42.生身勝ち
「絶対、助ける!!」
恐怖や迷いは足踏みと一緒に捨てる。でなければ助けられない。全員殺されて終わるだけだ。
「……面白い」
目の前の魔物が、歪んだ口角をさらに吊り上げた。
「さっきまでとは迫力が違うな。覚悟でも決めたか?ん?」
奴が猛然と踏み込んでくる。
一撃一撃が重く、速い。油断すれば即座に身体をひしゃげられる恐怖がある。だけど、何度も受けた攻撃だ。こんな俺でも、隙の一つや二つくらいは……
「……見つけてるッ!」
思考が冷える。魔物の筋肉の隆起、わずかな重心の移動。半歩だけずらすだけで、唸りを上げる拳の風圧が俺の頬を掠めていく。
「なっ……!?」
最小の動きで、紙一重で回避できた。
この土壇場で、現実世界で剣道をやっていた頃のカンが戻ってくる。
冷静になれば、相手の動きは手に取るように読めるのだから。
だって、こいつは元は人間だ。そこまで強くないってわかっていたのに、生身での初戦闘の恐怖や、人質がいるという焦りで、完全に空気に飲まれていたのだ。
でも、冷静ささえ取り戻せれば、空気に飲まれたりなんかしない。相手のペースにもさせない。
「ここだっ!!」
ザシュッ、と鋭い音が鳴る。
「ぐっ……!?」
浅い斬撃だが、確実に攻撃は奴の身体を捉えた。
「……少しは実力を出してきたな、勇者」
魔物が不敵に笑うが、その奥の瞳はわずかに動揺で揺れている。
今の斬撃で、奴の纏う結界がわずかに乱れた。もし結界がこの魔物自身と接続されているのなら、核もそう遠くない場所に剥き出しになっているはずだ。
「ハチベエさん!」
「は、はいっ!」
俺が大声で呼ぶと、魔法陣を見つめていたハチベエさんが顔をあげる。
「結界の核、今は見えますか!?」
「……ええと……」
ハチベエさんが目を見開き、じっと魔法陣を凝視する。
「おお、今一瞬だけ見えました!核は……奴が今いる背後の壁!そこから魔力が流れています。そこを壊せば結界が解けますぞ!」
「了解!」
破壊すべき位置は把握した。魔物が丁度いる背後の壁は、たしかに不自然に岩やボロ切れが置かれている気がする。カモフラージュだろう。
「やらせるかぁ!!」
魔物が焦って全力の一撃を放ってくる。回避不能と思わせるほどの速さだが、
「遅い」
最小動作で、やはり紙一重で避ける。懐に潜り込み、剣先を奴の胸へ突き立てる。
ザシュッ。
今度は深い。肉を裂く手応えが、腕から脳へとダイレクトに伝わった。
「があああああ!!」
紫の鮮血が飛び散り、魔物が大きくよろめく。しかし、奴はまだ倒れない。
「まだだ!まだ終わらねぇぞ!!うおおおおお!!」
相手の気合いにより、結界の魔力が際限なく膨れ上がる。どんどん高まる。
やばい。このままでは自爆する。全員木っ端微塵になってしまう。
「勇者様ぁああ!!」
ハチベエさんの叫び声が響く。
「わたくしが魔力の暴走を無理やり抑え込みます……!」
魔力が迸る直前、ハチベエさんが両手を突き出し、結界そのものに干渉する。凄まじい反動に押されながらも、意地の見せ所で一瞬だけ魔物の動きが凍りついた。
「今ですじゃ!!」
その声に背中を押され、俺は疾風の如く踏み込む。魔物を横一閃に斬りつけつつ、そのまま猛ダッシュする。魔物の背後にある核の方へと。
「はああああああああ!!」
そして、剝き出しになっている核を勢いよく斬り捨てた。
パリンッ。
硝子が砕けるような音と共に、結界が霧散した。
「……ちく、しょう……」
核を失い、紫の血を流しながら魔物がその場に崩れ落ちる。黒い魔力が雪のように剥がれ落ち、その下から元の人の顔が露わになる。
「……俺はただ……助けてほしかっただけで……」
その言葉は、消え入りそうな吐息と共に途切れた。魔物は虚しく塵となって消え去った。
「……なんとか終わった……」
大きく息を吐き出す。
「みんな!」
ハチベエさんが泣きながら、解放された家族の元へ駆け寄っていく。恐ろしい地雷結界はもうない。
「無事で……本当に、無事でよかった……!」
心底ホッとした表情で、家族を腕の中に抱きしめるハチベエさん。
「あなた……!」
「父上……!」
「おじいちゃま……!」
