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食堂店員兼勇者  作者: 平民
二章 スキル

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29.魔王幹部

「ただ」

「ただ?」

「無理はするな」

「え……」


 少しだけ、ヤマトの声のトーンが落ちた。


「お前、すぐ自分を後回しにするだろ」

「……あ」

「さっきの昼食の時、自分だけ残り物を食べていた。その前も他人ばかりを優先していた。今の戦闘で一気に片付けたのも、みんなに負担がいかないようにしたからだな」

「そうなの!?」と、身を乗り出すハヤミ。

「あーうー」


 現実世界でのいじめの記憶のせいか、あるいは異世界で孤立していたせいか、それが骨の髄まで染みついてしまっている。ヤマトの言うさっきの食事の時なんて、たしかに自分は残り物を食べていた。なんでも「俺は大丈夫」って後回し。

 奴隷パシリ根性が身についてしまっているようだ。


「自己評価が低すぎるのもどうかと思うが、少しはみんなを頼れ。自分だけ無理をするな」

「……すいません」

「謝るな。謝るのも癖がついているな」

「長年の癖でして」

「これからは仲間が前に出る時は任せろ。その代わり、お前がやるべき時はちゃんと前に出る。自分をやたら後回しにするな」

「……はい」


 ヤマトとりあえず俺の返事に頷く。

 クールで達観していて、最初はとっつきにくいと思っていたけれど……ああ、この人はちゃんと俺を見てくれているんだ。ただのスケベ男じゃなかったんだと、ヤマトを頼れる兄のように思えた。


「ちょっと兄貴ぃ~?」


 ぬっと、二人の間にハヤミが割り込んできた。


「なーに二人でいい雰囲気出してんのさ。ずるいじゃん!」

「いい雰囲気ではない。当たり前のことを言っただけだ」

「どうだか」


 ハヤミはニヤっと笑いながらも、そのあずき色の瞳の奥は笑っていない。ぐいっと俺の肩を引き寄せてくる。


「ユラはあたしが先に目つけたんだからね? 兄貴にばっか取られるの、ちょっとムカつくし」

「取ってねぇ」

「どうだか……『ユラ以外でそういう感情は動かん』とかなんとか言ってたよね?」


 ちらりとヤマトを睨むハヤミ。ヤマトは完全に知らん顔を決め込んでいる。

 けれど、ハヤミはすぐにいつもの快活な調子に戻って、ぽんと俺の背中を叩いた。


「ま、いっか! ユラはユラだしさ。なんであれどうであれ、あたしたち、ずっと一緒にいるんだしね!」

「ハヤミ……」

「ちゃんと見てるからさ」

「……うん、ありがとう」


 ひとまず騒がしいやり取りを切り上げて森を抜けると、見慣れた逞しい顔が待っていた。


「……おう、戻ったか」


 腕を組んで立っていたのは、俺の親父ゲンジローだ。カバンにはたくさんのキノコや薬草が詰められている。俺たちが戻ってくるまで、ここで採取しながら待っていてくれたらしい。


