43.地獄の修行
「じゃあ、さっそく始めるか」
翌日、王都を出た広い荒野で、ゴランさんが軽く肩を回した。周りには他の仲間達がこちらを見守りながら、それぞれで修行をしている。
「軽く死ぬなよ、ユラ」
「軽くってどういう」
言い終わる前にゴランさんの姿が消えた。次の瞬間、俺の体は地面に叩きつけられていた。何が起きたのか全く分からない。背中に走る激痛に息が詰まる。
「遅いよ、ユラ」
カオルさんの声がした途端、視界の端になぜか小さな子供が立っている。どうしてこんな所に……?
いや、あれは幻覚だ。こんな場所にいるはずがない。頭では分かっているのに、染みついたお節介な性分で体が止まってしまう。
「ほら、もう判断が遅いよ」
戸惑う隙もなく、視界が弾けた。凄まじい衝撃と痛みが走り、そこで一度意識が途切れた。
「……っ、げほっ!?」
冷たい感触に、強制的に意識を叩き起こされた。水をかけられたようだ。目の前には、腕を組んで見下ろしているカオルさんの姿が見えた。
「やっと起きた?さっきと同じでいいよね」
「よくないです!!」
叫ぶが意味はなかった。無理やり再び幻覚を見せられる。
目の前には店の常連のスケさんとカクさん。罠だと分かっているのに、カオルさんは俺の心の隙を完全に読み切って引っかけてくる。弱い心や判断の遅さを見透かされ、結果は言うまでもなく、気がついたら地面と熱烈なキスを交わしていた。
「やっぱり遅い」
「うう……っ」
悔しい。でも判断が遅いのはその通りだ。
「じゃあ、次はこれな」
ゴランさんの豪快な声とともに、頭上に巨大な影が現れた。見上げると、空を覆うほどの巨体がいる。ドラゴン姿のゴランさんだ。変身できたのかよっ。
「はやく立て、ユラ!」
圧倒的な圧だけで膝が沈みそうになる。
「それで本当に誰かを守れるのか!」
「……っ!」
咆哮とともに紅蓮の炎が吐き出された。俺は必死で走る。ゴランさんの炎はめちゃくちゃ熱い。真正面から浴びたら一瞬で焼け死ぬ。
「ほらほら、何度でも行くぞ~!」
容赦なく何度も放たれるブレス。肩と頬に火傷を負いながらも、転がるように次々と回避した。だが、これで終わりじゃない。
「動きが遅ぇな」
「今日はこれでも優しい方なんだけどね」
カオルさんが笑う。これで優しいのだろうか。どうなってんだ、この二人の優しさの基準。半殺しが優しいとか本気で思ってそうだ。
そんな時、いきなり視界が変わる。常連さんの家族が泣いていた。
「助けて、ユラちゃん……」
「……っ」
偽物だ。さっき何度も見せられた。分かっている。分かっているけど、どうしても判断が一瞬ブレる。
「どれが本物で、どれが偽物だい?」
カオルさんの声が響く。本物当てゲームかよ。
「間違えたら、死ぬよ」
思考が止まる。動けない、選べない。焦らせるためのセリフだと分かっていても足がすくむ。
「三秒あげるよ。三」
「ま、待ってください……っ」
「二」
「無理だ、こんなの……!」
「一、そこまで」
一気にボコボコにされた。何もできなかった。何もさせてすらもらえなかった。
息は荒く、体はボロボロで足元はふらふらだ。それでも、かろうじて膝をついた状態で倒れずに耐えた。
「……ほう」
人間の姿に戻ったゴランさんが目をすぼめる。
「やっと地面に這いつくばらず、立ったままになったな」
すかさず次の攻撃が来る。己のメンタルをガリガリと削るような怖い幻覚が。でも、俺はもう逃げなかった。ひたすら必死で食らいつき、目の前の地獄の訓練に体を慣れさせていく。
勇者の力だけにはもう頼りたくない。自分自身で強くなりたい。誰かを守れる力を身に着けたい。それだけをひたすら考えていた。
その結果、数日経った頃には、ほとんど倒されなくなっていた。
「……はぁ……っ、はぁ……っ」
膝は震えている。でも、崩れなくなった。それは確かな前進だ。
「ふふ……やっと最低ラインだね」
カオルさんが微笑む。
「ここからが本番だよ」
「おい、代われ」
静かな声とともに、ヤマトが前に出た。元々の戦闘センスと地力が違いすぎる相手に、ぞっとする。空気が一瞬で凍りついた。
「……行くぞ、ユラ」
言った瞬間、ヤマトの姿が消えた。次の瞬間、喉元に冷たい金属の感触がした。ヤマトのダガーナイフだ。
