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食堂店員兼勇者  作者: 平民
一章 勇者誕生

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15/65

15.世界が待ち望んだ者

 *


 光が、静かに収まっていく。

 耳鳴りのような残響だけが、まだ空気に残っている。


「っ……」


 ヤマトがうっすらと目を開ける。

 あんな大怪我を負ったのに、どんどん体が軽くなっていく感覚に違和感を覚える。

 回復している?回復のエネルギーを感じる。

 一体なぜ……と、視線をあげた。


「ユラ……?」


 そこに立っていたのは、知っているはずの姿。

 でも、まるで別人だった。


 黒髪が風に揺れている。

 黒い瞳だったものが黄金に変化し、細められている。

 背筋も伸びていて、無駄のない立ち姿。

 そして、神々しいほど美しく見えた。


「……ユラ、なの……?」


 ハヤミも壁にもたれたまま、目を見開いていた。

 回復のおかげで動けるようになっていく。

 あの変化した姿から目を逸らせない。


 その時、ユラがゆっくりと振り返る。

 その美しい黄金が二人を捉える。


「……下がってろ」


 低い声だった。短く、それだけ。

 そっけないように思えて優しい響きだった。

 今まで女性だった声が男性のように低く、ハヤミの心臓がどきんと大きく跳ねた。


「ユラ、なんだね……なんか、神々しい」


 ヤマトも目を細める。

 もしかして、あれが――――。


 ユラはゆっくりと歩き出す。足取りは静かで、女を睨みながら進む。

 途中、壁に飾られていた剣に目を付け、手を伸ばした。どこにでも売られている安物の剣で、鞘からすっと抜いた。金属音が夜に響いて軽く舞のように振る。まるで歴戦の剣士のような手慣れた剣さばき。安物だがこれで十分だと判断した。


