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食堂店員兼勇者  作者: 平民
三章 平民と貴族の腐敗

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38/65

38.役人来店

 入ってきたのは、三人の男だった。

 服装は明らかに上等だ。仕立てのいい外套をまとい、無駄のない足取り。何より、店内に向けられた見下すような値踏みの視線が露骨すぎである。


「……ここだな」


 先頭の男が、不快そうに低く呟く。


「例の店は。随分と薄汚いドブネズミの巣だな」

「勇者一行が働いているという」

「くだらん都市伝説だ」


 店内をゆっくりと見渡し、その視線が順に止まっていく。

 俺、ハヤミ、サクラコさん、ダイゴロー、親父、バイト戦士達。

 そして、モップを持って床を拭いているヤマトの姿で、ピタリと止まった。


「……は?」


 男たちの顔が一瞬で唖然とする。


「あ、あなたはっ……ヤマト王太子殿下!?」


 顎が外れそうなほど目を見開いて、ヤマトに駆け寄る。


「な……何をしているのですか、貴方は!?」

「……見て分からないか」


 ヤマトは顔すら上げない。話す価値もないと言わんばかりの平坦な声で、手を動かしている。


「掃除だ」

「冗談はやめてください!!」


 店内に怒声が響き渡り、客たちが一斉にこちらを振り返る。


「王太子ともあろうお方が!!」


 男の貴族は、怒りと困惑で声を激しく震わせた。


「こんな……こんな平民の肥溜めのような店で!!」

「皿洗いなどという下賤な真似を!!正気ですか!?」


 空気は一気に冷えて、客達はそれぞれ戸惑った顔で見ている。


「この店の責任者は誰だ!!」


 顔を真っ赤にして、貴族共が狂ったように激しく怒鳴り散らす。


「出てこい!!」

「平民風情が!!」

「王家を愚弄する気かァ!!」


 止まらない罵声が響き渡り、和やかな店の空気が、急速に傲慢な部外者のせいで悪くなっていく。

 ハヤミの目が鋭く細くなる。サクラコさんが静かに息を整え、ダイゴローも気配を殺して黙り込む。

 親父が前に出ようとしたので、俺も慌てて一歩を踏み出した。とりあえず責任者として口を開こうとすると、


「……うるせぇ」


 地を這うような呟きが、ヤマトの口から漏れた。


「……騒ぐな」


 極限まで低い声だった。それだけで、店内の全ての音がピタリと止まる。

 ヤマトは手を止めない。床を掃除しながら、視線すら向けずに言い放つ。


「聞こえませんでしたか!?」


 貴族が苛立ちを露わにする。


「いくら殿下とはいえ、これは王家への明確な侮辱ですぞ!このような下賤な仕事を、あなたがされているなどッ!」


 ギィ、とヤマトが握るモップの柄がきしむ音がする。


「ほんっとうるせぇ……。クソ忙しい時にぎゃぎゃあと、ハエかお前らは」

「……なっ」


 床を磨く手が止まると、ヤマトはようやく顔を上げた。

 その青い瞳は、底知れない闇のような冷気が漂っている。貴族共が息を呑んで言葉を失った。


「ここは店だ。王城じゃない。治外法権だから身分は関係ねぇ。この店のルールに従え」

「……っ」

「それが嫌なら、今すぐ失せろ」


 間を置かず、淡々と言い切る。


「金もいらねぇ」

「……っ、貴方はッ!王太子である前に、王家の所有物なのですよ!?」


 あまりの屈辱に、貴族たちの顔が怒りで引きつる。


「今は関係ねぇ。それとも何か?」


 ヤマトがわずかに目を細め、底冷えする笑みを浮かべた。


「皿洗いでもしていくか?優秀な血統のお貴族様」


 容赦のない皮肉が叩きつけられる。

 怒りで震えていた貴族の顔が、ゆっくりと変色していく。さっきまでの激情が、すっと引いていった。

 代わりに浮かんだのは、感情のない無表情だった。


「……わかりました」


 貴族の一人は低く、不気味に呟く。


「そこまで仰るのであれば、こちらもそれ相応の法を以て対応させていただきますよ、殿下」


 その男が懐から取り出したのは、一通の重々しい文書だった。そこには赤黒い封蝋付きで、王都の正式な紋章が刻印されている。


「こちらの店舗に対し、営業停止命令を通達する」

「……はぁ?」


 ハヤミが唖然とした声をあげた。


「理由は複数の規定違反。衛生管理の不備。ならびに無許可営業」


 淡々と並べ立てられる罪状。明らかなこじつけ、不当な弾圧である。


「並びに、王家に対する重大な不敬罪」


 パサリ、と紙がテーブルに置かれた。

 その乾いた音が妙に大きく響いて、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに消え去る。

 マジかよ。どうしよう。この店がなくなったら、みんなの居場所が……。


「本日をもって営業停止とする。従わぬ場合は、騎士団による強制執行を行う」

「平民の下衆どもがいる店などいらんからな」


 勝ち誇った貴族の言葉に、ハヤミの堪忍袋の緒が切れた。


「……ふざけんなよ!! ぶっ飛ばすぞ!!」


 床を踏み鳴らし、ハヤミが一歩前に出る。一触即発の空気が孕む。


「……待て、ハヤミ」


 ヤマトが止める。


「だって兄貴、こいつら横暴じゃねーか!」

「…………」


 ヤマトは何も言わず、ただ書類をじっと見つめていた。



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