「……遅い」
「っ!?」
何も見えなかった。
「まだまだ判断が甘いな」
距離を取るが、
「そこじゃない」
背後からの衝撃。そして地面に叩きつけられる。ゴランさんたちも容赦なかったが、ある意味ヤマトはもっと容赦がない。
「うう……っ!」
「考えるな。理屈じゃなく体で覚えろ」
その通りだ。思考じゃない、体で相手の次を読む。理屈では分かっているのに、ヤマトのスピードに処理が追いつかない。
立つとすぐに攻撃が来る。速い、怖い、目で追えないスピードだ。
「……っ、ここか!」
ギリギリのところでナイフの軌道を剣で受け流す。
「……それだ」
初めての肯定。だけど、
「まだ遅いがな」
さらに早く動かれて、容赦なく倒される。何度も、何度も、何十、何百と連撃がくる。最後に俺は地面に両膝をついた。
「……もう、無理、だ……」
限界を超えた疲労と痛みから、ついに弱音が漏れてしまった。ヤマトは本当に容赦がなくて、心が折れそうになる。痛いほどの沈黙が流れた。
「……そうか」
ヤマトの声は怒るわけでもなく、ただ静かだった。
「なら、やめるか。ここで終わるならそれまでだ。お前は誰も守れない」
冷たい目と言葉が胸を抉る。でも、その視線を見たからこそ終われない。失望されるわけにはいかない。クソイケメンだの、スカしやがってだの、いろいろ思う事はあるが、ヤマトの鍛錬は本当に為になるので何も言えない。
「……やる……」
震える声で言い返す。
「続ける」
一瞬、ヤマトが穏やかに目を細めた気がした。
「……そうか」
短くそれだけ。相変わらず口数は少ない野郎だと思いながらも、ボロボロになりながら食らいついていく。
「今日はこれだ」
ヤマトが取り出したのは、彼の愛銃であるデザートイーグルだった。
「……え」
一瞬思考が止まる。ヤマトが銃を持つということは、本気で潰しにかかるということだ。
「安心しろ。減力弾だ。殺傷力は落としてある。……だが、当たりどころが悪ければ普通に死ぬ」
あまりにも普通の口調で言うものだから、俺は青褪めながら剣を構えた。ヤマトの空気がプロの暗殺者に変わる。
「弾いてみろ」
引き金が引かれた。
パン。
「っ!?」
弾道が見えない。気づいた時には右肩に凄まじい衝撃を受けていた。
「がっ……、うあッ!」
体が持っていかれて転がる。立ち上がる前に、もう次が来る。
パン、パン、パン。
全部が速すぎる。避ける前に全弾当たってしまった。
「遅い」
短い一言。視界が揺れて何もできない。ただ撃たれて終わり続ける。結局、その日は一度もヤマトにやり返すことができなかった。
翌日も過酷な修行は続く。昨日と同じで最初は何もできなかったが、昼下がりになってくるとさすがに体が慣れてきた。引き金のタイミングが、ヤマトの視線と呼吸から読めるようになってくる。
「ここだっ!!」
体が勝手に動いて剣を振った。
キィン。
弾丸が逸れ、確かな手応え。初めて自分の意思でヤマトの弾を弾いた。
「……」
一瞬、荒野が静まる。
「……今のは」
見守っていたカオルさんが目を細めた。
「綺麗に当たってたね。少しは形になってきたじゃないか」
ヤマトは何も言わない。何も言わずに、次の攻撃が始まった。次の瞬間には、先ほどより威力もスピードも上がった地獄の弾丸ラッシュである。
ドン、ドン。
「がっ……!」
叩きつけられる。できたのはさっきの一回だけ。その後は十回に一回。それでも、昨日より確実に前に進んでいる。……と、思う。
「よし、今から特別訓練だ」
ゴランさんがニヤニヤと笑う。嫌な予感しかしない。
「三人同時に相手をしてやるよ」
「……え、三人同時?」
「加減はするよ」
カオルさんが続ける。
「死なない程度にはね」
「死ぬやつじゃんそれ」
すぐに始まった。
圧、速さ、視覚、銃声。全部が同時で逃げ場がない。どこを見ればいいか分からない。ゴランさんの影、カオルさんの幻覚、ヤマトの弾。
「っく、どこだ」
ヒリつく感覚はあるのに、死角だらけで判断が遅れる。その瞬間、全部が一気にきた。凄まじい衝撃に視界が真っ白に弾ける。
息の仕方も分からないまま、俺の意識は深い闇の底へと落ちていった。
守るって、こんなに、こんなに難しいことなのか。




