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食堂店員兼勇者  作者: 平民
一章 勇者誕生

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17/66

17.今日から勇者

 *


 闇の中の音のない空間。青いかがり火だけがゆらゆら燃える。

 脈打つような禍々しい魔力だけが満ちていた。


「……なるほど」


 低い男の声が響いた。

 ユラ達を襲ったサキは片膝をついたまま、顔を伏せている。


「申し訳ありません。勇者と疑わしき存在を葬ることができず」

「別にいい」


 言葉を遮るように、魔王が呟いた。

 意外にも怒りはない。むしろ、


「ついに目覚めたか」


 わずかに、愉しむような響き。


「……ユラ・ハナゾノ」


 名前を正確に呼んだ。


「潜在能力は高そうだ。それに、千年も待った」


 魔王の全身は薄いヴェールに包まれている。その内側は低級魔族では絶対に見られない。姿はもちろん、声すらも変声を使われているのか謎に包まれていた。


「これからの成長次第だな。真価を問えるのは」


 魔王は口の端を吊り上げる。


「ずっと待っていたのだから」


 空気がわずかに歪んだ。それだけで魔王の魔力が全身にひりつく。


「せっかく勇者が誕生したんだ。他の部下にも挨拶回りに伺えと伝えておこう」


 *


 朝、店の裏口前に慌ただしく立つ。

 昨日はあんな大変な事があったというのに、今日はなんだかいつもと違って見える。

 そろそろ行かなければ遅刻だから、ドアの取っ手に手をかける。


「行くのか」


 親父が短く言う。


「うん」


 緊張気味に頷く。


「無理すんなよ」


 親父は薄々察している様子だった。昨日の事はもちろんの事、学校での事も。


「わかってるって」


 扉を開けると、丁度外にいたサクラコさんが出迎えてくれた。


「ユラさん」


 サクラコさんが弁当を差し出す。


「はい、どうぞ」

「……ありがとう。サクラコさん」


 それを受け取る。ほのかに温かくて、美味しそうな香りがした。


「いってきます」

「おう」

「いってらっしゃい」


 俺は振り返らずに前を歩いた。重い足取りは妙に軽くなっていた。

 


 王立貴族学院の校門をくぐる。

 歩くたびに緊張感が半端ないが、もう逃げないと決めた。

 できたばかりの心強い友達がいるのだから、この場所はもう怖くないはずだ。


「あいつだ」

「デブスだ」


 こちらの存在を認識すると、ざわつく周りの空気。


「勇者なんだろ」

「ほんとに……?」

「信じられない」

「あんなデブがどうやって勇者になったんだよ」


 遠巻きの会話が次々耳に入る。でも、もう耳を塞ぐことはしない。立ち止まらない。

 歩き続けた先、それぞれの教室が連なる廊下が見える。見知った可愛らしい美少女がこちらに気付き、笑顔で手を振って駆けてくる。


「おはよう、ユラ」

「おはよう、ハヤミ」


 一瞬の間があった。


「……え」


 ハヤミが固まる。


「っ、今、名前で呼んだ?」

「……ぅ、うん。ごめん。呼んでみた」


 俺が照れたように頭をかく。実際、呼んでみると恥ずかしいものだ。


「っ~~もう……いろんな意味で滾るからぁ。不意打ち反則」


 ハヤミは恥ずかしそうに頬を押さえている。


「でも、すっごく嬉しい」


 最高の笑顔のハヤミに、こちらも嬉しくなる。

 その後ろから、


「ユラ」


 相変わらず不愛想で、こちらを見透かしたように見てくる殿下。

 視界がキラキラして見えるのはイケメン補正だろう。


「おはようございます、で――」

「待て」


 すぐに止められる。


「いい加減、殿下はやめろ」

「え」

「名前で呼べ」


 それがとても不満だと言わんばかりだ。


「でもさすがに殿下を呼び捨ては……」

「不公平だろ。ハヤミにはため口で呼び捨てなくせに。フェアじゃないな、それは」

「う……」


 正論に俺は言葉に詰まる。


「や、ヤマト……様」

「様はいらない」


 即答された。ですよねーははは。


「や……ヤマト」

「……それでいい」


 とりあえずご満悦な様子の殿下……じゃなくてヤマト。

 そのやりとりを見ていた周囲がざわつく。


「ハヤミ様はまだしも王太子殿下を名前呼び……!?」

「不敬罪だろ!」

「距離近すぎ!」

「あれだけ忠告してあげたのになんなの」


 周りの鋭い目や、嫉妬と羨望の眼差しがすごいが、もう俯かない。

 また呼び出されるかもしれないけど、ぎゅっと少しだけ拳を握る。


「……前みたいにはならない、うん」


 自分に言い聞かせて、毅然とした態度で前を歩く。

 三人一緒に。

 

「ねえねえ、帰りハンバーガー食べに行こうよ」

「それいいね。俺、帰りに食べ歩きするの夢だったんだ」

「お、いいじゃんいいじゃん!夢を叶えようよ」

「昨日あれだけ食ってまだ食うのか。太るぞ」

「太らねぇし。それ以上にあたし動いてるから!家でも筋トレしまくってるし」

「豚になるのが先か、ゴリラになるのが先か」

「ムッキーー!!この腹黒クソ王子!」

「腹黒なのは自覚済みだから結構」

「あの、キミら息ぴったりだね」


 この二人、まるで兄妹みたいだな……。

 自分を間に挟んでのやり取りは困るけど。


 そんな学園の有名人二人の中に自分がいて、一緒に笑える。

 友達のいなかった自分では考えられない日常だ。

 朝の光の中、もうあの日の距離じゃない。

 俺はもう孤独じゃない。


 一章 完

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