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食堂店員兼勇者  作者: 平民
二章 スキル

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30/68

30.レンヤ戦

「っ……」


 ヤマトの微細な足運びが、ほんの僅かに遅れた。

 静かに通った一閃が、赤い線を刻みつけていた。


「ヤマト!」


 頬から鮮血が溢れて流れ落ちる。一歩間違えてしまえば致命傷だった。


「問題ない」


 ヤマトは片手で銃を構えたまま冷徹に告げるが、息は僅かに乱れていた。


「やはり、まだまだ」


 対峙するレンヤが、すべてを見透かしたように微笑む。


「その程度では私に勝てませんよ」

「……チッ」


 だめだ。完全に押されている。このままじゃ危ない。


「……っ」


 俺は刀の柄を握り締めながら、じりじりと焦りを募らせた。

 どうすればいい。何か、あいつの完璧なリズムを崩す隙さえあればっ。


「じいちゃん先生!!いやだよぉお!!」


 空気を裂くような悲痛な叫び声に、俺ははっと我に返った。

 ダイゴローだった。血を流して倒れている優しい神父様のそばで、小さな身体を激しく震わせている。ピクリとも動かない神父様の姿を前に、俺の背筋に冷たい戦慄が走った。

 ゆっくりとダイゴローの顔が上がる。その新緑の瞳から、光が完全に消え失せていた。


「……よくも」


 低く、押し殺したような声。

 さっきまでの無邪気な子供のそれとは、完全に別人だった。幼い怒りが、彼の小さな輪郭を塗り替えていく。


「よくも、じいちゃん先生をっ!!」


 ダイゴローの魂の叫びに呼応するように、周囲の空気がざわつき始めた。


「みんな……力を貸して!!」


 ぶわっ、と。

 空間の歪みから、半透明の羽を持つ妖精たちが一斉に湧き出し、その数は瞬く間に何十、何百と膨れ上がっていく。集まった妖精たちは口々に下品な言葉を吐き散らした。


『なんだコラ、やんのかクソが!』

『優しいじいちゃんをよくもやりやがったな!!』

『あの白髪ヤロー、マジでむかつく!』

『まとめてぶち殺してやろーぜ!!』

『『うおおおおおおおおおおおお!!』』

「みんな、あいつをやっつけて!!」


 ダイゴローの怒号と共に、無数の妖精が一斉に牙を剥いた。凄まじい魔力の嵐が巻き起こり、色彩豊かな光の弾丸が視界を完全に埋め尽くす。

 火、風、水、土、爆裂、毒、幻覚。

 ありとあらゆる属性の、嫌がらせのようなみみっちいデバフ攻撃が、執拗にレンヤへと降り注いだ。

 一撃一撃の威力は微々たるものだが、絶え間なく続く弾幕は回避を完全に不可能にした。


「……ッ」


 完璧な余裕を崩さなかったレンヤが、ここで初めて明確に顔をしかめた。


「これは……厄介ですね」


 無数にまとわりつく妖精の羽音と状態異常の嵐によって、レンヤのナイフ捌きに僅かな狂いが生じ、投擲もずれていく。


「数で押すタイプですか。嫌いではありませんが……」


 なおも冷徹さを失わないレンヤ。だが、彼が意識を妖精に向けたその瞬間を、ヤマトが見逃すはずがなかった。


 システムウィンドウ(ブラックマーケット)が展開される。超人的な速度で購入選択を終わらせた彼の手には、重厚な光を放つリボルバーだった。


「そこだ」


 ドン。


 先ほどとは違う乾いた銃声が響き渡る。

 放たれた重い一発は、妖精の隙間を一直線に縫って、レンヤの心臓へと寸分の狂いもなく突き刺さった。


「……ッ!」


 弾丸の凄まじい衝撃に、レンヤの身体が大きく傾き、その動きが完全に停止した。その顔に、初めて明確な動揺が走る。


「今です!」


 サクラコさんの鋭い声が響いた。

 太いリリアンの毛糸が蛇のように放たれる。一本に留まらず、二本、三本とレンヤの身体に何重にも絡みつき、その腕、脚、胴体を瞬時に縛り上げた。

 だが、底知れない力を持つ魔族だ。すぐに消されるのは目に見えている。間髪入れずに次の強力な一撃が必要だった。


「ハヤミさん!!」

「任せて!!」


 ハヤミがハンマーを両手で固く握り締める。力を込めて、全身全霊をぶつけるために跳躍。


「おりゃあああああッ!!」


 渾身の力で、それは振り下ろされた。


 ドガァァン。


 衝撃と共に、レンヤの身体は容赦なく地面へと叩きつけられた。

 常人なら肉塊と化しているはずの威力だが、彼の頑丈すぎる肉体はなおも原形を留めている。


「ユラ!!」


 ダイゴローの喉を枯らした叫び。

 その声が、なぜか俺の胸の奥底、魂の最も深い場所へとまっすぐに届いた。

 世界の色が、一瞬で反転する。視界が恐ろしいほどに研ぎ澄まされ、時間の流れが極限まで遅くなっていく。


 そして、視界が黄金色に輝く。

 腰の剣を滑らかに引き抜き、地を蹴った。一瞬で距離を詰める。


 地面に倒れていたレンヤが、驚愕に目を見開いて顔を上げる。

 その瞬間、俺は一切の迷いを捨て去り、その首筋めがけて刃を真っ直ぐに振り抜いた。

 閃光が走る。レンヤの身体が大きく吹き飛んで激しくもんどりうった。


「こ、れは」


 口元から鮮血を吐き出しながらも、レンヤは不気味に笑ってみせた。


「さすがですねえ」


 衣服を血に染めながら、彼は何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。


「想像以上です」


 その瞳は、底知れない興味深さによって細められていた。


「少しだけ、本気を出すところでしたよ」

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