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食堂店員兼勇者  作者: 平民
一章 勇者誕生

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14/66

14.覚醒

「ユラ……っ」


 声に振り向くと、彼女がハヤミさんがそこに立っていた。

 その姿だけで胸が痛くなる。


「ハヤミ……様」

「様はいらないよ。それより学校の……」


 ハヤミさんが弱々しく躊躇った様子でこちらを見る。

 その目は怒っていなくて、傷ついているだけ。

 責められた方が、どれだけ楽だったか。


「あの発言……」


 声が少し震えている。


「本気なの?」


 俺は言葉を詰まらせる。

 違う、と言えばいいだけなのに、それだけなのに声が出ない。


「ねえ……なんで、あんなこと言うの。私……」


 唇を噛みしめる。

 いつもの勢いはどこにもない。


「仲良くなりたかったのに」


 こんな俺と、仲良くなんてできるのだろうか。


「ただの遊びじゃなくて、ちゃんと……ちゃんとユラと仲良くしたかった」


 夜風がさあっと吹く。俺はすぐには言葉を返せない。

 ただ、こんな俺でもいいのかなって疑問だけが言いそうになった。


「こんなあたしじゃ……だめかな」


 笑おうとしてうまくいかない。


「うるさいし、しつこいし、距離近いし」


 自分で言って、自分で少しだけ傷ついている様子の彼女は、けな気で可愛らしく見える。


「やっぱ、いやかな」


 胸がぎゅっと締め付けられる。


「ちが……」


 その時、空気が一転した。

 背筋に冷たいものが這い上がる。まるで何かに見られているような、そんな感覚だった。

 息が詰まり、頭痛すらしてくる重苦しい雰囲気で、さっきまでの感情が一瞬で塗り潰される。


「あーあ」


 頭上から女の声がした。


「この辺に勇者の気配がするって聞いたんだけどさぁ」


 ゆっくりと影が落ちる。

 月明かりを遮るように、俺たちは上を見上げる。

 そこにいたのは、黒いドレスと黒い気配を纏った赤い髪の女だった。

 すごい美人だけど、性格がきつそうだなって印象。木の上から薄気味悪く笑ってこちらを見下ろしていた。


「もしかして……」


 じっとこちらを見てきた。値踏みするみたいに。


「……そのデブなわけ?」


 一瞬の沈黙が流れる。


「うっわ、まじありえな~い!うそでしょぉ~!」


 心底嫌そうに顔を歪める。


「どう見ても勇者って顔やスタイルに見えないじゃない。醜い熊か相撲取りにしか見えないわ」


 女は指をさして嘲笑う。

 あまりに言葉が容赦なくてグッサリ刺さった。でもその通りなので何も言えない。俺だってあり得ないと思っているので、相撲取りでも熊でもなんでも好きに呼んでくれと言いたい。


「……あん?」


 ハヤミさんが聞き捨てならないと、女を鋭く睨みつける。殿下もすっと前に出る。

 でも、女は余裕にくすくすと笑い続ける。


「まあいいわ。本物かどうかは試してみればわかるし」


 女は指を軽く振ると空間が歪む。次元の裂け目のようなものが現れ、そこから邪悪な瘴気を漂わせた魔物が数匹飛び降りてきた。地面に着地した瞬間、低く唸り声を上げる。


 やばい。こっちに来ると悟る。

 黒い影が一斉にこちらへ飛びかかってきた。


「……ひっ」


 体が、動かない。

 さっきまでの会話も、痛みも、血の気が引いて全部吹き飛ぶ。

 ただ、死の気配だけが目の前に迫る。


「ユラ!!」


 叫びと同時に体を引かれて、抱きかかえられる。

 そのまま逞しい胸に挟まれて視界がぐるぐるまわった。

 思ったより衝撃が軽かったのは、庇われたからだった。

 

