39.ゴランとカオル
「……では、強制執行の手続きに」
「おい」
声は横からした。
「その紙、もう一回見せてみろ」
軽い声なのに、空気が変わる。全員の視線がそちらに向く。カウンター席で、酒瓶を片手に足を組んで座っている男。ゴランさんだった。
「……何者だ」
貴族達が眉をひそめる。
見た覚えのない顔なのに、妙に引っかかるという様子だ。
「何者でもねぇよ」
「ふん、やはりただの飲んだくれか。部外者は口を挟むな」
「そうかい」
ゴランさんが笑うと、ゆっくりと立ち上がる。妙な圧があった。
「……っ」
獰猛そうな高身長なので、貴族達の顔がわずかに強張る。
「その命令書、本気で通すつもりか?」
「……と、当然だ」
貴族の一人が強気に返す。
「正式な手続きを経たものだ」
「へぇ~」
ゴランさんが鼻で笑う。
「じゃあよ、その上が取り消したらどうする?」
「……は?何を言って……」
「やめときな」
今度は別の声がした。ゴランさんの隣にいたカオルさんだった。
悠然と煙を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。
「それ、通したら後悔するよ」
「……貴様ら、生意気を」
しかし、変に動揺を見せない二人を見ていると、なぜか只者のように思えない。
「わからないのか」
カオルさんが顎で示す。
「顔、よく見たら覚えてるでしょ」
貴族達の視線が再びゴランさんに向く。
もう一度、じっと目を凝らして見る。
顔、立ち姿、その空気を見定めた末、すぐに何かを察した。
「……っ」
次第に、血の気が引いたような顔になる。
「ま、まさか……」
「うそ……」
貴族達は思い当たる節を口にする。
「へ……陛下……?」
「元、な」
ゴランさんがふっと微笑む。
「肩書きなんざとっくに捨てた。引退してんだよとっくに」
「……っ!!」
貴族達が崩れるように膝をつく。
「し、失礼いたしました……!!」
三人の貴族は慌てて頭を下げる。さっきまでの威圧は跡形もない。
引退していても、元陛下という肩書きはとても重く、現国王よりある意味立場が上の時がある。ゲンジロー親父に元王の知り合いがいるとは知っていたが、どうやらゴランさんの事のようだ。
「……どうする?」
ゴランさんが軽く首を傾げる。
「まだ文句あるのか?」
「い、いえ……!」
貴族達の顔色は悪い。さすがに相手が元陛下とは知らなかったどころか、とんでもない無礼を働いたことを後悔しているようだ。
「本件は……現大臣と再確認いたします……!」
「そうしな」
カオルさんが吐き捨てる。
貴族達はカオルさんを見ても驚いていた。
「無駄な仕事増やすなよ。下が苦労するだろうが」
「は、はっ……!!」
「平民のみんなに迷惑かけるんじゃないよ全く」
「は、申し訳ございませんっ!」
貴族達はすぐに立ち上がると、逃げるように店を出ていく。からん、と扉が閉まる。さっきまでの騒ぎが嘘みたいに消えて茫然とした。
「……なんだあれ」
ハヤミが呟く。
「権力だな」
ゴランさんがグラスを傾ける。
「上の上ってやつ。身分てホント面倒くさいわよね」
カオルさんが肩をすくめる。たった一人の名前で、店を潰す紙が紙くずになる。助かったとはいえ、恐ろしい権力だ。怖い。
「とりあえず、ゲンジローの店が潰れなくてよかったわ」
「親友の店だからな」
「…………」
ヤマトは何も言わない。ただ一度だけゴランさんを見る。わずかに目を細めている。そして、またモップを手に取っていた。
「……ほんと、くっだらねーな」
数日後の週末、昼の営業もひと段落して、店内は少しだけ落ち着いていた。
世間では反王家派の平民が、貴族を襲ったと新聞で大々的に報じられている。しかし、なぜ襲ったかの犯行理由が何も書かれておらず、とにかくこんな事をする平民は一部野蛮な者がいると貶す記事だった。
明らかに偏向されたもので公平ではなく、読んでいるだけで腹が立つとハヤミが愚痴をこぼす。
王侯貴族に都合のいい言論統制が敷かれているなとヤマトが言っていた。
「はー、今日も忙しかった」
「まだ終わってないけどね」
ハヤミが肩を回しながら言う。
サクラコさんは洗い物、ダイゴローは机を拭いている。親父やバイト戦士達は相変わらず厨房で忙しそうだ。ヤマトは無言で皿を拭いていた。
あの日の貴族襲撃の件は、結局それ以上広がることはなかった。
でも、どこかで燻っている気がする。嫌な予感が妙にしては止まらない。
その時、からんと扉の音がした。
「いらっしゃいませ」
反射で声を出す。
でも、入ってきた人物を見て止まった。
「は、はひ……っ」
息を切らしている年配の男性だった。服は上質なのに着崩れていて、顔色も悪い。目だけが必死だった。
「ゆ、勇者様は……い、いらっしゃいますでしょうか!」
店内を見渡している。焦点が合っていない。追い詰められている人の目だった。
「お……俺ですが……どうかしましたか?」
その瞬間、男が崩れるように膝をついた。
「助けてくださいですじゃあああ!!」
嘆く声で、店内の空気が一気に変わる。あまりのじいさんの必死さに呆気にとられてしまった。
「わ、わたくしは……ハチベエ・モトヤマと申しますですじゃ……!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら名乗る。
「侯爵家の者で……」
「……侯爵?」
ハヤミが嫌そうに眉をひそめる。
だけどとても深刻そうで、今はそんな事どうでもいい。
「家族が……っ、反王家派の者に……」
声が震えている。
「妻も、子も、孫もっ、つ、連れ去られてしもうたのですじゃ……!!」
床に手をつく。頭を打ち付ける勢いで下げている。
誘拐というやつか。
「どうか……どうか……お助けをっ!!」
「……っ」
「勇者様なら、と聞いて……!」
その姿は、貴族でも侯爵でもない。
ただの家族を失いかけて助けを求めている一人だ。
「……顔を上げてください」
俺は静かに言い聞かせるように言う。
自然と声が落ち着いていた。
「事情、聞かせてください」
「……っ」
ハチベエさんが顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃのまま。
「……ありがとう、ございます……」
「魔物か」
一番早く反応したのはヤマトだった。
「で、殿下……は、はい……!」
ハチベエさんが強く頷く。
「ただの人間ではありませぬ。背後に……おぞましい気配が……!」
ゴランさんとカオルさんの言葉が、頭をよぎる。
平民が貴族を襲撃した事件の事を。
「貴族が嫌いなのはわかるけどさぁ」
ハヤミが腕を組む。
「魔物と組むとか、頭おかしいでしょ」
「同感ですね」
サクラコさんも静かに言う。
「それはもう別の話です」
「……線を越えてるな」
ヤマトも目を伏せる。
「悪いやつ!ぼくもゆるさないよっ!」
ダイゴローも同調し、全員の意識が揃う。
「よし、助けに行こう」
俺が強い意志で言う。人助けは人として当然の事であるからな。ただ、痛いのいやだなーってちょっと思ったくらいである。本性はビビりなので。
「……本当でございますか……?」
ハチベエさんの声が震える。
「は、はい。家族、取り戻しましょう」
「……っ!」
ハチベエさんが再び頭を下げる。
「このご恩……一生忘れません……!」
「いや、そこまで大層に考えなくていいですから」
誘拐犯を退治するための準備を整える事にした。




