38.役人来店
入ってきたのは、三人の男だった。
服装は明らかに上等だ。仕立てのいい外套をまとい、無駄のない足取り。何より、店内に向けられた見下すような値踏みの視線が露骨すぎである。
「……ここだな」
先頭の男が、不快そうに低く呟く。
「例の店は。随分と薄汚いドブネズミの巣だな」
「勇者一行が働いているという」
「くだらん都市伝説だ」
店内をゆっくりと見渡し、その視線が順に止まっていく。
俺、ハヤミ、サクラコさん、ダイゴロー、親父、バイト戦士達。
そして、モップを持って床を拭いているヤマトの姿で、ピタリと止まった。
「……は?」
男たちの顔が一瞬で唖然とする。
「あ、あなたはっ……ヤマト王太子殿下!?」
顎が外れそうなほど目を見開いて、ヤマトに駆け寄る。
「な……何をしているのですか、貴方は!?」
「……見て分からないか」
ヤマトは顔すら上げない。話す価値もないと言わんばかりの平坦な声で、手を動かしている。
「掃除だ」
「冗談はやめてください!!」
店内に怒声が響き渡り、客たちが一斉にこちらを振り返る。
「王太子ともあろうお方が!!」
男の貴族は、怒りと困惑で声を激しく震わせた。
「こんな……こんな平民の肥溜めのような店で!!」
「皿洗いなどという下賤な真似を!!正気ですか!?」
空気は一気に冷えて、客達はそれぞれ戸惑った顔で見ている。
「この店の責任者は誰だ!!」
顔を真っ赤にして、貴族共が狂ったように激しく怒鳴り散らす。
「出てこい!!」
「平民風情が!!」
「王家を愚弄する気かァ!!」
止まらない罵声が響き渡り、和やかな店の空気が、急速に傲慢な部外者のせいで悪くなっていく。
ハヤミの目が鋭く細くなる。サクラコさんが静かに息を整え、ダイゴローも気配を殺して黙り込む。
親父が前に出ようとしたので、俺も慌てて一歩を踏み出した。とりあえず責任者として口を開こうとすると、
「……うるせぇ」
地を這うような呟きが、ヤマトの口から漏れた。
「……騒ぐな」
極限まで低い声だった。それだけで、店内の全ての音がピタリと止まる。
ヤマトは手を止めない。床を掃除しながら、視線すら向けずに言い放つ。
「聞こえませんでしたか!?」
貴族が苛立ちを露わにする。
「いくら殿下とはいえ、これは王家への明確な侮辱ですぞ!このような下賤な仕事を、あなたがされているなどッ!」
ギィ、とヤマトが握るモップの柄がきしむ音がする。
「ほんっとうるせぇ……。クソ忙しい時にぎゃぎゃあと、ハエかお前らは」
「……なっ」
床を磨く手が止まると、ヤマトはようやく顔を上げた。
その青い瞳は、底知れない闇のような冷気が漂っている。貴族共が息を呑んで言葉を失った。
「ここは店だ。王城じゃない。治外法権だから身分は関係ねぇ。この店のルールに従え」
「……っ」
「それが嫌なら、今すぐ失せろ」
間を置かず、淡々と言い切る。
「金もいらねぇ」
「……っ、貴方はッ!王太子である前に、王家の所有物なのですよ!?」
あまりの屈辱に、貴族たちの顔が怒りで引きつる。
「今は関係ねぇ。それとも何か?」
ヤマトがわずかに目を細め、底冷えする笑みを浮かべた。
「皿洗いでもしていくか?優秀な血統のお貴族様」
容赦のない皮肉が叩きつけられる。
怒りで震えていた貴族の顔が、ゆっくりと変色していく。さっきまでの激情が、すっと引いていった。
代わりに浮かんだのは、感情のない無表情だった。
「……わかりました」
貴族の一人は低く、不気味に呟く。
「そこまで仰るのであれば、こちらもそれ相応の法を以て対応させていただきますよ、殿下」
その男が懐から取り出したのは、一通の重々しい文書だった。そこには赤黒い封蝋付きで、王都の正式な紋章が刻印されている。
「こちらの店舗に対し、営業停止命令を通達する」
「……はぁ?」
ハヤミが唖然とした声をあげた。
「理由は複数の規定違反。衛生管理の不備。ならびに無許可営業」
淡々と並べ立てられる罪状。明らかなこじつけ、不当な弾圧である。
「並びに、王家に対する重大な不敬罪」
パサリ、と紙がテーブルに置かれた。
その乾いた音が妙に大きく響いて、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに消え去る。
マジかよ。どうしよう。この店がなくなったら、みんなの居場所が……。
「本日をもって営業停止とする。従わぬ場合は、騎士団による強制執行を行う」
「平民の下衆どもがいる店などいらんからな」
勝ち誇った貴族の言葉に、ハヤミの堪忍袋の緒が切れた。
「……ふざけんなよ!! ぶっ飛ばすぞ!!」
床を踏み鳴らし、ハヤミが一歩前に出る。一触即発の空気が孕む。
「……待て、ハヤミ」
ヤマトが止める。
「だって兄貴、こいつら横暴じゃねーか!」
「…………」
ヤマトは何も言わず、ただ書類をじっと見つめていた。




