16.はじめての友達
女がわなわな震えて呟く。
「……ありえない」
だがその目は、完全に釘付けだった。
ユラから目が離せない。魔王の使い魔としてやってきた己が、敵側に魅せられてしまった。
圧倒的な力、神々しいまでの佇まい、そして冷徹な黄金の双眸。そのすべてが、サキの胸に未知の動揺を刻みつけていく。
「きゃああー♡さっすがハヤミの白馬の王子様だぁ!」
ハヤミは完全に目がハートであった。
もうぞっこんと言ってもいい程、頬を乙女のようにときめかせている。
近くにいたヤマトは、静かに微笑む。
「……さすがだな」
そして、ユラが女を見る。
美しい黄金の瞳が鋭く細められる。
「……次は、お前だ」
低い声で宣戦布告をする。
「やるのか」
女は焦りながらも一瞬だけ黙る。
そして、肩をすくめる。
「あー……なんか興が醒めたわ。やめとく~ってカンジ」
おどけた態度で今日は引き上げ宣言をする。
「見逃してあげる。勇者様」
クスっとお茶目に微笑んでみせるサキだったが、その額には冷や汗が滲んでいた。彼女はすっと人差し指を立て、ユラに向ける。
「でも、魔王様はもっと強いわ。あなた程度など軽く捻っておもちゃのように扱うみたいにね」
「…………」
ユラは黙っている。
「せいぜいもっと強くなる事ね。だってあんた、これからずっと狙われるんだから。死ぬまで」
「…………」
「それと、覚えておきなさい。あたしはサキ。魔王幹部の一人」
サキが空間をなぞると、そこにバリバリと不気味な紫色の裂け目が現れた。彼女はその闇の中へと軽やかに飛び込み、姿を消した。
途端、柔らかな風が吹く。
邪悪な気配が消え、静寂が訪れた。
さっきまで大地を裂いていた衝撃も、雷の轟音も、すべてが嘘みたいに消えている。
残っているのは焦げた匂いと、立っている一人の影。
ユラという勇者だけ。
その背中を、ヤマトは見ていた。
喉の奥で、笑いがこぼれそうになる。
さっきまで守られていた。
頼りなくて、危なっかしくて、目を離せない存在だったはずなのに、今は違う。
あの一閃。あの太刀筋。あの雷。あの凛々しい立ち姿。
全部、焼き付いている。
……ああ、そうか。
すとん、と腑に落ちる。
オレは最初からあれに目をつけていたのか。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
今までの曖昧な感情が、全部形になる。
いろんな意味でもう、全てに目が離せない。
今もその視線はユラから一切逸れない。
欲しい、と思った。
守りたい、でもなく。助けたい、でもなく。
あの光を。あの瞳を。
あの、誰かのために自分を燃やすような在り方を。
自分の目の届く場所に置いておきたいと、初めて思った。
「もう無理!完全に尊い!白馬の王子様であって推しみたいな人じゃん!」
ハヤミが一人で騒ぐ。
さっきまでのユラと、同一人物とは思えない。
美しくて、妙に色気があって、カッコよすぎてたまらない。
呼吸や動悸が苦しいほど楽しい。
さっきまで守りたくて仕方なかったのに。
「やばいってもぉおお!」
もうこの人以外は考えられない。
そう思ったハヤミは、一生ユラについて行くことを決めた。
その時、ふっとユラの体から神々しい圧が霧のようにほどけた。
ふらりと揺れる。瞳の色が元のオニキスに戻る。
体つきも少しずつ元の体型になる。
「あれ」
きょとんとした顔で周りを見る。
「おれ……」
頭を軽く押さえる。
「なにしてたんだっけ。……なんか、すごい疲れたなぁ」
その場にへたり込む。
さっきまでの威圧感はどこにもない。
完全にいつものデブスと言われるユラだった。
*
俺はぼうっとして今の状況がよくわかっていなかった。
向こうで殿下がゆっくり息を吐いている。
どうしたんだろうって俺は首を傾げた。
「ユラぁあああ!!」
ハヤミさんが急に飛びついてきた。
