6-4.治癒の魔法
前回あらすじ:タビさんにとって、人前で踊るのは死ぬほど恥ずかしい事なのです(死なないけど)
「俺に毒を作れと言うのか」
ピノに、"くすり"作りを勧められた、シガさんがテーブルを叩く。
「そうでは、ありません。
草植物には、体によい成分が含まれています。
それを取りだし、適当な量を使えば、人々にはよい影響が得られます」
「錬金術というのは、鉱物から必要な鉱物を取り出したり、陶器用の釉薬を合成するのが仕事だ。
人が口にする物を作ったりはしない。
例外が隠れて作る毒だ、そんなものに手を出したくはない」
「もし、人を眠らせる"くすり"があるとしましょう。
大量に飲めば飲んだ人は、二度と目を覚まさなくなる毒です。
ですが、苦しくて眠れない人に少しの量を与え、眠ってもらえれば、休んでもらう事ができます。
"くすり”とはそうしたものです」
「お前の言い分は判るが、良からぬ使い方をする奴は多い。
そんな技術は使うべきではない」
「料理で肉を切るナイフは、人を傷つける事もできます。
ですが、料理用のナイフを使わない選択は誰もしていない」
ピノの長い説得が続く。
「親方、俺はピノさんに手を貸してみたい。
ヨガさん達を信じたい。
もし騙されていたとしても、俺の責任です。
俺に見せてくれた、奇跡は本物だったのだから」
と言い出した人がいた。
ピノがシガさんに"くすり"の話を出来るようになったのは、当面の食料の心配が無くなったからだ。
タビさんが舞ったあの場所では、ばらまいた種が一晩で実になった。
「これで、土の力が無くなってしまった。
当分休ませねば、この土地は畑として使えぬ」
だそうだが、得られた食料は、街に住む人には十分すぎた。
誰もが奇跡を目の当たりにしたのだ。
「そうです親方。
ピノさん達は、今まで何1つ嘘は言っていない。
全部ありえない事なのに」
「枯川に流れを戻す、海に続く森を消し去る。
そしてあの一晩で、飯の心配をしなくて良くなった。
全部が、人が起こせるものじゃない。
神様がやっと俺達の存在に気づいて、ヨガさん達をよこしたんじゃないかと噂になってます」
出会う人ほとんどが、俺達に膝を付き、拝むようになってしまった。
これは本当にやめてほしい。
「そんな人達が俺達を騙しますか。
そもそも、俺達を騙してどうなるんです。
俺達は何も持ってませんよ」
「妻との約束だ。
毒には二度と手を出さないとな」
「親方、そんな」
「俺もピノさんを信じないわけじゃない。
だが、俺は二度と毒には、手を出さない、これは譲れない。
だがお前らが、ピノさんに"くすり"を教えてもらうのは反対しない、自由にしな」
「何が有ったんです。
もしよろしければ教えていただけませんか」
おい、ピノ。
人に踏み込み過ぎだ、相変わらず微妙な人との距離が判ってないな。
長い沈黙、タビさんは語る気はない。
椅子に深く座っている。
「お気づきでしょうが、俺達は元は鉱山で雇われていた錬金術師です。
シガさんが親方で、鉱石から有効な鉱物を取り出すのを、仕事にしていました」
1人が語り始めた。
「ある日、鉱山奥で崩落の事故があり、運悪くシガさんの奥さんミケルさんが巻き込まれた。
ミケルさんは助け出されたが、鉱山の汚れた水に浸かったため、黒硬肌病になってしまったんです。
肌が黒く硬くなってしまう病気で、そのままなら半年で死んでしまう」
「十国にいた神官にも見てもらったが、駄目だった。
治せる病気じゃないそうだ。
親方は、色々な方法を探し、ついに鉱山の記録の中に"水溶"という毒で治った記録を見つけ試した。
結果は最悪で、良くなるどころかミケルさんは増々容態が悪くなった。
この国に、奇跡を求めて来たんですが、着いた途端に亡くなってしまったんです。
半年にはまだ時間が有ったのに、毒が駄目だった」
「妻は『私の自慢の錬金術師』と俺の頬をなでていった。
その時に誓った、俺は人に誇れる錬金術師になろうとな。
だから、毒には手を出さない」
彼が、ここに残ったのも、自分の正義のためか。
「俺達は、元々鉱山奴隷だったり、街でうろつく親の無いガキだった。
そのままなら野たれ死ぬのを、親方が拾ってくれた。
親方には恩義がある、親方のしたい事が、俺達のしたい事であり、望まない事はしたくありません」
「"水溶"というのはどのようなものだったのです。
助かったという記録は有ったのですよね」
「迷信をかき集めたものだ」
シガさんが、ヨボヨボの羊皮紙をだした。
捨てずに持っていた事が、彼の後悔の深さを示しているな。
紙を受けとり、目を通すと、
「間違えてはいませんね」
「何だと!」
シガさんがテーブルを越えて、ピノの前まで躍り出た。
「間違えていなかっただと。
ミケルは半年も持たずに、死んだのだぞ。
こいつのせいで死ぬのが早まったんだ」
「落ち着いて下さい」
シガさんの弟子が2人かかりで、彼を椅子に座らせた。
水も用意され、飲ませる事ができた。
「済まなかった。
教えてくれ」
シガさんの興奮は覚めていない。
「私は黒硬肌病は見たことが有りませんが、状況と症状から、鉱山にある有害物質が体に入ったための病でしょう。
有効な手段は、その有害な物を早く体の外に出す事。
この"水溶"は、体の新陳代謝を早め、体の中の物を外に排出を促す効果があります」
「じゃなぜ、ミケルは死んだ」
「この方法が、"水溶"と言われているように、彼女は大量に水を排出したのではないでしょうか?
