47.ガリオの爆弾
「もっと来いぃ!!もっと楽しませてみせろ、勇者ァッ!!」
奴が放つ威圧感がさらに膨れ上がり、抗えない恐怖に、俺の身体は自然と小刻みに震えだした。
だけど、ここまで来たら当たって砕けるだけだ。
奴を倒さない限り、この王城はただでは済まないのだから。
俺は床を蹴り、再びガリオの絶対的な間合いへと飛び込んだ。
一歩でも間違えれば、その瞬間に肉塊に変えられる死の距離だ。でも敢えて踏み込む。
「はあああああッ!!」
閃光のような横一閃。
骨を断つ手応え。深く、確実に奴の肉を切り裂く。
「ああ……いい!!素晴らしいぞぉお!!」
口から大量の鮮血を吐き散らしながら、ガリオは恍惚とした笑みを浮かべた。
まるで筋金入りのドMかと思うほど、俺の攻撃を受けるたびに悦びに打ち震えている。
どういう趣味なんだコイツ。戦闘狂を通り越して、ただただ気持ち悪い。ドMなブタゴリラだなんて勘弁してくれい。
だが、その恍惚の奥にある奴の瞳は、俺を明確に強敵として警戒していた。
「本当に最高に楽しませてくれる。まさか人間のガキが、ここまで俺に肉薄するとはな……!」
ガリオが巨大な斧を深く構え直す。
圧力がさらに倍に跳ね上がる。風圧だけで周囲の頑丈な石柱に無数のひび割れが走っていく。奴が一歩を踏み出すだけで、空間が爆発したかのような衝撃波が吹き荒れた。
映画やアニメで見た熱い展開のボスの演出が脳裏をよぎる。
「さあ、ここからは本気でいこうや」
大斧が、爆音を置き去りにして振り抜かれた。
ドゴォォォォォォン。
床が爆散する。柱が消し飛ぶ。
ただの一振りの余波だけで、絢爛豪華だった夜会ホールの半分が、一瞬で瓦礫の山へと崩壊した。
「っ……!」
直撃を免れたものの、あまりの暴風に全員が大きく後退を強いられる。
重すぎる。速すぎる。この巨体で、こんな攻撃は避けきれるわけがない。
「はぁあああッ!!」
それでもハヤミが果敢に踏み込んだ。
全力のハンマーを脳面に叩きつける。しかし……
「もう、軽いぞ」
ガリオは表情一つ変えず、ハヤミの自慢の剛力を斧の片面だけで完全に受け止めた。そのまま、虫を払うかのようにハンマーごとハヤミを弾き飛ばす。
「ぐっ……あっ!?」
吹き飛ぶハヤミの前に、ゴランさんが割り込んだ。
龍族の鉤爪を容赦なく振るうが、それすらも重い金属音とともに容易く弾き返されてしまう。
「……っ、こいつ、底が見えねえ……!」
明確に、相手の出力が「上」に切り替わっていた。
「ふははは!!まとめて木端微塵に潰れてみせろォ!!」
ガリオの斧が天高く振り上げられる。ごうっと凶悪な竜巻が巻き起こり、その暴風に巻き込まれたヤマト、カオルさん、ハチベエさんが、激しく壁へと叩きつけられた。
三人は激しく血を吐き、そのまま床に崩れ落ちて昏倒してしまう。
「おいおい、もう終わりか? 次はどいつだぁ!」
ガリオが次の獲物を定める。その最悪な視線の先にいたのは、サクラコさんだった。
「――――ッ!」
サクラコさんが悲鳴を堪え、魔力の毛糸で何重もの強固な防壁を編み上げる。だけど、奴の斧の速度には到底間に合わない。
「サクラコっ!!」
ダイゴローが前に飛び出した。
その小さな身体から、三匹の妖精たちが弾き出されるように一斉に広がる。ありったけの全ての精神魔力を込め、最大出力のデバフをガリオに叩きつける。
「邪魔だ、ガキがァ!」
しかし、ガリオの一振りは、デバフをあっさりと吹き飛ばした。
「まずは足手まといの女子供、二匹まとめて肉塊にしてやるよ!」
サクラコさんとダイゴローの頭上に、大斧が容赦なく振りかぶられる。
二人の顔は血の気が引いた。
「やめろおおお!!」
「だめぇええええ!!」
ゴランやハヤミが悲鳴をあげ、顔を覆う。
ズドォォォォォォォンッ。
それは、天から落ちたのではない。
どこからともなく出現した純白の雷が、ガリオの脳天へと真っ直ぐに突き刺さった。
「ぐああああああああッ!!」
これまでの攻撃とは比較にならない直撃を受け、ガリオの絶叫が半壊したホールに木霊する。二メートルの巨体が激しく痙攣し、遠くの壁まで一直線に吹き飛ばされた。
