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食堂店員兼勇者  作者: 平民
四章 十万魔物

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48.決別宣言

 王城の謁見の間を包むのは静寂だった。

 重厚な扉が軋んだ悲鳴を上げて開かれる。

 先の戦いで刻まれた無数のひび割れは修復すらされず、並び立つ貴族達と壁際の衛兵は、誰一人として指先一つ動かさない。

 最奥の玉座に鎮座する国王は、感情の失せた眼光で階下を見下ろしていた。


「……来たか、ヤマト」


 広い空間にカノン王の声が響き渡る。


「呼ばれましたので」


 ヤマトは形式的な片膝をついた。

 しかし、頭を下げることは決してない。


「今回の件、すでに全容は聞いている」


 王が淡々と口を開く。


「夜会に魔族の侵入を許したそうだな」

「……はい」

「明白な警備の不備だ。弁明の余地はない。その責任は極めて重い」


 間を置かずに言い放つ王の口調は、あまりにも無機質だった。


「……で」


 ヤマトが声音を低く響かせた。


「被害の方はどうお考えで?」


 わずかに揺らいだ空気に、周囲の貴族達が揃って息を潜めるのが分かった。


「貴族の何名かが負傷したと報告を受けている」


 王の即答はそれだけだった。他には何も付け足そうとはしない。


「……それだけ、ですか」


 ヤマトの声から、完全に温度が消えていく。


「それ以上、何があるというのだ」


 王は眉一つ動かさず、冷淡に言葉を重ねた。


「平民の被害など軽微に過ぎん」


 その一言が放たれた瞬間、ヤマトの胸中で何かが決定的に切り替わり、湧き上がるのは失望だった。


「……軽微、ですか」

「事実を言っているまでだ。優先順位を見誤るな。国を支える大貴族の命に比べれば、代替の利く平民の損失など無に等しい」


 当然の権利を主張するように言い放つ王。その傲慢な横顔を見た瞬間、ヤマトの瞳から完全に光が消えた。


「……お前」


 敬称を捨て去った剥き出しの言葉。


「本気で言ってんのか」


 ざわ、と不穏な動揺が場内に走る。若き王太子の豹変に、貴族達の間にざわめきが起きる。


「無礼だぞ!」

「殿下、言葉が過ぎます……!」


 あちこちから非難の雑音が漏れるが、ヤマトは一切耳を貸さない。


「言葉を慎め、ヤマト」


 王の声に不快感が混じる。


「慎む必要があるのはそっちだ」


 即答すると同時に、ヤマトは躊躇なく続ける。


「人間をただの数字でしか見ていない。それでよく王をやってるつもりになれるな」

「……貴様」


 人形のようだった王の目に、初めて剥き出しの感情が露になる。


「笑えねぇよ」


 ヤマトは冷酷に吐き捨てた。


「守る気ねぇだろ、この国を」

「……違う、私は王としての職務を……」

「その王が貴族以外を守る気がないなら同じだ」


 言葉を遮る視線には、容赦も慈悲もない。


「安全な玉座にふんぞり返って命令だけ下し、都合が悪くなったら前線の人間を切り捨てる。ふざけるな」


 呆れ果てた声は容赦ない。


「ただの責任放棄だろ、それ。まともな決断すらできねぇなら、最初からその席に座るな。迷惑だ」


 ヤマトの言葉は止まらない。


「お前は王じゃない。王の器すら持っちゃいない。責任からひたすら逃げ回って、その椅子に座ってるだけの無能なジジイだ」


 完全に凍りついた空間の中、数人の衛兵が一歩を踏み出しかける。

 しかし、それを制したのは他でもない王自身の手だった。王が彼らを止めた理由はただ一つ。

 目の前に立つ我が子が、心底恐ろしかったからだ。

 己以上の威圧感を放ち、測り知れない未知の闇を背負う存在に、王は本能的な恐怖を抱いていた。


 そして、さらにヤマトは宣告する。


「王太子、辞める」


 一方的な発言にさらに周りがどよめく。


「こんな腐った国に、俺が従う価値は万に一つもない」

「……発言を取り消せ」


 王は権威の圧で息子を抑えつけようとする。だが、カノン王の体が微かに震えているのをヤマトは見逃さない。


「断る」


 迷いなく即答する。


「王としての命令だ!」

「だから何だ。命令なんかで人は動かねぇよ。人を動かすのは、上に立つ者の確固たる意思だ。体裁ばかりを気にして保身に走るお前には、それが致命的に欠落している。だからこの国は終わってるんだ」


