表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食堂店員兼勇者  作者: 平民
三章 平民と貴族の腐敗

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/65

46.魔王幹部襲来

 突如として、鼓膜を震わせる轟音が夜会に響き渡った。


 豪奢な天井の一部が、内側から爆散するように叩き割られる。

 砕け散った石材が瓦礫の山となって降り注ぎ、粉々になったシャンデリアのガラスが雨のようにパラパラ落ちる


 立ち込める白煙の向こうに、そいつは立っていた。

 身長は二メートルを超える巨体。隆起した筋肉の塊。そしてその肩には、異様なまでに巨大な禍々しい両刃の斧が担がれている。


「ふはははははは!」


 地鳴りのような、低く豪快な笑い声がホールに響き渡る。


「これが貴族どもの宴か。ここに勇者がいると聞いて来てみれば……」


 奴が一歩を踏み出すたびに、頑丈な大理石の床が軋む。圧倒的な重量感。


「随分と、柔らかくて美味そうな面ばかりが揃っていやがるなぁ」


 男が放つ凶悪な威圧感が波となって押し寄せる。


「ひ、ひいぃっ!?」

「ま、待て……!誰か、誰かおらぬか!」

「護衛は何をしている!早く盾になれ!」


 さっきまで上品に微笑んでいた貴族共が、一斉に醜く崩れ落ちた。プライドも糞もなく、自分第一で我先にと逃げ惑う。押し合い、転び、互いを踏みつけ合う叫び声が重なる。会場の秩序は一瞬で崩壊した。


 しかし、この場にいる王侯貴族の中で、()()だけは微動だにしなかった。

 逃げるどころか、冷徹な双眸で侵入者を睨みつけた。


「……魔族か」


 ヤマトが短く呟いた。

 その頭脳はすでに分析を終えている。脅威度、敵の狙い、周囲の状況。すべてを瞬時に算出し、最適解を導き出す。


「全員、下がれ」


 広いホール中に、ヤマトの声が響き渡った。

 決して声を張り上げているわけではない。なのに、騒音を切り裂くように妙によく通る。


「出口は南側に集中させろ。押すな。騎士の誘導に従って順に出ろ」


 一切の迷いがない完璧な避難指示。


「衛兵は外周を封鎖。ネズミ一匹中に通すな」


 圧倒的な脅威の前にいるからこそ、その絶対的な冷徹さに人々は自然と従ってしまう。さっきまでパニックに陥っていた貴族共の動きが、見る見るうちに統制されていく。暴力ではなく、言葉だけで空間を支配する。

 それは紛れもなく、()()()そのものだった。


 *


「ほぉ……」


 瓦礫の上に立つ筋肉が、獰猛に口元を吊り上げた。

 ただの魔族ではない。この悍ましい圧は、間違いなく魔王幹部の一角。


「面白ぇな、お前。勇者かと思ったぜ」


 男が肩からゆっくりと巨大な斧を下ろす。


「その胸の勲章は、ただの飾りじゃねぇってわけだ」


 男が床を爆破するように踏み砕き、直線的な強引さで突進してくる。


「まとめて潰してやるよ、王子様ァ!この、魔王幹部ガリオ様がな!」


 振り下ろされる斧の軌道は、視認できるほどに重く、遅いはずだった。なのに、空気そのものが強烈に押し潰され、身体が金縛りにあったように動けない。当たれば一瞬で肉塊に変わる。死を理解する前に肉体を消滅させる一撃。


 パァン。


 銃声が鳴り響き、放たれた弾が斧の側面を捉えて軌道をわずかに逸らした。

 同時に、耳元で低く硬い声が響く。


「右、三歩」


 ヤマトの声に、俺の身体は反射的に動いていた。恐怖で頭が真っ白になるより早く、肉体が勝手に動く。

 あの斧の威力は異常だ。まともに受ければ周辺の床ごと吹き飛ぶ。近くにまだ残っている貴族の巻き添えを防ぐため、俺は衝撃を逃がすように剣の腹で斧の軌道をいなした。

 火花を散らしながら威力を落とされた斧が、俺のすぐ横の大理石を爆破するように叩き割る。


「ちっ」


 ガリオが苛立たしげに舌打ちする。


「小賢しいマネを」


 間髪入れず、次の一撃が襲い来る。重量級とは思えないほどに速い、苛烈な横薙ぎ。それでも、少し前までの俺とは違っていた。はっきりと分かる。


「……見える!」


 俺は深く踏み込み、半歩の最小動作でその刃を紙一重でかわす。

 視界は驚くほど鮮明で、不思議と足はすくまない。頭の中が冷たく冴え渡っている。避けた勢いのままカウンターで剣を振るうが、ガリオは巨体に似合わぬ身軽さでそれを素早く回避した。


