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食堂店員兼勇者  作者: 平民
三章 平民と貴族の腐敗

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35/68

35.ヤマトの憂鬱(後編)

 貴族街の一角。

 静かで整いすぎた大きな屋敷前まで来た。


 ここへ向かう前、側近に護衛を付けて馬車で送りますと言われたが断った。

 それでもあなたは王族だなんだと小言を言われたが、無視して城を出た。

 護衛を付けられて見張られるなんてごめんだ。だからいつも無理やり側近を付けられても、巻いて単独行動をしている。雑魚な側近などいても邪魔でしかない。大した盾にもなりゃしない。


 そもそも、あんな遅い荷車より自分で行った方が早い。

 ブラックマーケットでバイクでも出したいくらいだ。目立つのでやらないが。



「お待ちしておりました、ヤマト様」


 屋敷の扉が開くと、柔らかな声と共に出迎えられる。

 完璧に整えられた所作と目がくらむようなドレス。

 そこにいたのは婚約者のスミカだった。


「……遅くなりました」


 表情を整える。

 ここでも王城にいた時のような仮面をつける。

 王太子としての営業の顔だ。


「いえ、お忙しいのは承知しております」


 伯爵令嬢としての完璧な笑みで隙がない。

 でもどこか飾りつけたような顔で、素の顔ではない事は一目瞭然だ。


「さあ、こちらへ」


 案内されるまま豪奢な部屋へ招かれ、席に着く。用意された料理と整えられた空間は、王太子が来るという事で家中が洗礼されすぎている。全て完璧で用意周到。無駄がない。

 だが、形式ばっていてつまらない。息が詰まりすぎる空間だった。



「最近は勇者様とご一緒されているそうで……どのような方なのですか?」」


 スミカがナイフを持ちながら訊ねる。

 その質問は、個人の興味ではなく、情報共有のもの。


「……普通の人間ですよ」


 余計な事は言わず、それだけを言う。


「まあ」


 大げさに驚いたように目を細める。


「平民の方なのでしょう?」

「そうです」

「それは……」


 一瞬だけ言葉を選ぶと、


「大変ですわね」


 その一言で、完全に心は冷えた。 

 何がだ。何が大変だという。その一言で、この女の考えも見通してしまう。

 わかっていた事だが、やはりどの王侯貴族も同じように勇者という存在を見下すだけ。

 それでもあえて顔には出さない。まだ出すべきではない。


「……問題ありません」


 淡々と返しながら料理を口に運ぶ。それで会話は成立するし、それ以上は必要ない。余計な情報は与えない。こんな箱入り女には必要最低限で十分。

 

 ……味気のない料理だ。()()()()()()の方がよほど美味しい。


「そういえば」


 この屋敷の執事に、預けていた箱を持ってくるよう訴える。

 数日前に送ったもので、この食事会で開けるよう事前に伝えてある。

 執事が恭しく手袋越しで持ってきて、テーブルの上に置く。


「これは」


 スミカの目がわずかに輝く。


「次の夜会用のものです」


 簡潔に言う。


「まあ……!」


 嬉しそうに手を伸ばす。

 箱を開けると中にはそれなりに華やかで、上質なドレスが入っていた。


「素敵……」


 本心だろう。自分個人としては心底どうでもいい。


「お気に召したのなら何よりです」


 営業用の顔で微笑む。

 我ながら完璧な角度で、自画自賛。己は無駄に顔がいいので、どんな女も騙せる王子スマイルである。こんな顔を張り付けておけば、多少は貴族共ルッキズムを騙せる。


「ありがとうございます、ヤマト様」


 嬉しそうに胸に抱く。


「これで恥ずかしくない姿でご一緒できますわ」


 恥ずかしいのは中身だ。見た目をどんなに飾ろうが、中身は薄っぺらい箱入り女に過ぎない。守られるだけのか弱い女や、形式ばった外見だけの女など、心底興味はない。その手の女は現実世界で腐るほど見てきた。ようするにノイズやモブでしかない。

 そう思っていても、やっぱり口には出さない。


 ちなみにこのドレスは、店に行くのが面倒だったのでブラックマーケットで適当に選んだもの。

 質は保証されている。この世界にはない生地で既製品だが、この程度の女には十分だ。

 どうでもいい。()()()が着るわけじゃない。


 正直なところ、誰が何を着ようと興味はない。

 能面がキラキラした服を着て、紳士淑女の狭い視野でしか語れない会の何が楽しい。自慢と虚栄と媚び諂うだけのダンス会だなんて反吐が出る。



「夜会、楽しみですわ」


 全然楽しみじゃねぇし、参加するのも時間の無駄だ。


「勇者様もいらっしゃるのでしょう?」

「……そうですね」


 営業スマイルで返す。


「どのような方か、直接拝見できるのですね」


 そう言いながらも、その奥にあるのは好奇心と選別だ。

 

 二時間弱で食事は滞りなく終わる。

 会話も関係も問題ない。すべてが滞りなく進む。

 退屈で、くだらなくて、あくびが出そうな時間。

 最初から最後まで、何も残らなかった。


「では、また夜会で」


 スミカが優雅に頭を下げる。


「ええ。失礼します」


 同じように返す。

 いつのもの形式通りの礼で終わり、さっさと屋敷の外を出る。


 夜の空気を感じて、少しだけ息がしやすくなる。

 やっと終わった。

 予定のひとつを消化しただけで、それ以上でも以下でもない。


 思い浮かぶのは、やはりあの食堂だ。

 騒がしい声、くだらないやり取り、食欲をそそる庶民の料理たち。


 帰る方向を変える。

 あいつの顔を見れば、全部どうでもよくなる。

 王城ではなく、貴族街でもなく、やっと下町へ行ける。


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