15.世界が待ち望んだ者
*
光が、静かに収まっていく。
耳鳴りのような残響だけが、まだ空気に残っている。
「っ……」
ヤマトがうっすらと目を開ける。
あんな大怪我を負ったのに、どんどん体が軽くなっていく感覚に違和感を覚える。
回復している?回復のエネルギーを感じる。
一体なぜ……と、視線をあげた。
「ユラ……?」
そこに立っていたのは、知っているはずの姿。
でも、まるで別人だった。
黒髪が風に揺れている。
黒い瞳だったものが黄金に変化し、細められている。
背筋も伸びていて、無駄のない立ち姿。
そして、神々しいほど美しく見えた。
「……ユラ、なの……?」
ハヤミも壁にもたれたまま、目を見開いていた。
回復のおかげで動けるようになっていく。
あの変化した姿から目を逸らせない。
その時、ユラがゆっくりと振り返る。
その美しい黄金が二人を捉える。
「……下がってろ」
低い声だった。短く、それだけ。
そっけないように思えて優しい響きだった。
今まで女性だった声が男性のように低く、ハヤミの心臓がどきんと大きく跳ねた。
「ユラ、なんだね……なんか、神々しい」
ヤマトも目を細める。
もしかして、あれが――――。
ユラはゆっくりと歩き出す。足取りは静かで、女を睨みながら進む。
途中、壁に飾られていた剣に目を付け、手を伸ばした。どこにでも売られている安物の剣で、鞘からすっと抜いた。金属音が夜に響いて軽く舞のように振る。まるで歴戦の剣士のような手慣れた剣さばき。安物だがこれで十分だと判断した。
向こうで魔物が唸る。
こちらを敵として認識した次の瞬間――――消えた。
いや、動きが見えなかった。
ただ、煌めく一閃だけが見えた気がした。
風が遅れて鳴る。
いきなり魔物が唐突に崩れ落ち、断面が遅れて現れた。
もう一体。さらに一体。すべてが一瞬で、目に見えないスピードで蹴散らされていく。
そして、呆気にとられたような静寂が広がる。
そこに残ったのは女だけになった。
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
どういう事だ。醜いデブだったあいつがなぜどうして、とでも言いたげな顔。
「なんなの、あんた」
女は一歩後ずさった。
「いきなりすっげぇイケメンになって、普通とは思えない動きであっさり全部倒して……意味が分からないわよ」
ハッとして目を細める。
「……まさか、あんた……」
女は震えた。
初めて脅威を感じた顔だった。
「やだっ、すごすぎぃ……情緒がやばいぃ」
ハヤミが小さく呟く。目が完全に輝いている。
恋する乙女のように、頬は果実のように染まっている。
「超カッコいいんだけどぉ。きゃぁあ♡」
色めき立つハヤミの近くで、ヤマトは静かに息を吐いた。
「……やっぱりな」
少しだけ口元が緩む。見立ては間違ってなかった。
彼こそが、世界が待ち望んでいた者だった。
「……ふふ」
女の唇が、ゆっくりと吊り上がる。
武者震いか恐怖かわからない。やっと探していた存在に目がくらむ。
「面白いじゃない。あんたが本当にあれなら」
指をくるりと回す。
「じゃあ、これはどうかしら」
空間が裂ける。先ほどとは比べ物にならない圧だった。
ずるりと巨大な影が這い出てくる。
そいつが地面に降り立った瞬間、
ドォォオン。
大地が沈む音が響き渡る。局地的な揺れを感じるほどの重量級の大きな影。
現れたのは、異様に肥大化した巨体で、魔界にしか生息しないとされるオークキングだった。
筋肉が膨れ上がり、皮膚は岩のように硬質。手には常識外れの大きさの棍棒が携えられ、山のような身長。
普通の人間では絶対に手に負えない存在だった。
「うわあああ!!」
「ひいい!巨大な魔物だぁあ!」
「なんて大きさだ!」
いきなりの巨大な魔物に、悲鳴が夜の王都中に響き渡る。