「っ……!」


 衝撃が収まった先には、脇腹の血が見えた。


「殿下!!」

「……大丈夫だ」


 低く吐き捨てるように言う。


「こんなもの……かすり、傷……」


 そのまま殿下は崩れ落ちた。

 地面にはおびただしい鮮血が広がっていく。それなりな出血量で蒼褪めた。

 このままじゃ……と、切羽詰まる暇もなく再び魔物が唸って、間髪入れず二撃目がくる。


「くっ……!」


 ハヤミさんが近くの棒を掴んで二撃目を受け流す。


「ふざけんなぁっ!!」


 そのまま振り抜いた。が、


 ガキン。


 逆に硬い皮膚に弾かれた。

 そのまま突進した魔物に、ハヤミさんの体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「が……っ!」


 ずる、と崩れ落ちて気を失ってしまう。

 その様子をサキは笑っていた。


「普通の人間が勝てるわけないじゃない。それなりに結構な強さの魔物よ?無謀な人間ね」


 その女の髪がゆらりと動く。

 次の瞬間、恐ろしい長さに一気に伸びた。赤い髪が蛇のようにうねりながら俺に絡みつく。


「ッ……なにこれっ、あ!」


 シュルシュルと全身に巻きつき、そのまま締め上げられる。


「うぐ……っ、く……!」


 呼吸ができない。

 締め付けがどんどん強くなる。


「うご、け……な……!」


 女がゆっくりと冷たく見下ろす。


「勇者だなんてやっぱり嘘くさい」


 冷たい声が響く。


「デブなうえにノロマで、他人の助けを借りてる」


 女はさらに嘲笑う。


「ダッサ。そんなんでよく生きてられるわね。あたしだったら死にたくなるわ」


 胸がぐさりと抉られる。


「まあ、所詮気配だけかもしれないし、デブじゃなくてそっちの顔のいい王子様が勇者かもね」


 ちらっと殿下を見る。どう見ても瀕死状態な彼を。


「こんな顔のいい男を殺すのは勿体ないけど、勇者と疑わしき者は殺せと命じられてるの。だからどっちでもいいわ」


 女は再び指を軽く振る。


「全部殺せば手っ取り早い」


 魔物が、再び突進しようと狙いを定める。

 狙いは気を失っている殿下とハヤミさん。

 死にかけの二人に、無情にもとどめを刺そうとする。


 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。


 声が出ない。体も動かない。何もできない。

 なんて情けないんだ、俺は。

 悔しくて涙すら出てくる。

 こんなデブで、愚図で、無能で、ブサイクの俺は……本当に無能中の無能で……助けられるばっかり。

 まだ、ちゃんと謝ってないのに……。


「いや、だ……でん、か……はや、み、さん……っ」


 魔物がとどめを刺そうと襲い掛かる。腕の鉤爪が迫る。


 やめろ。やめてくれ。殺さないで。

 二人を俺から奪わないで。

 やめて。やめて。やめて。


 魔物の腕が振り下ろされる。


「やめろおおおおおおおおッ!!」


 魂の叫びが、空気を裂いた。

 わずか一瞬の刹那、殿下の懐のネックレスが光の速さで消えた。

 一瞬で自分の胸元にそれはあって、光が迸る。


 ズドオオオン。


 落ちた光の雷は、一直線に魔物を貫いた。

 二人を襲おうとした一体が、跡形もなく消え去った。


 *


「なっ……!?」


 女が目を見開いた。

 ネックレスの光がさらに強まり、拘束していた髪がじりじりと熱で焼ける。


「熱っ!なによこれ」


 悪意が解けたように、次々にほどけて髪は崩れていく。

 光がさらに溢れる。自らの体を中心に、柱のように天へ伸びる。

 あまりに眩しすぎて目を開けられない。

 

 この瞬間は、遠く城の上でも、街の中でも、この国のほとんどがそれを見上げていた。


 そして、光が収まる。

 そこにいたのは、もうさっきまでの自分じゃなかった。


 黒髪が風に揺れる。黄金色の瞳が静かに光る。

 均整の取れた引き締まった体と、凛とした立ち姿。


「……なにそれ……。さっきまで、ただのゴミだったくせに」


 女が驚きながら呟く。


「守る……」


 静かに呟いた。


「殿下も……ハヤミさんも……」


 迷いが吹っ切れる。


「俺が……守ってみせる……!」


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