「……ほう」


 ガリオの目が細まる。


「やるではないか。もうすぐ首が斬れたのにな」


 一撃を入れることまでは出来なかった。だけど、あの地獄のような修行の成果は確実に出ていた。


「ユラ、下がって!あたしがいくッ!」


 ハヤミの鋭い叫びとともに、赤い影が頭上を飛び越えた。


「どりゃああああ!!」


 ハヤミの渾身のハンマーが上空から叩き込まれる。

 ガリオはそれを分かっていたかのように斧の柄で受け止めた。激しい金属音とともに、周囲のガラスを全て粉砕するほどの衝撃波と火花が炸裂する。


「ガハハハ!いいねぇ!相変わらずいい一撃だ、ハヤミ!」


 後方からゴランさんの豪快な笑い声が響く。


「目くらましだ」


 カオルさんの幻影魔法が戦場を包み込む。何十人もの仲間の幻影が重なり合い、ガリオの視界を攪乱していく。

 包囲され、視覚を奪われ、威圧されているというのに、このガリオという男は、なおも狂ったように笑っていた。


「はははは!やるではないか、人間ども!」


 この圧倒的な劣勢すら、楽しくて仕方がないと言わんばかりだ。どんだけ戦闘狂なんだよこいつ。


「腰抜けの豚ばかりの王国だと思っていたがなぁ!やはり勇者誕生の噂は伊達ではなかったというわけか!」


 俺は激しく上下する肩を落ち着かせ、息を整える。

 正直に言えば、やっぱり怖い。目の前にいるのは本物の魔王幹部だ。存在の格が違いすぎる。いくら修行で力を付けたとはいえ、まだ実戦経験は少ない。


 でも、足は止まらない。

 前までの、いつ死んでもいいと怯えていた俺じゃない。もう逃げたくないし、ここで崩れるわけにはいかない。

 しっかりと顎を引き、視線を上げて、目の前の怪物を真っ直ぐに見据える。

 キモヲタチー牛だってやる時はやるのだ。


「……やってやる」


 自分はできるんだと、心の中で暗示をかけるように何度も何度も繰り返す。

 だって、あの死にかけの地獄の鍛錬を、俺は死に物狂いで食い縛ってこなしたんだ。全身ボロボロになって、四人の総攻撃に泣いて、それでも立ち上がったんだ。

 現に今、その成果があの化け物に通じている。


 だから、絶対にやれるッ!!


「ははははは!楽しいねえ!こんなにヒリつく戦いは数百年ぶりだぞ!」


 ガリオは狂喜乱舞していた。

 こいつには、攻撃を避けるという発想自体が存在しない。ハヤミたちの波状攻撃を次々と、肉体一つで受ける、弾く、力任せにねじ伏せる。ただそれだけの純粋な物理暴力で、戦場を成立させている。これぞ本当のTHE・脳筋である。


