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食堂店員兼勇者  作者: 平民
三章 平民と貴族の腐敗

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43.地獄の修行

「じゃあ、さっそく始めるか」


 翌日、王都を出た広い荒野で、ゴランさんが軽く肩を回した。周りには他の仲間達がこちらを見守りながら、それぞれで修行をしている。


「軽く死ぬなよ、ユラ」

「軽くってどういう」


 言い終わる前にゴランさんの姿が消えた。次の瞬間、俺の体は地面に叩きつけられていた。何が起きたのか全く分からない。背中に走る激痛に息が詰まる。


「遅いよ、ユラ」


 カオルさんの声がした途端、視界の端になぜか小さな子供が立っている。どうしてこんな所に……?

 いや、あれは幻覚だ。こんな場所にいるはずがない。頭では分かっているのに、染みついたお節介な性分で体が止まってしまう。


「ほら、もう判断が遅いよ」


 戸惑う隙もなく、視界が弾けた。凄まじい衝撃と痛みが走り、そこで一度意識が途切れた。


「……っ、げほっ!?」


 冷たい感触に、強制的に意識を叩き起こされた。水をかけられたようだ。目の前には、腕を組んで見下ろしているカオルさんの姿が見えた。


「やっと起きた?さっきと同じでいいよね」

「よくないです!!」


 叫ぶが意味はなかった。無理やり再び幻覚を見せられる。

 目の前には店の常連のスケさんとカクさん。罠だと分かっているのに、カオルさんは俺の心の隙を完全に読み切って引っかけてくる。弱い心や判断の遅さを見透かされ、結果は言うまでもなく、気がついたら地面と熱烈なキスを交わしていた。


「やっぱり遅い」

「うう……っ」


 悔しい。でも判断が遅いのはその通りだ。


「じゃあ、次はこれな」


 ゴランさんの豪快な声とともに、頭上に巨大な影が現れた。見上げると、空を覆うほどの巨体がいる。ドラゴン姿のゴランさんだ。変身できたのかよっ。


「はやく立て、ユラ!」


 圧倒的な圧だけで膝が沈みそうになる。


「それで本当に誰かを守れるのか!」

「……っ!」


 咆哮とともに紅蓮の炎が吐き出された。俺は必死で走る。ゴランさんの炎はめちゃくちゃ熱い。真正面から浴びたら一瞬で焼け死ぬ。


「ほらほら、何度でも行くぞ~!」


 容赦なく何度も放たれるブレス。肩と頬に火傷を負いながらも、転がるように次々と回避した。だが、これで終わりじゃない。


「動きが遅ぇな」

「今日はこれでも優しい方なんだけどね」


 カオルさんが笑う。これで優しいのだろうか。どうなってんだ、この二人の優しさの基準。半殺しが優しいとか本気で思ってそうだ。

 そんな時、いきなり視界が変わる。常連さんの家族が泣いていた。


「助けて、ユラちゃん……」

「……っ」


 偽物だ。さっき何度も見せられた。分かっている。分かっているけど、どうしても判断が一瞬ブレる。


「どれが本物で、どれが偽物だい?」


 カオルさんの声が響く。本物当てゲームかよ。


「間違えたら、死ぬよ」


 思考が止まる。動けない、選べない。焦らせるためのセリフだと分かっていても足がすくむ。


「三秒あげるよ。三」

「ま、待ってください……っ」

「二」

「無理だ、こんなの……!」

「一、そこまで」


 一気にボコボコにされた。何もできなかった。何もさせてすらもらえなかった。

 息は荒く、体はボロボロで足元はふらふらだ。それでも、かろうじて膝をついた状態で倒れずに耐えた。


「……ほう」


 人間の姿に戻ったゴランさんが目をすぼめる。


「やっと地面に這いつくばらず、立ったままになったな」


 すかさず次の攻撃が来る。己のメンタルをガリガリと削るような怖い幻覚が。でも、俺はもう逃げなかった。ひたすら必死で食らいつき、目の前の地獄の訓練に体を慣れさせていく。