家族の頬を涙が伝う。恐怖から解放された様子を見て、俺もようやく全身の力を抜くことができた。
「……間に合って、よかった……」
勇者だからじゃない。強いからでもない。ただ、助けたかったから助けた。それだけのことだ。
でも。一人じゃ、絶対に勝てなかった。
もう一度同じ状況で戦えと言われても、同じように勝てる保証はない。誰かの協力がなければ、俺は何もできなかった。初めて覚醒の力なしで勝てたとはいえ、ボロボロだ。
外に出ると、ちょうど仲間達も戦闘を終えていた。散らばる魔物の残骸と荒れた地面が、激闘の証を物語っている。傷だらけの仲間たちが、いつものように立っていた。
「……終わったか」
あっさりとしたヤマトの声が降ってくる。その一言で、すべてが完了したのだと察した。
「ユラ!」
ハヤミが慌てて駆け寄ってくる。
「ボロボロじゃん!無茶しすぎだよ!」
「……平気。ちょっと苦戦しただけだから」
強がった瞬間、限界が来て足がふらつく。
「全然平気じゃないでしょ、この馬鹿!」
「無理をしすぎですよ、ユラさん」
慌てたサクラコさんが距離を詰めてくる。柔らかな光が身体を包み、彼女の回復魔法が傷を癒した。
「……ありがとうございます」
息が少しだけ楽になった。
「今回は運が良かったようだな。次はそうはいかない」
ヤマトが俺の傷の具合を見て、状況を察したようだ。
「ちょっと兄貴、今それ言う!?塩対応すぎでしょ。ユラ頑張ったじゃん」
「……事実だ。《《あの程度の敵》》でボロボロだ」
「……っ」
否定できない。みんなも先ほどの魔物と同レベルの敵と戦っていた。チーム戦とはいえ、連携がよかったのかそこまで怪我はないし、俺ほどボロボロじゃない。それが答えだ。
助けられたし、間に合った。だけど、自分個人としては全然嬉しくない。胸の奥がずっとざわついている。もし次に同じことが起きたら、守りきれる自信がない。
俺は……生身じゃてんで弱い……っ。
「勇者様……いえ、ユラさん……!」
ハチベエさんが近寄ってきて、深く頭を下げる。
「このご恩は、一生忘れません……!」
家族もまた、涙を浮かべてこちらを見ている。助けられた側の安心しきった顔を見て、少しだけ心が締め付けられる。
「……本当によかったですね」
そう言うのが精一杯だった。
「……このままじゃ、ダメだ……」
気づけば、そんな言葉を呟いていた。
「え?」
ハヤミが俺の背中を見つめて振り向く。
「次は……守れない。今の俺じゃ」
今回は偶然が重なっただけだ。魔王の幹部が相手だったら、初動で終わっていた。
「……誰かを、ちゃんと守れるようになりたい!勇者の力がなくても……」
勇者の力に頼らなくても、あの程度の魔物に後れをとらないほど、本物の強さを身につけたいッ!
「……なら、やるか」
背後から低い声がした。振り向くと、ゴランさんがニヤリと笑って立っていた。
「地獄みてぇな特訓を」
「え……」
それを聞いて嫌な予感しかしない。
「今のアンタじゃ、次は普通に死ぬわ。他の子達はともかく、アンタが一番だめ。たぶん、今まで勇者の力に頼りすぎてたんでしょうね」
カオルさんも煙草をふかしながら言い放つ。
「い、一番だめ、ですか……」
「そう。勇者の力なしじゃ一番弱い。ダイゴローの方が、まだ臨機応変に動けるくらいね」
「っ……」
はっきりと言い切られ、胸に鋭い痛みが走るが、図星すぎて反論もできない。
「だから、叩き直してあげる。勇者の力がなくても、普通に戦えるくらいにはね」
「ちょっと待って。それ、たぶん優しくないやつだよね……?半殺しにされる未来しか見えないんだけど……大丈夫なの、ユラ?」
ハヤミが引きつった顔で俺を見るが、もう決めていた。
「やるよ……でなきゃクソ雑魚のままだ」
「そうこなくちゃ。雑魚からの脱却第一歩だな。まあ、安心しろ」
ゴランさんが肩を大きく回す。
「死なねぇ程度には、加減してやるからよ」
その「死なねぇ程度」という言葉ほど、信用できないものもなかった。
「が、がんばります……っ!」
「……ああ。がんばれ」
そばにいたヤマトが一言だけ励ます。その目はいつもより厳しかったが、期待する眼差しでもあった。