 実の父親という存在を完膚なきまでに全否定し、ヤマトは背を向けた。


「以上だ」


 二度と振り返る気などない。僅かばかりの良心を残していた貴族達は、その正論にただ俯くしかない。

 それは王家との完全なる決裂宣言だった。


「待て!!」


 遮るように鋭い怒号が飛ぶ。王直属の近衛兵達だった。

 数人が一斉に前に躍り出て、ヤマトの退路を塞ぐ。


「どこまでも無礼な!」

「王に対する看過できぬ不敬である!」

「いかに殿下とはいえ、今の発言は明らかな反逆に等しいぞ!」


 一斉に剣が抜かれ、金属音が鋭く室内に鳴り響く。一触即発の緊張感が張り詰めるが、ヤマトの足取りは乱れない。


「聞こえなかったのか!その場に伏せろ!」

「反逆の罪で身柄を拘束する!」


 喚きたてる衛兵達の前で、ヤマトの足がぴたりと止まった。


「……うるせぇな」


 うんざりするような低い声。

 ただそれだけで、近衛兵達の身体が硬直した。凄絶な威圧感と殺気が、彼らの動きを完全に縛り付ける。


「王の前だぞ!?その態度をあr」


 言い終わるより早く、ヤマトの手が滑らかに動いた。腰のホルスターから引き抜かれたのは、黒く鈍い光を放つ物体。この異世界には存在しない異質な形状の武器。

 拳銃。それを手にしたヤマトの意図を、理解できる者は誰一人としていなかった。


「……どけ」


 冷酷な警告と同時に、銃声が弾けた。


 パン。


 乾いた高音が謁見の間に鳴り響く。魔力による雷でも火炎でもない。物理的な衝撃。


「がっ!?」


 衛兵の持っていた剣が弾き飛ばされた。


 パン、パン、パン。


 音が連続して響き渡る。

 襲いかかろうとした衛兵たちの武器が、次々と正確無比に撃ち抜かれて弾かれていく。

 誰一人として傷ついてはいない。肉体は無傷。にもかかわらず、誰も一歩も動けなかった。


「……な、んだ、これは……」


 武器を失った衛兵の顔が、見る見るうちに土気色へと変わっていく。その手は、恐怖のあまりに激しく震えていた。

 何が起きたのか理解できない。だが、戦いを生きてきた本能だけが理解していた。今の一撃は、いつでも自分たちの命を容易く刈り取れたのだと。


 しん、と静まり返る。ヤマトは硝煙の立ち上る銃口をゆっくりと下ろす。


「……躾がなってねぇな、どいつもこいつも」


 冷徹極まりない声で言い捨てる。


「命令を履き違えるな。撃たれたくなきゃ、大人しく引っ込んでろ」


 その場の完全なる支配に、誰も逆らうことなどできなかった。

 近衛兵達が恐怖に後ずさる。床に落ちた剣を拾うことすら、その威圧感が許さない。

 周りの貴族達も完全に沈黙し、怯えた表情で立ち尽くしていた。


 ヤマトは何事もなかったかのように、再び歩みを進める。もはや、その歩みを遮る者は誰も存在しなかった。


 ただ一人、王だけが理解していた。

 目の前を去りゆく息子は、もはや言葉や法、王の命令といった鎖で縛れる存在ではないのだと。

 重厚な扉が閉ざされる。それは、王家とヤマトの関係を完全に終わらせるものだった。



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