28.みんなで初戦闘
とりあえず、その周辺のモンスターと戦ってみようという話になった。
スキルを把握したからには、実戦で試すのが手っ取り早い。
「あ、数百メートル先にモンスターが20匹潜んでる」
索敵スキルを持つハヤミが、森の奥を睨みつけながら鋭く察知した。ヤマトも即座に、周囲の空気に混ざった不穏な気配に気づく。
「……来る」
ヤマトが低く呟いた直後、激しく茂みが揺れた。
姿を現したのは、
「うわっ……!」
オークだった。
人型ではあるが、明らかに人間ではない。筋肉の塊のような醜悪な体に、獣そのものの顔。そして何より、風下から漂ってくる臭いがとにかく酷かった。どんな匂いかって?動物園にいるゴリラの糞みたいな匂いだ。
王都で俺が倒した魔界種とは比べ物にならないくらい最弱の個体だが、今の低レベルな俺たちにとっては丁度いい相手だろう。さすがにあの時のような爆発的な力は出ないが、雑魚戦に慣れておくのも必要だ。
「数、多いね」
ハヤミは恐れるどころか、不敵にニヤリと笑う。
「でも、いける!」
言い切ると同時に、ハヤミが力強く地面を蹴った。
一瞬でオークとの距離を詰め、その小さな拳を情け容赦なく叩き込む。
ドゴッ。
凄まじい衝撃音と共に、オークの一体が木の幹へと吹き飛んだ。
「おお……!」
思わず感心の声が漏れる。パラメータが上がっていると言っていたが、まさかこれほどのパワー型だとは。
しかし、敵もただ見ているだけではなかった。
「囲まれたね」
ハヤミの突撃を皮切りに、残りのオークが一斉に動き出す。左右から同時に迫られ、ハヤミが囲まれてしまった。
「では、ここは私が」
サクラコさんが一歩前に出て、銀色のリリアンを手にする。
流れるような美しい動作で投げられたそれは、一本の細い魔力の毛糸を引き連れて空中を飛んでいった。毛糸は意思を持つ蛇のようにうごめき、ハヤミに迫っていたオークたちの足を絡め取って完全に拘束する。
「そのまま、編み込んじゃいますわね」
サクラコさんがリリアンをくるくると手元で回すと、毛糸が急激に締め付けられた。オークたちは可愛らしい毛糸の檻の中で、なす術もなく静かに絞殺されていく。
「それ強っ!家事全般スキルってそんなことできるの!?」
「編み物は得意ですから♡」
リリアンって編むものじゃなくて投げて拘束するものだったのか。
「ぼくもやる!」
ダイゴローが元気よく手を挙げると、その周りを妖精たちが一斉に飛び回る。
『目つぶしだオラぁ!』
『砂に毒いれたった!』
『だりー。しねしねゴミ共くたばれごるぁあああ!』
口の悪すぎる妖精たちのデバフ攻撃を受け、残ったオークたちの動きが目に見えて鈍っていく。
「今だ」
ヤマトが静かに言うと同時に、目の前に黒いウィンドウが開いた。
「アイツにはこれでいいか」
ヤマトの手元に現れたのは、ずっしりとした大きなハンマーだった。
「ハヤミ」
ヤマトがそれを無造作に放り投げる。がしっとハヤミが受け取った瞬間、
「これいいじゃん!おりゃああっー!」
ブンッ、と勢いよく振り抜かれたハンマーが、オークの脳天を直撃した。
ドガァァン。
凄まじい轟音と共に、複数が完全に地面へと沈んだ。
「うっわ、なにこれ。超軽い!」
「まだレベルが低いから弱い武器だが、この程度の相手なら申し分ないだろ」
「うん。これならガンガンいけそう!」
ハヤミが武器を構え直す。まだ敵は残っている。
生き残ったオークが、矛先を変えてこちらを激しく睨みつけてきた。ぎょろりとした醜い濁った目が、まっすぐに俺を捉える。
「ユラ」
ヤマトの静かな声にはっとする。
「いけるだろ」
それは短い言葉だった。
けれど、その確信に満ちた一言で、俺も俄然やる気が出る。
ハヤミが先陣を切って数を減らし、サクラコさんが動きを止め、ダイゴローが弱らせて、ヤマトが俺の背中を押してくれた。
なら、ここは――――
「やるっきゃない!!」
一歩を踏み出すその瞬間、急に視界のノイズが消え去った。
世界の輪郭がやけに鮮明に見える。森の木の葉が揺れる音、空気の流れ、迫り来る敵の筋肉の動き、そのすべてが驚くほど手に取るようにわかった。
そして、視界が一瞬だけ黄金に輝いた。
「……え」
後ろで誰かが小さな驚きの声を漏らした。けれど、俺自身はそれに全く気づいていない。
ただ、今の自分なら確実にいけるという、絶対的な確信だけが胸を満たしていた。
腰の剣を引き抜く。
ほとんど無意識のまま、煌めく刃が滑らかな軌道を描き、複数のオークを一閃した。
目にも留まらぬ速さで空間を切り裂かれたオークたちは、悲鳴をあげる暇もなく、ドサドサとその場に崩れ落ちていった。
全員息をのむ。
静まり返った森の中に、風だけがゆっくりと通り過ぎる。
覚醒の感覚が消え去り、元の視界に戻ると、自分の鼓動がやけに速く波打っていることに気づいた。
「俺、やった……?」
「ああ」
ヤマトが静かに頷いた。
「ちゃんと勇者だった」
「っ……!」
その一言をもらった瞬間、全身の張り詰めていた力が一気に抜けた。
初めて自分の意思で、仲間のために戦えた気がした。
「ユラ、すごーい!一気に十匹倒しちゃうなんて!」
ハヤミがハンマーを担いだまま、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「瞳の色、一瞬だけ黄金になってたじゃん!」
「黄金……か。いやいや」
恥ずかしくなって、ぶんぶんと首を振る。
「ハヤミの方が全然強かったじゃん。あんな大きなオークを一発で吹っ飛ばしてたし」
「それはそれ、これはこれ」
ハヤミはにやっと悪戯っぽく笑った。
「ちゃんと最後にカッコよく決めたのはユラじゃん」
ストレートに褒められると、照れくさくて視線を泳がせてしまう。
「ええ。土壇場で決めるって大事な事です。とってもカッコよかったですよ」
サクラコさんが妙に近い距離まで詰め寄ってくる。
あの、近いです。すごくいい匂いがして、年頃の男子の心臓にはすこぶる悪いっす。
「ほら見てよ兄貴。ユラすごいでしょ」
「……そうだな」
ヤマトが静かに肯定する。
「怖がって足を止めると思ったが、ちゃんと前に出たじゃないか。それだけでも上出来だ」
「……っ、どーも」
なんか照れくさくなって、そっぽを向きながら返事をした。
この人たちの隣になら、俺もここにいてもいいのかもしれない、なんて。そんな温かい希望が、静かに胸の奥で芽生えていた。




