05. お茶会
そのお茶会は、正式な会合というほど堅苦しいものではなかった。
王都北区、貴族街の一角にある、いつもは使われていない屋敷。
政務局関係者と、その家族、親しい貴族を招いた「顔合わせ」に使われる集まりだ。だが、そうした場こそ、最も情報が行き交う。
アリスは淡い色のドレスに身を包み、庭園に設えられたテーブルへ向かっていた。政務局では実務服が当たり前だが、こういう場では立場に応じた装いが求められる。
「やっぱり、こういう格好は慣れないなぁ……」
そう呟きつつも、表情は明るい。
お茶会は嫌いではない。仕事とは違う形で人と話せるし、何より、相手の本音が零れやすい。
すでに数人の令嬢と貴公子が集まり、軽い談笑が始まっていた。
「アリスさん、お久しぶりです」
「まあ、今日はお仕事関係ですか?」
「そうね。半分は息抜き、半分はお付き合いって所です」
庭園の奥、少し人だかりができている一角に、見覚えのある背中があった。
兄のジールだ。
その向かいに立っているのは、外交派閥の頂点――クライゼン家当主、フォルート・クライゼン。
穏やかな笑みを浮かべながら、グラスを手に談笑している。
(……やっぱり、あそこにいる)
ジールは懐に入るのが、驚くほど上手かった。
フォルートは気難しいことで知られているが、ジールは上手に立ち回れているようだ。
ふと、ジールがこちらに気づいた。
一瞬だけ視線が合い、軽くアイコンタクトを取ってきた。後で来い、という合図だった。
アリスはグラスを受け取り、周囲の談笑に軽く相槌を打ちながら、兄と当主の会話が一段落するのを待った。
ほどなくして、背後から足音が近づいた。
「遅れてすみません。少し、挨拶を回っていて」
振り返ると、アレクが立っていた。
整えられた礼装に、柔らかな微笑。場に溶け込む距離感を心得た立ち居振る舞いで、周囲に不必要な注目を集めない。
「アレク。来てたんだ」
「ええ。こういう場は、顔を出しておかないと」
軽く肩をすくめる仕草が、いかにも彼らしい。
アレクは周囲を一瞥し、すぐにジールのいる一角へ視線を向けた。
「……流石ですね」
「でしょ? あそこにいると、安心するくらい」
アリスがそう言うと、アレスは小さく笑った。
フォルートの表情が柔らいだままであることから、会話が順調に進んでいるのは明らかだ。
「今日は、課の方も多いですね」
「うん。顔合わせって名目だけど、実際は様子見よ」
庭園に流れる空気は穏やかだが、その内側には張り詰めたような緊張が走っていた。
誰が誰と話しているか。それだけで、温度感が分かるものだ。
外務寄りの家系からは、クライゼン派の中堅貴族たち。若手の外交官に、その家族。表向きは和やかに談笑しているが、誰もが派閥の主の動向を意識しているのが分かる。
一方、防衛省寄りでは、ヘルツベルグ家に連なる貴族たちが固まっていた。声は低く、会話の輪も小さい。
財務省関係者は、ローエングリン家に連なる者たちだ。派閥としての立場は明確だが、その振る舞いは露骨ではない。彼らは特定の輪に長く留まらず、外務派、防衛派のどちらにも顔を出す。資金と流通を握る立場として、無理に敵を増やす必要はないからだ。
一方で、この場に王家の姿はなかった。
国王も、王妃も――そして王太子も。
誰一人として、この庭園には足を運ばせていない。
近年は公式の場に姿を見せる機会も減り、政務の多くは側近を通して処理されている。今日の不在も、その延長線上にあるらしい。
問題は――王太子だ。
エドワードは、即位してから一度も、こうした社交や政治の場に姿を見せていなかった。
それは最近ではない。王太子となってから、かなりの時間が経っている。
国王の体調悪化に伴い、正式に王太子の座に就いた直後から、彼は表舞台から姿を消した。
顔を出さない最低限の公式行事を除き、夜会やお茶会、派閥の集まりに顔を出したことは一度もない。
理由は公表されていない。
病弱なのでは、という噂もあったが、側近がそれを否定しているらしい。
無関心なのか。慎重なのか。それとも、何か別の意図があるのか。それは誰にも分からない。
(……やっぱり、気を使うなぁ)
グラスを空にしながら、アリスは小さく息を吐いた。
やはり、こういうのは神経もすり減る。
こうしたお茶会は、終わる頃には決まって疲労だけが残る。
それでも、アリスの口元に、自然と小さな笑みが浮かんだ。
(この後が、本番だもの)
堅苦しい顔合わせが終われば、気心の知れた者だけが集まる二次会が待っている。
仕事の話をするにしても、今度はもっと率直に。あるいは、何も考えずに笑うだけでもいい。
そして何より、アリスは、これから始まる二次会を、密かに楽しみにしていた。