それと同時に、不思議な光が戦場を包み込む。倒れていたヤマト達の傷がふっと軽くなり、呼吸が劇的に戻っていく。自然回復の力だった。
「……ハ、ハハ。なるほど、それが噂に聞く……」
ガリオが全身の肉を黒く焦がし、煙を上げながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「勇者の姿か」
自分の内側から、かつてない莫大な魔力が溢れ出しているのが分かる。
「いい。本当にいいぞ、勇者ァ!その黄金に輝く瞳、神々しいまでの美しきオーラ!俺はこれを見るためにこの国へ来たんだ!!」
ガリオは大斧を再びガッチリと握り直し、狂ったように笑う。
「最高だァ!!さあ、命のやり取りを始めようじゃねえか!!」
地響きを立て、怪物が再びこちらへと踏み込んでくる。
「守る……みんなを、絶対に……!」
俺は静かに呟いた。
これだけの雷を受けてなお立ち上がる化け物だ。奴に純粋な「物理攻撃」はほとんど効かない。どんなに斬っても、どんなに殴っても、物理最強の肉体に弾かれてしまう。だからこそ、こいつは魔王幹部なんだ。
ならば、その逆の理屈を叩き込む。
「カオルさん、ゴランさん、ハチベエさん」
俺は背後の三人の名前を、冷徹な声で呼んだ。
「四つの自然元素を、俺の掌に集めろ。……まとめて全部、ぶつける」
三人は俺の姿に茫然としていたが、すぐに力強く頷いた。
「了解よ。やってやりなさい、ユラ!」
「ガハハ、あいわかった!」
「承知いたしました。我らが勇者様!」
主語を省いたその短い言葉だけで、俺の意図を理解してくれたようだ。
俺が流れるような動作で、天に向けて片手を突き上げる。
ハチベエさんが最速で二重の魔法陣を展開する。
激しく渦巻く『水属性』と『風属性』の魔力が、俺の手元へと収縮していく。
続けて、ゴランさんが深く息を吸い込み、すべてを焼き尽くす『炎のブレス』を放射。さらにカオルさんの放った『土魔法』の硬質な刃が、その炎の中へと飛び込んできた。
そして、それら全ての力が、俺が掲げた掌の上へと、磁石のように吸い寄せられ、収束していく。
地、水、火、風。四つの大自然の力が、互いに激しく反発し合いながらも、俺の聖なる魔力によって無理やり一つに混ざり合っていく。
炎が暴風を巻き、氷が軋みを上げ、風が空間を裂き、土が唸りを上げる。
純白のエネルギーの球体へと変貌し、同時に半壊した天井の上空には、雷雲が急速に集結していった。
「合体魔法……」
あまりの光量に、瞳の裏がチカチカする。
俺は視線でガリオを完全にロックオンし、掲げた腕を、一気に地上へと振り下ろした。
『自然元素爆発!』
四つの属性の濁流と、天を割る極大の神雷が、ガリオに直撃した。
「ぐ、おおおおおおおおおお!!」
ガリオの巨体が、視界を埋め尽くす圧倒的な光の奔流の中で、歪み、細胞レベルで崩壊していく。
「あああああ……いい戦い、だった、ぜ……!」
肉体が消滅していく最中すら、奴は満足そうに笑っていた。
ドォォォォォンという世界が割れるような大爆発とともに、視界が一気に真っ白に染まる。ガリオの巨体は、骨の一片すら残さず、光の渦の中へと完全に消滅した。
衝撃が収まり、周囲にはただ、不気味なほどの静寂だけが残された。
跡形もなくなった半壊のホール。そこに立っているのは、俺たちだけだった。
誰一人として欠けていない、誰も死んでいないことに心から安堵した瞬間、俺の足から一気に力が抜け、がくんと大理石に膝をついた。
気絶こそしなかったものの、やはりこの規模の力は身体への代償が大きすぎる。
「……終わった、な」
小さく呟く。
纏っていた黄金の輝きが、すうっと霧のように消えていった。
「うふふふ、さすがね。本当に見事だわ、勇者様♡」
静寂を破って響いたのは、背筋が凍るような甘い声だった。
「ッ、そこだッ!!」
俺は息を整えるよりも早く、腰のホルダーからナイフを抜き放ち、声のした方向へ向けて投擲した。
誰もいないはずの虚空。だが、放たれたナイフがガキィンと空間に突き刺さった瞬間、まるで歪んだガラスが割れるように、透明な空間から一人の女が姿を現した。
