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「それ、恋じゃない?」と親友に言われてから、彼の何気ない優しさに振り回されています  作者: 入多麗夜
1章

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16. 金銀倉庫の中へ

 四人は管理官の案内で、金の保管区画へと足を踏み入れた。


 倉庫の中央には通路がまっすぐ伸び、その両側に金の保管棚が整然と並んでいた。


 アリスは通路を進みながら、棚一つ一つを目で追った。


 金は金だった。

 刻印も重量表示も記録通りで、封印も破られていない。


 床にも、運搬に使われた痕跡や、箱を引きずった形跡は見当たらない。


 ローズが帳簿と照合しながら、配置と数量が記録通りであることを確認する。セシルも棚の表面に付いた埃の状態や劣化具合を慎重に見て回ったが、不自然な点は見当たらなかった。アレクも倉庫全体を見渡し、空間の隅々まで視線を走らせる。


「やっぱり見た目じゃ分からないね。どうするアリス?」


 アリスはしばらく答えず、通路の中央で立ち止まったまま、倉庫全体を見渡していた。


「うーん、やっぱり今日中には無理そうね」


 とは言っても次を逃せば申請が面倒くさくなるだけだ。せっかく、この区画への立ち入り許可を通してくれたセシルやローズの労力を、無駄にするわけにもいかない。


 今日ここまで来て、何も掴まずに引き返すのは、さすがに惜しかった。


 アリスは一歩踏み出し、金の棚の前で立ち止まった。


 ――金は、金だ。


 アリスは短く息を吐き、振り返る。


「……ねえ。ひとつ、試してみたいことがある」


 ローズとセシルが顔を上げ、アレクがわずかに姿勢を正す。


「私、今ここで金を買うわ」


 その瞬間、三人とも、ほとんど同時に固まった。


 セシルは口を半開きにし、ローズは帳簿を抱えたまま瞬きを忘れ、アレクは思わず一歩だけ前に出てしまっている。


 誰の顔にも、「はぁ?」とはっきり同じ文字が浮かんでいた。


 それも無理はなかった。

 調査の最中、しかも国家の金保管庫の真ん中で、いきなり「金を買う」と言い出す人間など、普通いない。


 だがアリスは、その視線をまったく気にした様子もなく、肩をすくめた。


「あら? 貴族が現地で金を買うなんて、一昔前までは普通にやってたものよ。それに、ほら」


 そう言って、懐から一枚の書類を取り出す。取引用の契約書だった。


「ちゃんと契約書もあるし」


 セシルは額に手を当て、深く息を吐いた。


「……アリス。その金って、どこから出す気なの?」


 アリスは一瞬も迷わず答える。


「家のお金だけど?」


 そして、間を置かず、軽く笑う。


「大丈夫大丈夫。必要ならすぐ売却するから。ほら、金って流動資産だし」


 セシルはしばらく無言でアリスを見つめていたが、次の瞬間、頭を抱えた。


「普通、そういうのは“やむを得ない最終手段”でやるものなのよ。なんでそんな、買い物行くみたいなテンションなの」


 アリスは少しだけ首を傾げる。


「だって、他に方法がないもの」


「あるでしょ!? もっとこう、帳簿を精査するとか、報告書を突き合わせるとか……!」


 流石に、あの沈着冷静なアレクも、少しはドン引きしているようだった。


 ローズも、帳簿を抱えたまま小さく視線を泳がせていた。


「……あの、アリスさん。手続きとしては可能ですが……本当に、今ここでやるんですか?」


 アリスの言うことは、決して突飛な思いつきではなかった。


 この国では、国家が管理する金であっても、一定の条件を満たせば、貴族や商会が直接取引を行うことが認められている。とくに財務省の管理下にある金は、国家予算の調整や通貨価値の安定のため、意図的に市場へ流されることも珍しくなく、現地での即時売買は制度上、合法の範囲に含まれていた。

 実際、記録上も過去には同様の取引例が残されており、必要な書類と支払い能力さえ示せば、保管庫から金を移動させることは可能だった。


 そして何より、帳簿上の数字と実物の乖離が問題になっている以上、「実際に金を動かしたときに何が起こるか」を確認することは、調査として極めて有効な手段でもある。


 人為的な操作があるなら、どこの時点で必ず何らかの不整合が露出する。

 それは犯人の特定に直結しなくとも、原因解明の確かな証拠になるはずだった。


 アリスはそう結論づけると、すっと背筋を伸ばし、管理官の方へ向き直った。


「――っていう訳で、お願いします!」


 あまりにあっさりと言われて、管理官は一瞬、言葉を失った。

 表情は困惑と職務意識の間で揺れ、視線が一度、セシルとローズの方へ流れる。


「は、はぁ……少々お待ち下さい。今、確認しますので」


 そう言って管理官は倉庫の外へと小走りで向かった。


 残された四人の間に、微妙な沈黙が落ちる。


 セシルが腕を組んだまま、アリスを見た。


「で、アリス。その金、買ってどうするつもりよ」


 アリスは迷いなく答える。


「一旦、私名義の金庫に直接預けさせてもらうわ。その後、改めて立ち会いの元で引き出すつもり」


 セシルの眉がぴくりと動いた。


「……わざわざ二度手間じゃない」

「ええ。でも、その“二度”が必要なの」


 アリスは金の棚を一瞥した。


「出庫と再搬入、その両方の記録を残す。その過程で、もし帳簿と現物のどこかに食い違いが出たら、搬出入がアウト。そうじゃなかったら、金そのものがダメって訳よ」


 その理屈を咀嚼したローズが、はっとしたように顔を上げる。


「……なるほど!だから、直接金庫に預けるんですね!私たちが触ってしまったら、その時点で“犯人候補”になりかねませんから!」


 アリスは小さく頷く。


「そう。だから、誰かに触らせた方が安心なのよ」


 そして、視線をセシルに向けて、ウィンクもする。


「もちろん、引き出しもね」


 セシルは額に手を当て、深くため息をついた。


「……ほんと、発想が常人じゃないのよ、あなた」


 だが、その声音には、もはや呆れよりも納得感が勝っていた。

 

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