ける。
「王の前だぞ!?その態度をあr」
言い終わるより早く、ヤマトの手が滑らかに動いた。腰のホルスターから引き抜かれたのは、黒く鈍い光を放つ物体。この異世界には存在しない異質な形状の武器。
拳銃。それを手にしたヤマトの意図を、理解できる者は誰一人としていなかった。
「……どけ」
冷酷な警告と同時に、銃声が弾けた。
パン。
乾いた高音が謁見の間に鳴り響く。魔力による雷でも火炎でもない。物理的な衝撃。
「がっ!?」
衛兵の持っていた剣が弾き飛ばされた。
パン、パン、パン。
音が連続して響き渡る。
襲いかかろうとした衛兵たちの武器が、次々と正確無比に撃ち抜かれて弾かれていく。
誰一人として傷ついてはいない。肉体は無傷。にもかかわらず、誰も一歩も動けなかった。
「……な、んだ、これは……」
武器を失った衛兵の顔が、見る見るうちに土気色へと変わっていく。その手は、恐怖のあまりに激しく震えていた。
何が起きたのか理解できない。だが、戦いを生きてきた本能だけが理解していた。今の一撃は、いつでも自分たちの命を容易く刈り取れたのだと。
しん、と静まり返る。ヤマトは硝煙の立ち上る銃口をゆっくりと下ろす。
「……躾がなってねぇな、どいつもこいつも」
冷徹極まりない声で言い捨てる。
「命令を履き違えるな。撃たれたくなきゃ、大人しく引っ込んでろ」
その場の完全なる支配に、誰も逆らうことなどできなかった。
近衛兵達が恐怖に後ずさる。床に落ちた剣を拾うことすら、その威圧感が許さない。
周りの貴族達も完全に沈黙し、怯えた表情で立ち尽くしていた。
ヤマトは何事もなかったかのように、再び歩みを進める。もはや、その歩みを遮る者は誰も存在しなかった。
ただ一人、王だけが理解していた。
目の前を去りゆく息子は、もはや言葉や法、王の命令といった鎖で縛れる存在ではないのだと。
重厚な扉が閉ざされる。それは、王家とヤマトの関係を完全に終わらせるものだった。




