12.排除
翌日の朝、かばんを置いて用を済ませて戻ってくる。
教室のざわめきも、どこか弛緩したまま。
そんな中、わかっていたようでそうなってほしくなかった現実を知らしめてくれた。
「……あ」
自分の席に戻って足が止まった。
机の上にあったはずのかばんが開けられている。しかも中に入っていた弁当箱がない。ふと、視線を落とす。
床。弁当の空箱が、無造作に転がっていた。
蓋は外れ、中身はぐちゃぐちゃに散らばっている。
白いご飯に土が混じっている。煮物は踏まれて形もない。
「……」
教室の空気が不自然に静かで、いつもと違っていた。
たしかに平民のデブスと見下されてはいたが、さすがにここまでされた事はなかった。
見て見ぬふりの沈黙。誰も何も言わない。
でも、全員がまるでこの状況を知っている空気だった。
とりあえず拾おうとしゃがむ。
指先でご飯を集める。まだ少し温かい。さっきまで普通だったのに。
これ、朝サクラコさんが用意してくれたやつだったのに。こうなってしまって申し訳なくて苦しくなった。
後ろで、くすくすと笑う声がした。
「かわいそー」
「そんな平民の飯なんて落とさなくても食えたものじゃない」
「残飯みたい」
「デブスなのに食う量だけは一人前」
笑い声は小さいのによく耳に届いた。
「……」
何も言わない。ただ、拾う。無念無想で。じゃないと余計に惨めに思えてしょうがないからだ。
だけど、手が少しだけ震えていた。
二時間目の授業は属性魔法の授業だった。
いろんな魔法の実験を行うもので、魔法好きな生徒が騒がしく騒いでいる。
「ではペアを組め」
教師の残酷な指示に一斉に動く生徒達。
椅子が引かれる音と名前を呼び合う声。
でもこちらの周りだけ、当然のように誰も来ない。誰も気にしない。
視線だけが冷たく向けられて哀れだった。
「……」
立ったまま数秒というのに、居た堪れなくて辛い。
いつもの事だったのに、なんだか今日はとても胸が痛かった。
俺って、ここで何してるんだっけ。
「先生、一人余ってま~す」
誰かがわざとらしく言う。
「ユラ・ハナゾノか。では後ろで見学していろ」
教師はまるでよくある事のように淡々と流した。
「……はい」
静かに下がる。黒板の前で組むペアは楽しそうだ。
名前を呼び合って笑って、それが当たり前みたいに仲がいい。
自分にはない……いや、これからも存在しない世界の雰囲気だった。
授業を受けなくて楽だと思える反面、孤独の寂しさや蔑ろにされる辛さが身に染みた。
三時間目は授業の移動だった。
音楽室での授業だ。教科書をもって移動中の廊下で、
「……っ」
肩がぶつかった。そこまで痛くはない。
だけど、わざとらしく突撃して来たかのような強さだった。
「前見て歩けよ、デブ」
「きめーんだよ」
「……すみません」
知らない生徒が舌打ちをして悪態をつきながら去って行く。
そして、すぐ小さな笑いが聞こえる。
謝った瞬間、自分でもなんで謝ってるんだろうと自嘲のような笑いがこみあげてきた。
四時間目の休み時間、ロッカーを開けた。
ガタン。ばさばさ。
中身が全部雪崩のように落ちてきた。
教科書もノートもペンケースも全て無造作に床に散らばる。
ノートの筆跡が、やけに他人事みたいに見えた。
「……」
周りを見る。誰もがわざとらしく見ていないふりをしている。
すぐ横を誰かが通り、わざと肩をかすめたり、ノートを踏みつけていく。
そして、何も言わずに去っていく。してやったという顔で笑いながら。
あれ、俺……何してるんだっけ。
現実逃避をしたいのに、心がどんどんすり減っていく。
鼻の奥がツンと痛んだが我慢した。
「おい」
背後から令息らしき声に呼ばれた。振り向くと、数人の令息達が立っている。派手めな貴族令嬢もいる。
「裏庭来い」
俺は何も言わずに強引に連れ出された。
「来たわね、デブス」
裏庭には高位貴族達を中心とした生徒達が集まっていた。
どれもが王太子の側近の生徒だったり、公爵令嬢のご友人だったりと有名な顔ぶれだった。
「……何の用ですか」
「ヤマト王太子殿下とハヤミ様の事よ」
ああ、やっぱり昨日の事が引き金だろう。呼び出されるなと思っていた。
それがまさか、陰湿ないじめまでプラスされるなんて思わなかったが。
「平民のデブスが高貴な王族に近づいて身の程知らずとは思いませんの?」
「ヤマト様は誰にでも平等でお優しいから、あなたみたいな下賤なデブでも慈悲を与えてくださるの」
「ハヤミ様はお前には勿体ない器の大きい令嬢。お前如きゴミが近づいたら穢れるんだよ」
「二人はお優しいから仕方なく話しかけてやっている。そんな事もわからないのか下賤のデブスが」
一斉に貴族達から罵詈雑言をぶつけられる。やっぱりそんな理由だった。
「……違います」
弱々しく否定した。
「自分だって……」
声が震える。
「なんであの二人が仲良くしてくれるのか……わからないんです」
本当だ。どうして彼らはこんな自分に近づいてくるのか。それどころか密着だってしてくる。
ハヤミさんは白馬の王子様だなんて言って慕ってくれている。殿下は俺なんかにも優しい誠実な人。
なのに、自分はそんな慕われるような人間じゃない。
「なら離れなさいよ」
「王太子様に近づかないで」
「目障りなんだよ」
四方八方から、一気に文句を言われる。何を言われているのか全部わからないけれど、自分に対しての不満や悪口なのはわかる。
脳裏に弁当、視線、笑い声、それらがぐるぐる流れて動悸が苦しい。
もう限界だった。
なんで俺がこんな目にあわなきゃならないんだ。
「……こっちだって」
自然と口が動く。
「……迷惑しているんですよ」
ぐっと拳を握る。
「勝手に近寄ってきて……勝手に優しくして……俺はそんなの、慣れてない……」
脳裏に、遠い昔の自分の映像が流れる。
「白馬の王子様とか……意味わかんねぇし……期待させるなよ……!」
元の世界でも同じような事があって、裏切られて、
「どうせ………最後にはいなくなるくせに……!!」
母親に捨てられた時のトラウマがよみがえる。
「もう俺に近づいてくるなッ!心底ウンザリなんだよッ!!」
気が付いたら、心にもない事を叫ぶように言い放っていた。
「……ユラ……」
背後から呼ぶ声がした。
まさかの気配に、ぞくりとした。
振り向くと、二人がいる。いつからそこにいたんだろう。
ハヤミさんの目が揺れていた。
「……今の……本音?」
彼女の声が震えている。明確に傷ついている顔だった。
言葉が出てこない。何を返せばいいのかも。
「っ……」
気が付いたら、逃げるように駆けていた。
もう二人に合わせる顔がない。二度と一緒になんていられない。
*
「けっ、下賎の平民が。これであのデブスも懲りるだろ」
「あいつとは距離を取らせますので、殿下は気にしないでください」
「ヤマト様ぁ、あんなデブスの事など気にしないで私達とぉ~」
ユラが去った途端、邪魔はいなくなったと媚びる令息と令嬢達。
醜くて反吐が出る思いだとヤマトは見ていた。
「……黙れ」
低く唸ると、空気が一瞬で凍った。
誰もが今のは、王太子殿下の怒りだと理解して蒼褪める。
そばでハヤミは泣きそうな顔でいつまでも唇を噛んでいた。




