37.平民の不満
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閉店間際、客足も落ち着いて食堂の中は少しだけ静かになっていた。
「……疲れたぁ」
テーブルを拭きながら、小さく息をつく。
今日も忙しかったけど、不思議と嫌じゃない。
むしろ、こうして動いている方が落ち着く。
「ユラ、それ終わったらこっち手伝って」
「はーい」
ハヤミに呼ばれてすぐに返事をする。
その横で、ダイゴローが一生懸命お皿を運んでいる。ちょっと危なっかしいけど、見ていると微笑ましい。
サクラコさんは洗い物をしていて、手際がとにかくよくて綺麗だ。
ヤマトは、黙々と床掃除をしていた。あとで便所掃除もやるらしい。
やらなくていいと断ったんだけど、ハヤミに後で文句を言われるのがやかましいからって理由だった。
王太子が便所掃除だなんて上の人が聞いたら大目玉だろうけど、本人は嫌そうではない様子。不愛想ながらテキパキとこなしている様子が、ただのバイト戦士にしか見えない。
からん、と扉の音がした。閉店間際だから、思わず入口を見た。
「おー、まだやってるじゃねぇか」
聞き覚えのある声だった。
「あ、ゴランさん!」
思わず声が出る。
「お邪魔するよ、ユラ」
その後ろから、カオルさんも入ってくる。
「閉店間際で悪いね」
「いえ、大丈夫です」
この二人、なんだかんだで最近よく来るな。ゴランさんはもう席に座ってるし、カオルさんは煙草を吸っている。自由すぎるところがある意味羨ましい。
「芋焼酎あるか?」
「ありますが、飲みすぎ注意ですよ」
「はっはっは!言うじゃねぇか」
全然気にしていない。
カオルさんがすぐに睨む。
「飲みすぎたら顔面に蹴りだ」
「やめろってマジで!」
相変わらずのやり取りに、ちょっと安心する。
料理と酒を出して一息ついたところで、
「……なあ、ヤマト」
ゴランさんが少しだけ声のトーンを落とす。掃除をしているヤマトに声を掛けていて、雰囲気がさっきまでと違う。少し深刻な様子だ。
「最近、下が騒がしいのは知ってるか?」
「……ああ」
ヤマトが短く返す。顔は変わらない。床掃除をしながらもちゃんと聞いている。
「平民連中の間で不満が溜まってる」
ゴランさんは酒を一口飲む。
「理由は単純だ。上が腐ってるからだ」
俺は思わず手を止めた。
「最近は特にね。上が腐ると下は飢える」
カオルさんが続ける。
「平民を見下して、好き放題やってる貴族が増えてる」
「……」
「それで、ついに動いた連中が出たってわけさ」
「動いた……?」
思わず聞き返した。
「襲撃だよ」
カオルさんがあっさり言う。
「何人か貴族がやられてる。一家ごと消えた屋敷もある。使用人ごと」
「もちろん全員じゃない。だがよ、やり返されたって事実だけで空気は変わる」
ゴランさんがグラスに口をつける。
さっきまでの軽い雰囲気じゃない。
「反王家の連中も動いてるからな」
「今の王家を引きずり下ろしたい連中さ」
つまり、それって止まらないやつじゃないか。
俺はヤマトをちらっと見る。さっきまでと同じ静かな顔で、何かを思案している様子だ。
「ま、どっちにしろ」
ゴランさんがグラスを置く。
「このままじゃ済まねぇな。いずれでかいのが来る」
「もう反乱分子が出てる分、止まらないかもしれない。一回火がついたら、理由なんてどうでもよくなるからね」
カオルさんも同じように言う。静かになる店内は、いつもより重い空気だった。
「……」
ヤマトは何も言わない。ただ、前を見ているだけ。
その横顔を見て、大丈夫かなって俺は心配した。事態は思った以上に深刻なのかもしれない。
翌日の昼過ぎ、店の中は相変わらず賑やかだった。あまりに忙しくて、俺はパニックに陥り、いつもならやらないミスを連発しまくっていた。
「ユラ、そのオーダー違う!」
「えっ、あ、ほんとだ!悪い!」
「だから最初に確認しろって言ったよね!?」
「うぅ……ドジですんません」
ハヤミにガミガミ詰められている俺の様子を見て、客席からドッと笑いが起こる。
この安酒を煽っている客たちが、彼女の正体が公爵令嬢だと知ったらどうなっていただろう。腕相撲は常勝無敗。大食いで、こうしてテキパキとフロアを仕切っている。ショックで宇宙まで飛んでいくかもしれない。
「兄貴ー!床汚れてる!さっさと拭いといて!」
「……今やってる」
ヤマトは短く返し、無言で床を磨いていた。
金髪を無造作に揺らし、完全に裏方の雑用係だ。どう見ても王太子には見えない。
「おーい兄ちゃん、酒もう一杯!」
「……自分で取りに来い」
「冷てぇなぁ、おい」
サクラコさんは丁寧に料理を運び、ダイゴローは一生懸命に注文を聞いている。なんだかほのぼのしていて、可愛い二人に自然と頬が緩む。ゴランさんはいつもの席で勝手に酒を飲み、カオルさんはその隣で綺麗に煙草を吸っていた。
そんな中で、不意に招かれざる客が来訪した。