「軽いなァ!!」


 ガリオの斧が、ハヤミのハンマーを正面から押し潰すように迎え撃った。


 ギィィィィィィン。


 耳を圧する火花と火線が走り、二人の足元の大理石が強烈な負荷で沈み込む。純粋な怪力と怪力の、凄まじい押し問答だ。


「くっ……う、おおおおお!」


 ハヤミが奥歯をガチガチと鳴らし、顔を真っ赤にして踏ん張る。絶対に押し負けない。

 それどころか、じりじりと、その巨躯を押し返していく。


「お前……」


 ガリオの口元が驚愕に歪んだ。


「ただの人間の女がこれほどの剛力を……!」

「はぁ!?女だからってナメてんじゃねぇぞクソゴリラが!!」


 ハヤミが咆哮し、さらに爆発的な力を込めて押し込む。

 互いの武器が限界まで反発し合い、激しく弾けた。その一瞬の隙を見逃さず、横から巨影が滑り込む。


「どけいッ!」


 ゴランさんが咆哮とともに割り込んだ。

 鋭く振るわれるのは、龍族としての赤き鉤爪。重い圧力を伴ったその一撃を受け、流石のガリオも大きく一歩を後退させる。


「はは……っ!」


 ガリオの瞳がさらに爛々と輝く。


「いいなァ!!」


 戦いそのものを、骨の髄まで楽しんでいる。


「だが周りの雑魚どもが邪魔だな!死にたくなければさっさと失せろ、踏み潰されても知らんぞ!」


 ガリオの斧が大きく振り上げられる。その凶刃の先、まだ逃げ遅れていた子供の悲鳴が小さく響いた。


「させませんッ!!」


 サクラコさんの鋭い声とともに、リリアンが閃光のように走った。

 幾重にも絡みつき、強固に締め上げる。ガリオの太い剛腕を、一瞬でガチガチに拘束した。


「……ぬ?」


 一瞬、ガリオの動きが停止する。


「今ですじゃ!!」


 ハチベエさんが素早く魔法陣を展開した。


「全員に強化を付与ですじゃ!!」


 眩い光の奔流が全員の身体を駆け巡る。力と魔力が、爆発的に底上げされる感覚だ。


「ぼくもやるよ!!」


 ダイゴローが小さな手を力強く振るう。

 その周囲を、三匹の妖精たちが羽音を立てて一斉に飛び回った。


『だりぃけどやるぞーコラ』

『はいはい、デバフ一丁お待ちー』

『さっさと遅くなれよ、この筋肉ブタゴリラが!』


 毒づく妖精たちの魔力がガリオにまとわりつき、その巨体の動きが目に見えて鈍くなる。


「……チョロチョロと小細工をッ!」


 だが、それでもガリオは止まらない。強引に毛糸を引きちぎり、力ずくで全てをねじ伏せようと前へ進む。


「いつまでも……」


 その死角から、カオルさんが鋭く踏み込んだ。

 無駄なタメも予備動作も一切ない、極限まで洗練された最短距離の踏み込み。


「調子に乗ってんじゃないッ!!」


 魂のこもった正拳突きが放たれる。


 ドゴォッ。


 完璧なタイミングで、ガリオの顔面に直撃した。

 巨体が真横に吹き飛び、重々しい音を立ててホールの壁に激突する。周囲に濃い粉塵が舞い上がった。


「……へっ、効くじゃねぇか」


 ガラガラと崩れる瓦礫を押しのけ、ガリオがゆっくりと立ち上がる。

 口の端から流れる鮮血を手の甲で拭いながら、男はなおも不敵に笑っていた。その顔には、まだ圧倒的な余裕がある。


「本当に面白ぇ。人間の中にこれほどの骨のある奴らが揃っていようとはな」


 舞い散る粉塵の向こう、俺の感覚が極限まで研ぎ澄まされていく。

 あいつの動きをよく見ろ。筋肉の弛緩、呼吸の周期、床を踏みしめる音。ヒリつくような死線を肌で感じろ。

 あの地獄の修行の日々を思い出せ。全員の動きは、ちゃんと一つの線で繋がっている。


「やれる!!」


 俺はガリオに向かって走る。

 それに応戦するように、ガリオも踏み込み、渾身の力でその巨大な斧を振り下ろす。


「遅い」


 俺の身体は、すでにその軌道の外にあった。斧は虚しく空を切り、俺は剣を鞘に納めたまま、神速の踏み込みで奴の懐、絶対的な間合いへと滑り込む。

 ここだ。修行で何度も叩き込まれた、勝利の境界線。

 限界まで腰を落とし、鞘から一気に刃を抜き放った。


 ヤマトが放った無数の弾丸を、剣の腹で弾いた時の感覚。

 カオルさんの放つ幻影の隙間を、見破った時の感覚。

 ゴランさんの放つ圧倒的な龍の圧に、決して膝を折らなかった時の感覚。

 ハヤミの放つ山のような重さのハンマーを、真っ正面から受け止めたあの感覚。


 その全てが脳内で神速の輝きとなり、一本の閃光へと昇華する。


 ザシュゥゥゥッ。


 金属と肉が擦れ合う、鈍く重い音が響いた。

 これまで傷一つつけられなかったガリオの強靭な肉体に、初めて刃が深く喰い込む。

 骨に達するほどの、確かな手応えを感じた。


「……が、はッ!?」


 ガリオの目が、驚愕で大きく見開かれる。

 確かにこの化け物に届いた。


「……入ったじゃん!」


 ハヤミが驚きに感嘆の声をもらす。

 サクラコさんが「まあ」と嬉しそうに口元を押さえた。

 ヤマトだけが、最初からそれが当然だと言うように、細い目をさらに細めた。


「いい……!!」


 傷口から大量の血を噴き出しながら、ガリオは顔を歪めて笑った。


「いいぞ、勇者ァッ!!」


 怯むどころか、その血の匂いに狂喜してなおも前に出ようとする。

 勇者モードでもない確かな一撃。

 ()()()()()()()()で、俺は初めて敵にその存在を認めさせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