19.ダイエット
学校が終わった夕方、店の裏口を開けるとほっとする匂いがした。
もつ煮込みの匂いだ。
芳しい匂いに誘われて、己の腹の音がぐううと鳴った。
「……腹減った」
思わず呟く。もちろん疲労もある。
今日は一日中、視線に晒されっぱなしだった。
見下すような視線じゃないのが逆にやりづらかった。勇者になると目立って困る。
「ユラさん、おかえりなさい」
やわらかい声に安心する。サクラコさんが立っていた。やっぱり美人で綺麗な人だな。この食堂に唐突な華が現れてくれてウチとしても大助かりである。
え、俺?俺が華なわけないだろ。華どころか化け物だ。
「いきなりであれなんですが、少しお時間よろしいですか?」
「?……別にいいですけど」
部屋にかばんを置いて戻ってくると、すぐに提案された。
「え……ダイエット?」
俺は顔を顰めてしまった。
「はい」
サクラコさんはにこりと微笑む。
「ユラさんの体はちゃんと大事にされるべきものです!私、そういうの得意なのです!」
やる気に燃えたように、目をキラキラさせている。
「いや……でもその……」
視線を逸らす。
「何回もやったことあるんだけどさ……全部失敗してて、続かないし、すぐ戻るし……」
思い起こさせる過去の数々の失敗。
何度やってもなかなか痩せない自分の肉体は呪いかなんかかと思っていた。
この呪いは解けるのだろうか。俺は相撲取りデブから脱却できるのだろうか。
「大丈夫ですよ」
再びにっこりする。
「私、エステやエクササイズは得意なんです。昔、何人もの方のお悩みを解決に導いた実績もあります」
得意げに言うサクラコさん。その手の仕事でもしていたのだろうか。
「食事療法も、体質改善も、自律神経魔法も使えます」
「自律神経魔法?」
「体内の巡りを整えたり、毒素を排出したりする魔法です。神官が使うような回復魔法とはちょっと違いますわ」
さらっととんでもないことを言う。なんだそれ。そんなけったいなもんあんの。
「無理なく変わりますわ。いえ、変わらせて見せます。体内のお掃除はお手の物ですから」
無理なく……か。
まるでエステの営業を受けているみたいだが、無理なくという単語は魅力的だ。
それにサクラコさんのやる気に満ちた目と誠実さは信用できるものだろう。
「……ほんとに?」
「はい」
彼女は嘘偽りなく優しく微笑む。
「……じゃあ、やってみようかな。いつまでも相撲取り勇者じゃ笑われちまうし」
「では!一緒に頑張りましょう」
サクラコさんの熱意と自律神経魔法の魅力に押され、さっそくその日から始まった。
彼女の徹底的な食事管理、軽い運動、ハーブティー、ヨガ、精油のマッサージ。
そして、彼女の自律神経魔法が静かに体に入る。
体の内側がじわじわ変わっていく感覚がして、今までの重かった体がスッキリしていく。
翌日、すぐに体重計に乗った。
「……え?」
体重計の数字を見て固まる。
110キロから90キロになっていた。
「いやいやいやいや」
仰天して思わず後ずさる。
「ちょっと待て。これチートじゃない!?」
サクラコさんは穏やかに微笑む。
「いえ、脂肪が一気に落ちたわけではありませんわ」
「え?」
「まずは体内の余分な水分や老廃物を排出しただけです。あとはユラさんの頑張り。私は手助けしただけですわ」
「いや絶対違うでしょ」
「いえいえ。むくみや毒素が抜けるだけで人はこれだけ変わるんです」
「……え、じゃあ」
「ここからが本番です」
これからが大変なのか。でも、やっぱり嬉しいのは隠せない。
だって一日で20キロ減ったのだ。すごくないですか自律神経魔法。
サクラコさん、俺の神じゃん。いや、女神様か。
「サクラコさんてば俺の女神。好きです!」
「んまあ、ユラさんったら。私も好きですわ♡」
つい、好きと言ってしまったが、彼女も笑顔で返してくれた。
それが満更でもないなんて知る由もなく、俺は彼女を崇めたくなる。




