17. アイソレイド金庫
翌日、アリス達四人は、王都の北寄りへと向かっていた。
目的地は、財務省の地下ではない。
王都の外縁に近い区画にそびえ立つ、巨大な建造物アイソレイド金庫だ。
高く積み上げられた黒色の石壁は、要塞というよりも一つの都市施設のようで、正面には巨大な門が口を開けている。装飾は最低限だが、威圧感を隠す気もない。
誰の金であれ、誰の権威であれ――ここでは等しく「預かり物」に落とされる。そう言わんばかりの佇まいだった。
財務省の管轄ではある。だが実際の運用は完全に独立しており、三大公家の干渉も、派閥政治の介入も、原則として遮断されている。
アリスは馬車を降り、自然とその建物を見上げていた。
政務局に勤めていても、ここに足を踏み入れる機会はほとんどない。
金庫そのものは周知の存在だが、内部がどうなっているのかを知る者は少ない。
どの階層に、どれほどの区画があり、何がどのように保管されているのか。
それらは職務上の必要が生じた者にのみ、開示される。その徹底した秘匿性こそが、この金庫を特別な存在にしていた。
結果として、このアイソレイドは世界で最も安全な金庫として知られるようになった。
門の前に立つと、その大きさが改めて実感として迫ってくる。
最初に口を開いたのは、アレクだった。
「……何度来ても壮麗ですね。アイソレイド」
その言い方に、アリスは思わず振り返った。
「あれ? 来たことあるの?」
問いかけると、アレクは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を門から外した。
その言い方に、アリスは思わず振り返った。
「あれ?来たことあるの?」
問いかけると、アレクは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を門から外した。
「ええ。以前、別件の立ち会いで……ほんの一度だけですが」
どこか歯切れの悪い答えだった。
「ふーん」
アリスは深くは追及せず、門へと視線を戻す。
アイソレイドは一般市民にも開かれてはいる。少額の貴重品や書類を預けるための区画も、表向きには用意されていた。だが実態として、この金庫は貴族向けの施設という側面が強い。
理由は単純だった。開錠と立ち会いにかかる手数料が、一般市民の感覚からすれば相場の二倍近くに設定されているのだ。
アリスは小さく息を整え、門の方へ一歩踏み出す。
「じゃ、行きましょ。私、ここは詳しいから任せて頂戴!」
◇
門をくぐると、外の空気が嘘のように遠のいた。
石張りの通路は広く、天井も高いが、声は不思議と反響しない。人の気配はあるのに、雑音がほとんどないのは、この場所が「そういうふうに作られている」からなのだろう。
アリスが一歩前に出る。
「アリス・ウェールズです。私名義の金庫に、昨日搬入された金の引き出しを。立ち会い付きでお願いします」
受付の職員は頷き、手元の記録に視線を落とした。紙を繰る音が一度、二度。
「確認しました。では、本人確認を行います。鍵の提示をお願いします」
「はいはい」
アリスは慣れた様子で胸元に手を伸ばした。
服の上からでも分かるほど、そこには細い鎖がかかっている。指先で引き寄せ、首から外すと、小さな鍵が掌に収まった。
飾り気のない、実用一点張りの鍵だった。
「これね」
カウンターの上に置くと、金属が軽く鳴る。
「いつも落とさないように、首にぶら下げてるの。うっかり失くしたら、面倒じゃ済まないから」
受付は鍵を手に取り、刻印と形状を確認する。
「確かに、お預かりします」
鍵は小さなトレイに乗せられ、奥の係へと回されていく。
「確認が取れ次第、立ち会い担当が案内します。少々お待ちください」
「ええ」
アリスは軽く頷き、三人に視線を向けた。
セシルが周囲を一度見回し、肩の力を抜くように息を吐いた。
「……見た目に反して、意外と普通なのね。ここ」
その言葉に、アリスは小さく笑った。
「そうそう。割と手順は普通の所と変わらないかな。違いがあるとしたら――それこそ安全性くらい」
「普通、って言っても世界で一番安全な金庫ですからね」
アレクのその一言に、セシルが小さく肩をすくめた。
「確かに。“普通”の基準がもうおかしいわね」
ある意味、国庫の金保有量とこのアイソレイド金庫の二つがアルディナ王国を反映させてると言っても変わりはなかった。
「それより、皆、道具は持ってきたかしら?」
アリスの問いかけに、三人はそれぞれ頷いた。
ローズは帳簿と一緒に、革製の小袋を抱えている。中には重量確認用の分銅と、刻印を拡大するための簡易ルーペが収められていた。
アレクは無言で上着の内側に手を入れ、細い金属製の棒を指で示す。表面を軽く叩き、反響音を確かめるためのものだ。
最後にセシルが、少しだけ躊躇いがちに懐から道具を取り出した。
短く、ずっしりとした金属製の打診棒だった。先端は丸く、衝撃が一点に集中しない作りになっている。
「……ええ。一応。兼用ではあるけど叩くというより、当てて音を見る用よ」
アリスはそれを一目見て、納得したように頷いた。
「それで十分よ。本物であれば割れないし、仮に壊れても弁償するから安心して」
「安い奴だからいいわよ、それくらい。今度、パブで一杯付き合ってくれたら十分」
やがて、担当の者が姿を現す
やがて、制服姿の職員が姿を現し、四人の前で立ち止まる。
「お待たせしました。本日、立ち会いを担当いたします」
名乗りと同時に、丁寧な一礼。
「昨日搬入された金の出庫および確認作業ですね。立ち会いは私が責任を持って行います。どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「では、参りましょう」
立ち会い担当のその一言で、四人は無言のまま歩き出す。
重たい扉の向こう、さらに奥へ。
確認すべきものは、ただ一つ――金が、本当に金かどうかだった。




