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「それ、恋じゃない?」と親友に言われてから、彼の何気ない優しさに振り回されています  作者: 入多麗夜
1章

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02. クライゼン家の跡継ぎ問題

 アリスはアルディナという王国の中の政務局で勤めていた。


 未だ、男尊女卑が激しい世界の中で、男が主戦場になるであろう政治の舞台を女性という不利な立場にあるのにも関わらず、才能と努力で切り抜けてきた数少ない一人であった。


 それは、クライゼン家の後押しのお陰というのも少なからずあった。

 アリスの実家であるウェールズ家は派閥の中でも比較的上位に位置しており、隣国の交渉大使を務める程、信頼をされていた。


 しかし、三大公家の争いが激化する中、一番の問題はクライゼン家の当主であるフォルート・クライゼンには子どもがいない事だった。


 子どもがいないという事は派閥の後継選びや、特に王太子の婚約者レース等で不利になりかねない。


 現在、王太子であるエドワード・ロイドは、婚約選びの待った中である。幾ら、王家の立場が弱まったとはいえ、その頂点に仮ながらも立つ者としての責務があった。


 しかし、王家も何の訳があってか、王太子を公に顔を出すことは一度も無かった。


 婚約者候補は三大公家、エリザベート・ヘルツベルグ。そして、同じく三大公家のイサベル・ローエングリンが筆頭として推挙されていた。彼女達も実質、お見合いをしていない状況だ。


 それは、未だ、候補として輩出をしていないクライゼン家に対する配慮なのかはわからない。




 ◇




 アリスはひとり、王都であるカラエの南区にある大市場へと向かっていた。


 王都は、中央の大路を基軸に 中央・北・東・西・南の五区に大きく分かれている。

 

 ウェールズ家は北区の中央寄りに屋敷を構えており、日用品や食材を扱う大市場のある南区までは歩けば小一時間ほどかかる。


 普段なら馬車を使うところだが、今日は、なぜかその気になれなかった。


(婚約破棄された翌日に、徒歩で散歩気分って……我ながらどうなのよ)


 そう思いつつも、足取りは軽かった。

 胸の内に、昨日からずっと続いている“妙な浮遊感”があったからだ。


 婚約が無くなった事への喪失感がまったく無いわけではない。


 まるで胸の奥にぽっかり穴が開いたのに、そこへ外の空気がすうっと流れ込んできて、心がふっと軽くなるような、不思議な感覚。


 アリスは肩をすくめながら、南部へ続く大通りを歩いた。


 街角の新聞スタンドの前を通ると、販売員が声を上げている。


「号外!ついに公国と協定締結!」


 アリスは足を止め、一部の新聞を手に取った。

 昨日は婚約破棄の余韻で周囲がよく見えていなかったが、今日は自然と目が文章を追ってしまう。


『文化振興・学術交流の分野で、フリューザ公国との協定が成立──』


 アルディナは、他国と比べて国力は数十年は遅れているものの、文化的な国である。

 なので、国としての生存戦略は、なるべく多くの国と協力関係を結び、敵を回さないことである。フリューザ公国は軍事的に突出しているわけではないが、港湾都市をいくつも抱え、学術の評価も高い。交易と文化の双方を武器に、着実に立場を築いてきた国だ。アルディナにとっては、敵に回す理由がなく、かつ関係を深める価値がある。

 

 この外交には彼女の兄であるジール・ウェールズも参加していた。ジールは秀才であるアリスとは違い、正真正銘の天才であり、同じ政務局の中でも若手ながら一目置かれる存在だった。


 ジールは、ウェールズ家の“正統な後継”と目されている。

 そうして、クラウゼン家に連なる外交の血筋を、最も分かりやすく体現している人物でもあった。


 後継ぎのいないフォルート・クライゼンのもとで、派閥が次を見据えるなら、ジールの存在は極めて都合がいい。

 能力も実績もあり、何より“男”である。男尊女卑が根強く残るこの国において、それは無視できない強みだった。

 

 妬みはなかった。分かっていた。


 そう割り切れるのも、兄妹としての信頼があるからだ。


 ジールは、アリスの働きを軽んじるような人間ではない。むしろ、彼女の判断を頼りにしてくることも多い。それに、婚約破棄された後に、ジールは両親以上に相手に対して、大激怒をしていた。


 それは珍しいことだった。

 

 兄は感情を表に出すタイプではない。だからこそ、その怒りはよほどだったのだろうと、アリスには分かった。


 派閥の都合や政治判断という名目で、妹が切り捨てられたこと。

 しかも、本人の非ではないと分かりきっている理由で、一方的に関係を断たれたこと。

 それを「仕方がない」で済ませられるほど、ジールは割り切れなかったのだ。


 アリス自身は、そこまで怒ってはいなかったものの、兄が怒ってくれたという事実は、胸の奥に残っていた。

 

 守られたいわけではない。

 誰かに代わりに戦ってほしいとも思っていない。


 それでも、自分が軽んじられたときに、それを理不尽だと断じてくれる存在がいるということは、思っていた以上に大きかった。

 

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