「うまくいったみたいだな」

「まあね。精霊もなかなかクセが強かったけど」

「そりゃ大変だったな」


 俺たちの様子を見て、色々あったのだろうことは何となく察してくれているようだった。だが、親父の表情がすぐに引き締まる。


「で、世間話はここまでだ。急いで戻るぞ」

「え?」

「孤児院の前に怪しい男がうろついてるって情報を聞いてな」

「……怪しい奴?」

「生気のなさそうな顔で、耳が尖ってた。まるで魔族みたいだって話だ」

「魔族……っ!?」


 嫌な予感が胸をかすめる。魔族ということは魔王軍。先日襲ってきたサキの仲間かもしれない。

 俺たちは全員で急ぎ王都へ戻り、孤児院の扉を勢いよく開け放った。


「――――っ!?」


 その瞬間、肌を刺すような空気の重さに息が詰まった。

 視界に飛び込んできたのは、最悪の光景だった。


「じいちゃん先生ッ!!」


 ダイゴローが悲痛な声で叫んだ。

 苦しそうに顔を歪める神父様の首を、片手で無慈悲に掴み上げている男がいた。

 その周囲では、半泣きになりながらも棒切れを握りしめている孤児院の子供たちもいた。


「……ふむ」


 男は静かにこちらへ視線を向けた。

 知的な雰囲気を纏った整った顔立ち、そして尖った耳。けれど、その瞳には生き物としての温かみが一切ない。どう見ても魔族だ。


「噂を聞いて、勇者がどんな人物か見に来てみれば……」


 男は口元だけで薄気味悪く笑う。


「こんな……ぽっちゃりさんとは少々驚きましたね」


 はいはい、すいませんね。毎度のことながら、こんなデブスな図体で。


「離せ」


 地を這うような低い声で、ヤマトが唸った。圧倒的な威圧感が周囲の空気を凍らせる。


「おや」


 男がヤマトに視線を移す。


「君は……面白そうですね」


 男はゴミでも捨てるかのように、神父様を放り捨てた。どさりと床に崩れ落ちる音。

 そして、男は衣服の乱れを整えるように、軽く優雅に一礼してみせた。


「自己紹介をしておきましょう。魔王軍幹部五人衆の一人、レンヤ」

「……魔王軍幹部……!」

「勇者が誕生したとの情報を聞きましてね、挨拶に参りました。以後、お見知りおきを」


 親しみやすそうな笑みを浮かべて言うが、その慇懃無礼さが逆に底知れない不気味さを際立たせていた。


「では勇者様。少し、試させていただいても?」


 その一言で、部屋の空気が完全に戦場へと変貌した。


「やらせないっ!」


 ハヤミが真っ先に飛び出した。

 地面を蹴る音すら置き去りにするほどの圧倒的な突進速度。脳筋超パワーの怪力でハンマーを叩き込む。


「おりゃあああっ!!」


 空気を破裂させるような一撃。しかし、


 パシッ。


「まだまだですね」


 レンヤは片手で、それも最初からそこにハンマーが来るのを知っていたかのように、あっさりと受け止めてみせた。そして、そのまま無造作に腕を払う。


「っ!?」


 ハヤミの頑強な身体が、木の葉のように後方へ吹き飛んだ。


「ハヤミ!」

「大丈夫……っ」


 すぐに立ち上がったものの、ハヤミの顔は固く強張っている。力の違いを察した顔だった。


「では、こちらも少し」


 レンヤが指を流れるように動かした。いつの間にか、その指の隙間に何本もの鋭利なナイフが挟まれている。


「サクラコ!」

「はい!」


 ハヤミの鋭い呼びかけに応じ、サクラコさんの魔力の毛糸リリアンが奔った。糸が生き物のようにレンヤの手足に絡みつき、その自由を完璧に拘束した。……はずだった。


「器用ですね。ですが」


 絡みついていたはずの糸が、最初から存在しなかったかのように一瞬で霧散した。


「えっ……消えた……!?」

「甘いです」


 ヒュッと風を切る冷たい音がした。

 自由になったレンヤの手から、サクラコさんへ向けて容赦なくナイフが放たれた。


「チッ……!」


 パァン。


 間一髪、鼓膜を揺らす乾いた銃声が響いた。ヤマトの射撃だ。

 サクラコさんの目の前でナイフが弾き飛ばされる。


「……ほう」


 レンヤの細い目が、さらに鋭く細められた。


「それは変わった武器ですね。弾丸を飛ばすだなんて便利だ。しかも、こちらの投擲に合わせる反動速度……素晴らしい」


 この近代兵器がほとんど存在しない異世界において、銃の弾道を読み切れる者はいない。ヤマトの持つ固有スキル【ブラックマーケット】のチート兵器に、魔族の幹部すら目を見張っている。


「そっちこそ」


 ヤマトは漆黒の銃口を崩さないまま、冷徹な声で告げた。


「ナイフの軌道が読みづらい。死角から曲がって来やがる」

「お互い様ですね」


 刹那、二人の身体が火花を散らして交錯した。

 レンヤの放つ変幻自在の投擲と、ヤマトの放つ容赦なき素早い射撃。

 空間を切り裂く音と、それを撃ち落とす爆音が高密度で連続する。

 ヤマトの天才的な戦闘センスが、完全に開花していた。あまりの速度に、誰も二人の戦いに割って入ることができない。


「……すごい戦いだ」


 俺はただ、その光景を呆然と見つめることしかできなかった。

 映画のスクリーンを見ているかのような大迫力と、肌をヒリつかせる緊張感。

 今の俺じゃ、この戦いに足を踏み入れる余地すらない。完全に別次元の戦いだ。


 何より恐ろしいのは、格上であるはずのレンヤを相手に、低レベルのヤマトが互角に食らいついていることだ。ヤマトの元々の戦闘技術が、ステータスの差を埋めている。

 しかし、激しい猛攻の最中であっても、レンヤの呼吸は未だ一つも乱れていなかった。

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