「うわああ!ちょっ、なに!?」
抱きつかれて慌てる。
「無事でよかったあああ!!」
お互いになんとか生きている事をわかちあう。
なんとなく何をしたのか覚えているようでおぼろげで、俺は照れ臭そうに笑った。
「さすがユラさんです。ねえ、ゲンジローさん?」
喜ぶサクラコの隣にいた男が震えている。
「はは、なんだあれ……神がかりだなほんと」
ゲンジローはわずかに笑っている。
「でも、あれが――――」
静かに言う。
「勇者なんだな」
その姿をそれぞれが近くや遠くで刮目しており、やがては王都中の話題となった。
「本当に大丈夫なの?どこも怪我してない?」
「あー、うん。大丈夫だから」
まだ頭がぼんやりして、体がだるい。
その少し後ろで、殿下がゆっくりと歩いてくる。
視線が外れなくて、俺は少しだけ気まずそうに目を逸らす。
「あ、あの……」
小さく口を開く。
「学校の事なんだけど……その……」
言葉がうまく出てこない。
「……ごめんなさい」
とりあえず頭を下げてぽつり。
地面を見たまま続ける。
「おれ……自信なさすぎてさ、二人を避けてた」
静まり返る二人。
「本当は……」
言葉を探す。
「こんな俺と……仲良くしてくれて、本当はすごく嬉しかったのに」
最近の事が脳裏に思い返される。
「でも、周りの目とか……自分が釣り合ってないとか……勝手に辛くなって、しんどくなって……あんなこと言った。バカだよね」
自嘲気味に笑う。
「でも、こんなさ……臆病で、弱くて、うだつのあがらない俺でも……」
顔をあげて、一瞬声が止まる。
「……友達に、なってくれますか……?」
今まで友達なんていなかった俺は、わかちあえる者がいない孤独を知りすぎていた。
誰もいない淋しい教室で、このままずっとひとりぼっちなんだって思ったら、なんて悲しい人生になるんだろうって将来を悲観していた。
でも、今は二人の存在が短い間でも大きくなっていて、もう孤独には耐えられない。
「……なにそれ」
震えた声のハヤミさん。
次の瞬間、
「当たり前でしょっ!バカぁッッ!!」
思いきり耳元で怒鳴られて、キーンと耳鳴りがした。
「避けられてたこっちの気持ち考えたことある!?辛かったんだから!!」
怒っているのに泣きそうだ。
それに申し訳なく思ってくる。
「ハヤミさん……あ、あの……ごめ」
「でもね!」
ぎゅっと抱きしめる力が込められる。
「それでもあたしはユラと一緒にいたい!何が何でも一緒にいたいんだよっ!」
「ハヤミさん……」
「ユラ」
一歩後ろにいた殿下が、少しだけ距離を詰める。
そして、俺の肩に軽く手を置いた。
「オレも同じだ」
小さく、息を吐く。
「お前がどう思ってようが、離れるつもりはない」
少しだけ目を細める。
「殿下……」
「大人しく、この面倒な人間二人に付き合うこった。一生、な」
「え、ええ……」
一生って重くないっすか?マジ逃げられないじゃん。
そう言ったら、平民如きが口答えするなとか二人にエラソーに言われてしまった。
今それ言う事ですか。このワガママ王侯貴族共めが。
そう茶化せるほど、いつの間にか距離が縮まっていた事に気付いて、心の中はほわほわしていた。
少し離れた場所で、サクラコが静かにその光景を見ていた。
「……よかった」
ほっと息を吐く。
「心からの仲間ができたみたいで」
その視線は優しい。
一方で、ゲンジローは腕を組んだまま微笑む。
「いい顔してやがる」
夜風が、やわらかく吹き抜ける。
さっきまでの戦いが、嘘みたいで穏やかだ。
でも、何かは確実に変わっている。
「お腹すいたから、何か食べよう」
「さんせーい!チーズ牛丼超特盛温玉付きで!ついでに10人前」
「オレは酒でいい」
「ええっ、殿下。未成年ですよね……?」
「王族は嗜みで飲まされる時がある。てことでウイスキーを出せ」
「シャレオツですね、殿下」