「あんな山みたいにでかいの、城の兵隊が束になっても勝てねえよ!」
「とにかく逃げるんだぁ!」
「死にたくないよおおお!!」
店の中や路地にいた人々が、一斉に王都の外へ逃げ出す。
皿の割れる音、椅子が倒れる音、周囲の混乱、子どもが激しく泣き叫んでいる。
「お父さんこわいよぉ!」
「こっちだ!走れ!」
「もう王都は終わりだぁあ!」
大人たちも余裕がない。ただ我先にと必死で逃げるしかない。
だが、逃げない者も一部いた。ユラの父のゲンジローだった。
腕を組み、じっと戦場を見据えている。
「……ほう」
低く呟く。その視線の先にはユラ。我が子だ。
さっきまでとは別人のような姿に釘付けになっていた。
揺れる黒髪と纏う神々しい雰囲気と、そして黄金の瞳。
見惚れるほどの凛々しい姿に、ゲンジローの目が細くなる。
「ゲンジローさん」
「サクラコさん、あんたは逃げないのか。吹き飛ばされるぞ」
「皆さんここにいらっしゃるのに、私だけ逃げるわけにはいきません。それにユラさんがいらっしゃいますから」
サクラコの視線はユラをじっと捉えている。
「やはり、あの方は只者じゃないと思っていましたわ。本当は、とても頼もしい方」
その瞳は未知なる期待に輝き、頬は赤く染まっていた。
「うそでしょぉ!?」
ハヤミが蒼褪めて息を呑む。
「あんな山みたいな魔物反則でしょうが!」
いくらユラでも……と、心配を隠せない。
「さあ……それはどうかな」
ヤマトの目が細まり、ユラを見守る。
その力の可能性を信じていた。
「グォオオオオ!」
オークキングは低く唸る。
ユラは動かない。動揺もせずに、ただ立っている。
オークキングが棍棒を振り上げる。
振り下ろされた瞬間、風圧がごおっと唸る。地面も亀裂が走り、大きく裂けた。
だが、ユラはそれでも微動だにせず、髪や服が風で揺れている。
それを見たオークキングが咆哮をする。
ナメられたと明確な怒りで、敵意をにじませて絶叫する。
そして、再び振り上げる。今度は一直線にユラに向けて、渾身の力が振り下ろされた。
ドォオン。
ぶつかる音がして止まる。
片手。それだけで棍棒を受け止めていた。
「は……?」
女の唖然とした声が漏れる。完全に予想外といった顔だ。
「……この程度か」
ユラは静かに呟く。
そのまま棍棒に力を入れると、
ミシミシ。
どんどんひびが入っていく。さらに力を入れ続けると、
バキン。
あっけなく棍棒を粉砕した。オークキングが驚いたように一瞬怯む。
表情からして動揺しているのがわかる。
「……なによ、それ」
女の笑みが引きつった。
「そんなの、目覚めたばかりとは思えないじゃないっ!」
明らかに規格外だと反応が物語っている。
「……俺の大事な人に手を出すな……」
次の瞬間、ユラが消えた。刹那――――煌めく一閃。
遅れてオークキングの脚が切断された。巨体が傾ぐ。
「グォォォォォ!!」
オークキングが、あらゆる感情を綯い交ぜにした絶叫を上げる。
怒りか、恐怖か、それとも本能的な危機感か、判別できない叫びだった。だが、それも長くは続かない。
ユラは、ゆっくりと右手を上げる。空を指すように。
空が変わる。雲が集まり、渦を巻く。
黒い雷雲が一瞬で集まり、大気そのものが唸りを上げる。
空気が震え、肌に刺さるような圧が場を満たした。
誰も動けない。何が始まるのかもわからない。
ただ、その中心に立つユラだけが静かだった。
「……終わりだ」
低く、確定した声。その手が、振り下ろされる。
ズドォオオオン。
白雷が、天を裂いた。
一直線に逃げ場なく、オークキングの巨体を貫き、呑み込む。光は暴れ、膨れ、収縮し、次の瞬間には何も残っていなかった。
焦げた匂いすら残さず、ただそこに存在していたはずの何かが消えているだけだった。
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