「あら、もうすっかり立派な勇者様になっちゃってるじゃないの」
「お前は……サキ……!」
「そうよ、久しぶりね。名前を覚えていてくれて嬉しいわぁ」
赤い髪の女の魔王幹部だ。俺が初めて勇者として目覚めた時にいた魔族である。
「どんどん強くなっちゃって。そんな風に勇者として男らしくされると、あまりにカッコよくて本当に惚れちゃいそう」
「心にもないことを」
初日に俺のことをデブだのなんだのと、散々バカにしていたくせに。
「ふふ、勝利に酔いしれている所を邪魔して悪いんだけど……ガリオが死んだことで、始まったわね」
サキの不気味な言葉に、胸の奥が嫌な音を立てた。
「始まった……?どういう意味だ」
「さっさと吐けよ」
ハヤミが武器を構え直し、ドスの効いた声でサキを睨みつける。
「あたしたち幹部はね、ただの都合のいい駒なの。魔王様が施した、とっておきの仕込みのためのねぇ」
「仕込み、だと……?」
ゴランさんが顔をしかめる。
「ええ、そうよ。幹部一人につき、一つずつ」
サキは自分の妖艶な胸元、ちょうど心臓の位置を長い爪でトントンと叩いた。
「『爆弾』が埋め込まれているの」
「……爆弾ですと!?」
ハチベエさんが息を呑む。
「心臓が停止すると同時に、自動で発動する仕組み。ガリオ……つまり、今貴方たちが斃した脳筋男の中に仕込まれていたのは……」
サキはわざとらしく間を置き、三日月の形に口元を吊り上げる。
「解放よ。ガリオの体内に封印されていた、魔物どものね」
その場の空気が完全に凍りついた。
「数は、たしか~」
サキはわざとらしく考えるフリをして、人差し指をピンと立てる。
「十万程度、だったかしら?」
全員が絶句する。
十万――――。あまりにも現実味のない、圧倒的な暴力の数字。
「ざっと一週間後って所ね」
サキはまるで明日の天気予報でも告げるかのように言い放つ。
「その十万の軍勢が、この王都に辿り着くまでの猶予は」
ドクン、ドクンと、俺の心臓が警告音のように激しく脈打ち始める。
「止めたければ、せいぜい必死に足掻いてみせなさいな、勇者様」
サキは残酷なあざ笑いを浮かべ、俺を真っ直ぐに見つめた。
「でないと、とんだ期待外れだったって、魔王様と一緒に大笑いしてあげる」
言い残すと同時に、サキの身体が霧のように薄れ、完全に気配ごと消滅した。
再び訪れる静寂。全員が重い呪いにかけられたように、一歩も動けない。あまりの急展開に、理解が追いつかない。
「……じゅ、十万……」
ハヤミが、呆然と呟いた。
「なによそれ……意味わかんないんだけど!そんな数、どうしろっての!」
「一週間……そんな短期間で……」
サクラコさんが恐怖に肩を震わせ、口元を押さえる。
「多すぎる……あまりにも多すぎますじゃ……国が滅びてしまう……」
ハチベエさんの声が情けなく震える。
「……だが、確実に牙を剥いて来るだろうな」
ゴランさんが、現実を据え兼ねるように低く、重く吐き出した。
「ええ。サキの言い方からして、ハッタリの類じゃない。確実に来る」
カオルさんもまた、最悪の現実を真っ直ぐに受け止めていた。
もう、運命の歯車は止まらない。
さっきまで「やれる」と、修行の成果を噛み締めていた喜びなんて、一瞬で吹き飛ぶほどの絶望的な状況。
「……あはは」
ダイゴローが、今にも泣き出しそうな、震えた声で小さく笑った。
「ぜんぜん終わってないよ……ぼくたち、死んじゃうのかな」
「終わりじゃない」
その時、鋭く短い声が響いた。
ヤマトの声だった。
低く、決して揺るがない確固たる響き。全員の視線が、自然と彼へと集まる。
「ここからが本番だ」
その青い瞳は、絶望に曇るどころか、冷徹な計算をすでに始めている。彼はゆっくりと崩壊した夜会ホールを見渡した。
「猶予は一週間」
ヤマトは短く呟いた。
「それで全てを整える」
その瞳に、迷いは微塵も存在していない。
「迎え撃つ」
逃げるという選択肢は、初めから存在していなかった。
三章 完
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