03. 政務局の一日
政務局の職員食堂は便利だが、あまり美味しいとは言えない。忙しい日はそれで十分だが、今日は少しだけ余裕があった。
王都の街は、すでに昼の活気に満ちている。
市場へ向かう人々、荷を運ぶ商人、行き交う馬車。昨日と変わらない風景が、そこにあった。
変わったのは、自分の立場だけだろう。
そう思っても、足取りが重くなることはなかった。
今日も、政務局では多くの仕事が待っている。
アリスは人の流れに身を委ねながら、政務局の方角へと歩き出した。
◇
アリスが勤めているアルディナ王国の政務局は、六つの省によって構成されていた。
外務省。
他国との外交交渉、条約締結、使節の応対を担う省であり、政務局の中でも最も花形とされる部署だ。王や貴族の前に立つ機会が多く、成果がそのまま功績として評価される。
そして何より、外交を司るクライゼン家の影響力が最も強く及ぶ場所でもある。重要な交渉や方針決定の裏には、必ずといっていいほどクライゼン家の意向が存在していた。
防衛省。
軍部との連携、国境警備、非常時の動員計画を扱う省だ。実権はヘルツベルグ家が強く握っており、力と即断を重んじる空気が支配している。政務局内でも発言力は強く、他省との衝突が起きやすい部署でもあった。
財務省。
国家予算、税制、通貨政策を司る省であり、ローエングリン家の影響下にある。表に出ることは少ないが、数字一つで政策の方向性を左右できるため、実質的な支配力は非常に高い。
内務省。
都市行政、治安維持、戸籍管理、地方領主との調整など、国内統治の実務全般を担う省だ。地味だが国民生活に直結するため、問題が起きれば真っ先に矢面に立たされる。
法務省。
法案の起草、法解釈の統一、司法制度の管理を行う。派閥色を表に出すことは少なく、中立性が強く求められる分、省内の緊張感は常に高い。
そして最後に、総務省。
各省庁の運営管理、人事、情報集約を担う省であり、表立った権限は少ないが、どの省も総務省を通さずには動けない。その総務省の中に置かれているのが、中央調整課だった。
そして、各公家は、立場を示さない総務省や、法務省、内務省を取り込もうと躍起になっていた。
外務・防衛・財務といった、主要な省だけを押さえていても、国全体を動かすには限界がある。最終的に思い通りにするには。中立を装うこれらの省の協力が不可欠だった。
だからこそ、政務局内部では常に暗黙の序列がある。どの省に属しているか、そしてどの部署に身を置いているか。
同じ政務局であっても、立つ場所によって見える景色は大きく異なる。
前に出て名を知られる部署もあれば、裏方業務をし、成果を形として残しにくい部署もある。
評価されやすいのは、派閥の力がそのまま反映される場所だ。
そうした基準の中で、自然と「花形」と呼ばれる部署と、「地味」と評される部署が生まれていった。
今、最も注目を集めるのは、外務省の対外折衝局――いわゆる外交の花形部署だ。
各国の使節と直接交渉し、条約や協定をまとめる部署であり、成果がそのまま「功績」として見える。王や三大公家を含めた有力貴族の前に立つ機会も多く、若くして配属されれば、将来を約束されたも同然とされていた。
アリスの兄、ジール・ウェールズが所属しているのも、そこだった。
クラウゼン派の中核を成す人材が集められており、派閥内での発言力も強く、次代を担う人物の名が自然と浮上する場所でもある。
一方で、総務省の中央調整課――アリスの所属部署は、いわば裏方だった。
各省庁から上がってくる案件を精査し、法案や通達の整合性を取り、衝突しそうなものを事前に精査する。表に出ることはほとんどなく、誰が何をしたかなんてものは、外からは分からない。
だが、この部署が滞れば、国は動かない。
外交も、防衛も、経済も、最終的にはこの部署を通って形になる。
にもかかわらず、この部署は「地味」と評されがちだった。
さらに言えば、女性が配属されやすいのも、この調整課だった。
それでも、彼女はこの部署を軽んじてはいなかった。誰かが前に立つためには、必ず裏で支える人間が必要だからだ。
その働きぶりは、数字としてもはっきり表れていた。
アリスは政務局に入ってから、わずか数年で昇進している。
中央調整課において、この速度は異例だった。
派閥的事情もあるのかもしれないが、多くの官僚が同じ位置に五年、十年と留まる中での抜擢であり、周囲の注目を集めないはずがない。
調整課に持ち込まれる案件は、往々にして面倒なものばかりだ。
しかし、その積み重ねが評価され、昇進は自然な流れだ。無論、快く思わない者もいるだろう。
早すぎる昇進は、期待と警戒の両方を集める。
それを理解した上で、彼女は今日も中央調整課の机に向かっていた。




