表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「それ、恋じゃない?」と親友に言われてから、彼の何気ない優しさに振り回されています  作者: 入多麗夜
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/21

01. 政治的な理由

甘々な話にしていきたいと思っています。

式典の始まるほんの数十分前だった。

 大広間へ続く回廊の途中、アリスは侯爵家嫡男アルノーに静かに呼び止められた。


「……アリス。少し話がある」


 いつもより声が硬い。

 その瞬間、胸の奥のどこかがわずかに冷たくなるのを、アリス自身も感じていた。


 嫌な予感は、ずっと前からあったのだ。


 アルノーは普段、丁寧で落ち着いた青年だった。

 だがここ数ヶ月、彼はどこか落ち着かず、会えば焦りを隠しているような感じがあった。その理由を、アリスは尋ねずにいた。尋ねてもきっと、彼には言えないのだと分かっていたから。


「……婚約を、解消したい」


 アリスはまばたきを一度だけした。驚きよりも、納得が先に来た。

 あぁ、やっぱり。そこまで来たのか、と。


「理由は……?」


 尋ねたつもりだったが、思った以上に声がかすれていた。


 アルノーは苦しげに眉根を寄せ、決定的な言葉は避ける。


「君のせいじゃない。……本当に。ただ、僕の家のせいなんだ……それで……ごめん」


 彼は何かを言おうとして、結局、何も言えないまま口を閉ざした。


 アリスはそれをよく知っていた。

 “言えない理由がある” と。

 そしてそれは、二人ではどうにもならない類のものだった。


「……分かりました」


 静かに答えると、アルノーの肩がわずかに震えた。

 彼の瞳の奥には、迷いと後悔が滲んでいる。それでも彼は、こちらを見ることさえつらそうに目を逸らし、足早に回廊の奥へと消えていった。


 去りゆく背中が見えなくなったとき、アリスは胸の中心に小さく痛みが生まれるのを感じた。


 ――三大公家の確執は、ここまで強くなってしまったのね。


 彼女はゆっくりと息を吐いた。

 



 ◇


 


 三大公家。この国の均衡を保つ柱であり、同時に、王家をも超える権威を手にした家系。


 外交を司るクライゼン家。

 防衛を掌握するヘルツベルグ家。

 経済を握るローエングリン家。

 

 表向きは互いに牽制し合っている。その歪な構造は、貴族同士の婚姻にまで及んでいた。


 婚約は、橋であり、鎖でもある。

 誰と誰が結び、誰が切られるか。


 それは一個人の感情ではなく、派閥で決まる。


 アリスは、アルノーのことを詳しく知っていたわけではなかった。幼い頃からの情誼があるわけでも、胸の内を打ち明け合ったことがあるわけでもない。ただ、礼を欠かさず、相手の立場を慮ろうとする人だということは、幾度かの会話と態度から分かっていた。


 良い人だ――そう思っていた。


 アリスは元より元気な性格をしていたが、それは感情に振り回されるという意味ではなかった。


 落ち込むよりも、まず前を向く。失ったものを数えるより、次に何ができるかを考える。そういう種類の元気さだ。


 アルノーとなら、その性格を隠す必要がないと思っていた。

 無理に飾らず、過度に気を遣わず、並んで立つことができる――そんな関係が築ける相手だと感じていたからだ。


 だから、婚約の解消は痛みこそあれど、アリスの足を止めるものではなかった。


 ――縁が切れたなら、切れたなりに進めばいい。


 そう考えられるのも、彼女の気質だ。

 悲しみを否定するわけではないが、そこに留まるつもりもない。


 勢力図がそう決めたのなら、それを理解した上で、自分の立ち位置を考え直すだけだ。感情を引きずって立ち止まるより、状況を受け止め、次の一手を探すほうが、よほど彼女らしい。


 アリスは小さく息を吸い、口元をわずかに引き締めた。

 元気な性格は、こういうときにこそ役に立つ。


 前を向く力、切り替える力、そして、まだ何も終わっていないと信じる力。

 

 アリスは前を向いて歩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