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「それ、恋じゃない?」と親友に言われてから、彼の何気ない優しさに振り回されています  作者: 入多麗夜
1章

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04. 新しい新人

 その日の朝、中央調整課はいつもより少しざわついていた。


 原因は単純だ。新人が配属されるらしい、という噂が回っていたからである。


 中央調整課は、人の出入りが多い部署ではない。厄介な案件が集まり、求められる水準も高い。そのため新人はまず来ないし、仮に来たとしても長くは続かないことが多かった。

 

 「珍しいですね、ここに新人なんて」

 「しかも、この時期に?」


 そんな小声が、書類のやり取りの合間に聞こえてくる。


 アリスは机に向かいながら、その話を耳の端で拾っていた。

 新人配属の話自体は、昨夜の時点で把握している。総務省経由で回ってきた簡単な通知が、それだった。


 ――中央調整課に、新任職員一名。


 名前以外の詳細は、ほとんど書かれていなかった。


(……随分と情報が少ないわね)


 そこまで考えたところで、課長が姿を現した。


 短い朝会のあと、アリスの上司であるオーラス課長は一拍置いてから言った。


 入ってきたのは、一人の青年だった。


 年の頃は二十歳前後。アリスより何歳か年上だ。背筋がすっと伸び、立ち姿に無駄がない。


 室内の空気が、わずかに揺れる。


 青年は一礼し、落ち着いた声で名乗った。


「本日付で中央調整課に配属となりました。アレク・サントロリアです。よろしくお願いいたします」


 挨拶は簡潔だった。その様子に、数人が思わず視線を交わすのが分かった。


 そう、彼は美青年だった。政務局にはそれなりに容姿の良い人間もいるが、ここまで話題になりそうな顔は珍しい。

 話し方から容姿までうっかりと恋に落ちてしまう人が続出しそうである。

 

「席は空いているところを使ってもらう。業務の説明は後ほど行うが、まずは雰囲気に慣れてくれればいい」

 

 それだけ言うと、課長はいつものように書類へ視線を戻した。


 青年は再度一礼し、指示された机へと向かう。

 その背中を、何人かが無意識に目で追っているのが、アリスにも分かった。


 配属された席は、アリスの隣だった。

 

 ひとしきり準備を終えると、彼は静かに着席し、配布された資料に目を通し始めた。


「……ねえ、あの人、どこから来たんだろう」

「知らない。でも、ただの新人じゃなさそうよね」

 

 隣の席で、同僚の二人がひそひそと話している。

 アリスは視線を戻し、自分の仕事へと意識を集中させた。

 

 それから数時間、課内は通常業務に戻った。

 青年は特に目立った行動を取るわけでもなく、資料を読み続けていた。時折メモを取り、ときどき周囲の様子を確認する程度だ。


 昼休みが近づいた頃、課長が再び声をかけた。


「午後から、業務の引き継ぎを始める。担当は――」

 

 オーラス課長の視線が、アリスへと向けられた。


「君に任せる」

「はい。了解しました!」

 

 アリスは元気よく返事をした。

 

 予想していなかったわけではない。中央調整課で最も経験が浅いのはアリス自身だが、それでも何年かはここにいる。新人の指導を任されるのは、ある意味自然な流れだった。


「よろしくお願いします、アリスさん」

 

 名前を呼ばれて、アリスは少しだけ驚いた。

 朝の挨拶では全員の名前が出たわけではない。おそらく事前に調べてきたか、さりげなく周囲の会話から拾ったのだろう。

 

「よろしくね。午後からちゃんと説明するから、安心して」


 アリスは明るく笑って答えた。

 

 新人教育を任されたのは初めてだが、それはそれで楽しみだ。どんな人なのか、どれくらいやる気があるのか――そういうのを見るのは、意外と面白い。

 

 周囲がざわついているのは気づいているが、アリス自身はあまり気にしていない。


 確かに整った顔立ちだとは思うけれど、それよりも「どんな仕事ぶりなのか」の方がずっと興味深かった。

 昼休みが終わり、アリスは勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、行きましょう。別室で説明するね。」

 

 そう言ってアリスは案内すると、彼は後に続いた。

 別室に入ると、アリスは資料をばさっと広げた。

 

「はい、これが中央調整課の業務概要。まずはここから」


 アリスは椅子に座ると、身を乗り出すようにして説明を始めた。

 

「中央調整課はね、各省庁間の案件調整とか、特殊な事案への対処を担当してる部署なの。普通の部署じゃ処理しきれない厄介な案件が回ってくることが多いんだよね」


 アレクは頷き、メモを取っている。

 

「具体的にはね、複数省庁にまたがる予算調整とか、緊急性の高い政策立案のサポートとか、それから……」

 

 アリスは少しだけ声のトーンを落とした。

 

「――表に出せない案件の処理、かな」

 

 その言葉に、アレクの手が止まった。彼は顔を上げ、アリスを見る。

 

「表に出せない、というのは?」

「文字通りの意味よ」


 アリスはあっけらかんと続けた。

 

「政治的に微妙な案件とか、公にできない調整とか、あるいは……そもそも記録に残せないような仕事とかね。まあ、そういうのも含めて全部やるのがここの仕事よ」


 アレクはしばらく黙っていた。アリスは満足そうに頷く。

 

「そういえばアレクって前にどこかで働いてたの?」

「いえ、これが初めての配属です」


 その後も説明は続いた。アリスは身振り手振りを交えながら、時には冗談を挟みつつ、課の業務について丁寧に説明していく。

 

「で、これが去年のリストなんだけど――あ、ちょっと待って、どこいったかな」


 資料をばさばさとめくりながら、アリスは目当てのページを探す。

 

「あった!これこれ。この案件なんて本当に大変でさ――」

 

 雑談を時折挟んだりと、説明が一段落したところで、アリスは伸びをした。


「とりあえず基本的なところはこんな感じかな。質問ある?」

「今のところは大丈夫です。丁寧に教えていただいて、ありがとうございます」

「いえいえ!分からないことがあったら、いつでも聞いてね」

 

 アリスはにっこりと笑った。

 その笑顔に、アレクは少しだけ表情を和らげた。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 二人は元の席へと戻った。

 アリスは自分の仕事に戻りながらも、時折アレクの様子を横目で確認していた。


(……なんか、思ったより普通の人かも)

 

 そんなことを思いながら、アリスは書類に目を通し始めた。

 夕方になると、オーラス課長が再びアリスを呼んだ。


「どうだった?」

「はい。すごく真面目で、理解も早くていい新人だと思います」

「そうか。引き続きよろしく頼む」

 

 課長が去っていくと、アリスは再び自分の席へ戻った。


 隣ではアレクが、相変わらず資料を読んでいる。

 

「ねえ、アレク」

 

 声をかけると、彼は顔を上げた。

 

「初日の感想はどう?」

「……想像していたより、温かい職場だと思いました」

「温かい、か。まあ、確かにみんな良い人よね」


 アリスは笑った。

 

「これから大変なこともあると思うけど、一緒に頑張ろうね」

「はい。これからお世話になります」


 そう言って二人は各々の仕事に戻った。

 

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