 勇者の力だけにはもう頼りたくない。自分自身で強くなりたい。誰かを守れる力を身に着けたい。それだけをひたすら考えていた。


 その結果、数日経った頃には、ほとんど倒されなくなっていた。


「……はぁ……っ、はぁ……っ」


 膝は震えている。でも、崩れなくなった。それは確かな前進だ。


「ふふ……やっと最低ラインだね」


 カオルさんが微笑む。


「ここからが本番だよ」

「おい、代われ」


 静かな声とともに、ヤマトが前に出た。元々の戦闘センスと地力が違いすぎる相手に、ぞっとする。空気が一瞬で凍りついた。


「……行くぞ、ユラ」


 言った瞬間、ヤマトの姿が消えた。次の瞬間、喉元に冷たい金属の感触がした。ヤマトのダガーナイフだ。


「……遅い」

「っ!?」


 何も見えなかった。


「まだまだ判断が甘いな」


 距離を取るが、


「そこじゃない」


 背後からの衝撃。そして地面に叩きつけられる。ゴランさんたちも容赦なかったが、ある意味ヤマトはもっと容赦がない。


「うう……っ!」

「考えるな。理屈じゃなく体で覚えろ」


 その通りだ。思考じゃない、体で相手の次を読む。理屈では分かっているのに、ヤマトのスピードに処理が追いつかない。

 立つとすぐに攻撃が来る。速い、怖い、目で追えないスピードだ。


「……っ、ここか!」


 ギリギリのところでナイフの軌道を剣で受け流す。


「……それだ」


 初めての肯定。だけど、


「まだ遅いがな」


 さらに早く動かれて、容赦なく倒される。何度も、何度も、何十、何百と連撃がくる。最後に俺は地面に両膝をついた。


「……もう、無理、だ……」


 限界を超えた疲労と痛みから、ついに弱音が漏れてしまった。ヤマトは本当に容赦がなくて、心が折れそうになる。痛いほどの沈黙が流れた。


「……そうか」


 ヤマトの声は怒るわけでもなく、ただ静かだった。


「なら、やめるか。ここで終わるならそれまでだ。お前は誰も守れない」


 冷たい目と言葉が胸を抉る。でも、その視線を見たからこそ終われない。失望されるわけにはいかない。クソイケメンだの、スカしやがってだの、いろいろ思う事はあるが、ヤマトの鍛錬は本当に為になるので何も言えない。


「……やる……」


 震える声で言い返す。


「続ける」


 一瞬、ヤマトが穏やかに目を細めた気がした。


「……そうか」


 短くそれだけ。相変わらず口数は少ない野郎だと思いながらも、ボロボロになりながら食らいついていく。


「今日はこれだ」


 ヤマトが取り出したのは、彼の愛銃であるデザートイーグルだった。


「……え」


 一瞬思考が止まる。ヤマトが銃を持つということは、本気で潰しにかかるということだ。


「安心しろ。減力弾だ。殺傷力は落としてある。……だが、当たりどころが悪ければ普通に死ぬ」


 あまりにも普通の口調で言うものだから、俺は青褪めながら剣を構えた。ヤマトの空気がプロの暗殺者に変わる。


「弾いてみろ」


 引き金が引かれた。


 パン。


「っ!?」


 弾道が見えない。気づいた時には右肩に凄まじい衝撃を受けていた。


「がっ……、うあッ!」


 体が持っていかれて転がる。立ち上がる前に、もう次が来る。


 パン、パン、パン。


 全部が速すぎる。避ける前に全弾当たってしまった。


「遅い」


 短い一言。視界が揺れて何もできない。ただ撃たれて終わり続ける。結局、その日は一度もヤマトにやり返すことができなかった。


 翌日も過酷な修行は続く。昨日と同じで最初は何もできなかったが、昼下がりになってくるとさすがに体が慣れてきた。引き金のタイミングが、ヤマトの視線と呼吸から読めるようになってくる。


「ここだっ!!」


 体が勝手に動いて剣を振った。


 キィン。


 弾丸が逸れ、確かな手応え。初めて自分の意思でヤマトの弾を弾いた。


「……」


 一瞬、荒野が静まる。


「……今のは」


 見守っていたカオルさんが目を細めた。


「綺麗に当たってたね。少しは形になってきたじゃないか」


 ヤマトは何も言わない。何も言わずに、次の攻撃が始まった。次の瞬間には、先ほどより威力もスピードも上がった地獄の弾丸ラッシュである。


 ドン、ドン。


「がっ……!」


 叩きつけられる。できたのはさっきの一回だけ。その後は十回に一回。それでも、昨日より確実に前に進んでいる。……と、思う。


「よし、今から特別訓練だ」


 ゴランさんがニヤニヤと笑う。嫌な予感しかしない。


「三人同時に相手をしてやるよ」

「……え、三人同時?」

「加減はするよ」


 カオルさんが続ける。


「死なない程度にはね」

「死ぬやつじゃんそれ」


 すぐに始まった。

 圧、速さ、視覚、銃声。全部が同時で逃げ場がない。どこを見ればいいか分からない。ゴランさんの影、カオルさんの幻覚、ヤマトの弾。


「っく、どこだ」


 ヒリつく感覚はあるのに、死角だらけで判断が遅れる。その瞬間、全部が一気にきた。凄まじい衝撃に視界が真っ白に弾ける。

 息の仕方も分からないまま、俺の意識は深い闇の底へと落ちていった。


 守るって、こんなに、こんなに難しいことなのか。


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