 向こうで魔物が唸る。

 こちらを敵として認識した次の瞬間――――消えた。


 いや、動きが見えなかった。

 ただ、煌めく一閃だけが見えた気がした。


 風が遅れて鳴る。

 いきなり魔物が唐突に崩れ落ち、断面が遅れて現れた。


 もう一体。さらに一体。すべてが一瞬で、目に見えないスピードで蹴散らされていく。

 そして、呆気にとられたような静寂が広がる。

 そこに残ったのは女だけになった。


「……は?」


 間の抜けた声が漏れる。

 どういう事だ。醜いデブだったあいつがなぜどうして、とでも言いたげな顔。


「なんなの、あんた」


 女は一歩後ずさった。


「いきなりすっげぇイケメンになって、普通とは思えない動きであっさり全部倒して……意味が分からないわよ」


 ハッとして目を細める。


「……まさか、あんた……」


 女は震えた。

 初めて脅威を感じた顔だった。


「やだっ、すごすぎぃ……情緒がやばいぃ」


 ハヤミが小さく呟く。目が完全に輝いている。

 恋する乙女のように、頬は果実のように染まっている。


「超カッコいいんだけどぉ。きゃぁあ♡」


 色めき立つハヤミの近くで、ヤマトは静かに息を吐いた。


「……やっぱりな」


 少しだけ口元が緩む。見立ては間違ってなかった。

 彼こそが、世界が待ち望んでいた者だった。


「……ふふ」


 女の唇が、ゆっくりと吊り上がる。

 武者震いか恐怖かわからない。やっと探していた存在に目がくらむ。


「面白いじゃない。あんたが本当に()()なら」


 指をくるりと回す。


「じゃあ、これはどうかしら」


 空間が裂ける。先ほどとは比べ物にならない圧だった。

 ずるりと巨大な影が這い出てくる。

 そいつが地面に降り立った瞬間、


 ドォォオン。


 大地が沈む音が響き渡る。局地的な揺れを感じるほどの重量級の大きな影。

 現れたのは、異様に肥大化した巨体で、魔界にしか生息しないとされるオークキングだった。

 筋肉が膨れ上がり、皮膚は岩のように硬質。手には常識外れの大きさの棍棒が携えられ、山のような身長。

 普通の人間では絶対に手に負えない存在だった。


「うわあああ!!」

「ひいい!巨大な魔物だぁあ!」

「なんて大きさだ!」


 いきなりの巨大な魔物に、悲鳴が夜の王都中に響き渡る。


「あんな山みたいにでかいの、城の兵隊が束になっても勝てねえよ!」

「とにかく逃げるんだぁ!」

「死にたくないよおおお!!」


 店の中や路地にいた人々が、一斉に王都の外へ逃げ出す。

 皿の割れる音、椅子が倒れる音、周囲の混乱、子どもが激しく泣き叫んでいる。


「お父さんこわいよぉ!」

「こっちだ!走れ!」

「もう王都は終わりだぁあ!」


 大人たちも余裕がない。ただ我先にと必死で逃げるしかない。

 だが、逃げない者も一部いた。ユラの父のゲンジローだった。

 腕を組み、じっと戦場を見据えている。


「……ほう」


 低く呟く。その視線の先にはユラ。我が子だ。

 さっきまでとは別人のような姿に釘付けになっていた。


 揺れる黒髪と纏う神々しい雰囲気と、そして黄金の瞳。

 見惚れるほどの凛々しい姿に、ゲンジローの目が細くなる。


「ゲンジローさん」

「サクラコさん、あんたは逃げないのか。吹き飛ばされるぞ」

「皆さんここにいらっしゃるのに、私だけ逃げるわけにはいきません。それにユラさんがいらっしゃいますから」


 サクラコの視線はユラをじっと捉えている。


「やはり、あの方は只者じゃないと思っていましたわ。本当は、とても頼もしい方」


 その瞳は未知なる期待に輝き、頬は赤く染まっていた。


 

「うそでしょぉ!?」


 ハヤミが蒼褪めて息を呑む。


「あんな山みたいな魔物反則でしょうが!」


 いくらユラでも……と、心配を隠せない。


「さあ……それはどうかな」


 ヤマトの目が細まり、ユラを見守る。

 その力の可能性を信じていた。



「グォオオオオ!」


 オークキングは低く唸る。

 ユラは動かない。動揺もせずに、ただ立っている。


 オークキングが棍棒を振り上げる。 

 振り下ろされた瞬間、風圧がごおっと唸る。地面も亀裂が走り、大きく裂けた。

 だが、ユラはそれでも微動だにせず、髪や服が風で揺れている。


 それを見たオークキングが咆哮をする。

 ナメられたと明確な怒りで、敵意をにじませて絶叫する。

 そして、再び振り上げる。今度は一直線にユラに向けて、渾身の力が振り下ろされた。


 ドォオン。


 ぶつかる音がして止まる。

 片手。それだけで棍棒を受け止めていた。


「は……?」


 女の唖然とした声が漏れる。完全に予想外といった顔だ。


「……この程度か」


 ユラは静かに呟く。

 そのまま棍棒に力を入れると、


 ミシミシ。


 どんどんひびが入っていく。さらに力を入れ続けると、


 バキン。


 あっけなく棍棒を粉砕した。オークキングが驚いたように一瞬怯む。

 表情からして動揺しているのがわかる。


「……なによ、それ」


 女の笑みが引きつった。


「そんなの、目覚めたばかりとは思えないじゃないっ!」


 明らかに規格外だと反応が物語っている。


「……俺の大事な人に手を出すな……」


 次の瞬間、ユラが消えた。刹那――――煌めく一閃。

 遅れてオークキングの脚が切断された。巨体が傾ぐ。


「グォォォォォ!!」


 オークキングが、あらゆる感情を綯い交ぜにした絶叫を上げる。

 怒りか、恐怖か、それとも本能的な危機感か、判別できない叫びだった。だが、それも長くは続かない。

 ユラは、ゆっくりと右手を上げる。空を指すように。


 空が変わる。雲が集まり、渦を巻く。

 黒い雷雲が一瞬で集まり、大気そのものが唸りを上げる。

 空気が震え、肌に刺さるような圧が場を満たした。


 誰も動けない。何が始まるのかもわからない。

 ただ、その中心に立つユラだけが静かだった。


「……終わりだ」


 低く、確定した声。その手が、振り下ろされる。


 ズドォオオオン。


 白雷が、天を裂いた。

 一直線に逃げ場なく、オークキングの巨体を貫き、呑み込む。光は暴れ、膨れ、収縮し、次の瞬間には何も残っていなかった。

 焦げた匂いすら残さず、ただそこに存在していたはずの何かが消えているだけだった。


面白いと思いましたら、ブクマや評価などしていただけると嬉しいです。



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