患者が溶け出したと思われるほど」
「...そうだが」
「"水溶"の効果です。
だから、排出される以上の水を飲む必要がある」
「何だと。
ミケルは恥ずかしいと逆に...」
「必要だったのです。
それと栄養のある物も。
口にしたものも、すぐに体外に出てしまいます。
体力を保つためには、いつも以上の滋養を取る必要がありました。
後は保温でしょうか。
十分な栄養が取れないのです。
自分の体温を保つために力を使わなくてもするよう、体は温めてたほうが良かったと思います」
「そうすれば、ミケルは助かったのか」
「わかりません。
ただ、可能性は上がったかと」
「そんな事は、どこにも書いていない!」
シガさんは叫んだ。
「だからこそ、正しい知識を記録し、広める必要があるのです。
私は皆さんに教える技術を、この場に留めるつもりはありません、広く知ってもらいたいと考えています。
黒硬肌病、病気に名前があるという事は、他にも苦しんでいる人がいるのでしょう。
その人達に、正しい"水溶"の方法が伝われば、悲しむ人は少なくなります」
・
・
・
錬金術師達の視線は、シガさんに集まった。
「お前じゃ駄目だ。
誰もピノなんて名前を知らない。
俺は、他国から指名される程度には、名が知られている。
悪いが俺の名前で公表させてもらう。
デタラメだったら俺の名は地に落ちる、そんときゃあの世で妻に詫びる。
正しいもので有れば、名声が俺の物になってしまうが、ピノさんあんたは気にしないだろう」
「ミケルさんに自慢出来ますね」
ピノは、名誉なんかに興味がない。
逆に目立たなくなれて、良かったと思っているだろう。
ーーーーー
"くすり"が使われるようになり、数日で保養所の雰囲気が変わった。
うめき声が少なくなった。
痛みを和らげ、眠れるようにしたおかげで、全員がよくなってきている。
「も少し、口を開けられるか」
ここで、特にがんばっているのは、オードさんだ。
泊まり込んで、出来るだけ多くの人を介護している。
「嬉しいんだよ。
わしには奇跡は起こせん。
そんなわしでも、苦しんでいる人を救う事ができる。
ニセ神官と呼ばれ続けていた、わしがだ」
「何故、治癒が出来んのだ」
タビさんも容赦がないな。
「全く出来んわけではない。
わしにも騎士には、治癒ができるのだが。
そもそも教会騎士団は全員、自分で治癒が行えるのでな、わしには用がない。
騎士以外に治癒が使えるほど、わしには力がない」
オードさんは、青年に"クスリ"を飲ませるのを手伝いならが、タビさんに答えた。
「教会騎士団が戦いの先鋒だから、優先されるのは理解できるが。
教会騎士団しか治癒できないというのはわからないな。
彼らだけが戦っているのか。
防具や武器は誰が作っているのだ、彼らの食事は誰が。
今オードが、"くすり"を飲ませた青年が、教会騎士となり魔王を倒すかもしれん」
オードさんが、タビさんを向いた。
「そもそも、教会は魔王から人の世を守るために存在する。
人々が生活が出来てこそ、魔王に勝った事になるのではないのか。
なぜ騎士達だけを、特別視する」
「その言いようでは、私達でも魔法が使えそうですね」
フェルトさんは、場を和ませるつもりの冗談だったのだろう。
「全員では無いでしょうが、使えると思いますよ」
だから、俺の返答に驚いている。
「そもそも、魔法には3つの種類があります。
1つは、神の力を借りる、神聖魔法。
2つ目は、精霊の力を借りる、精霊魔法。
そして、自らの内側の力を使う、ものです」
この分類は、辺境周辺なら知っていて当たり前のものだ。
「魔法で最もレベルの低い物は生活級と呼ばれています。
その名前が示すように、生活に便利なもの、火を起こしたり水の流れを作ったり出来る程度のものです。
魔境辺境では10人入れは1人は何かしら出来ていました。
離れた帝国でも、数十人いれば1人や2人は使えたと思います」
「神聖国では、精霊魔法は異教徒と言われ、使おうとする者はいません。
そして、自分のマナを使う魔法など、知りませんでした。
冒険者の使う魔法は全て、精霊魔法だと思っておりました」
教会の神官が、治癒が行えない理由が判った。
教義を狭い範囲に閉じ込めている。
そして、他の魔法が正しく伝えられていない。
「ここでは神聖魔法の使い手になるのが多いかもしれませんが。
魔境周辺では、まずは自分のマナを使う魔法を学ぶのが一般的ですね」
他国の神官は治癒が行えるのだ、歪められたのはそれほど昔ではない。
「俺達で言えば、キューさんが神聖魔法を。
リーシェさんが、精霊魔法。
他の4人が、自分のマナを使っての魔法を使えます」
「全員がか」
パーティ全員が、魔法を使えるのは珍しいか。
「それぞれに、出来る事、出来ない事がありますが」
「治癒の魔法も?」
「私以外が行えます」とピノ。
「ヨガ殿も治療を行えるのか」
「行えます。
ただし、俺は使えるマナが少ないので、大した事は出来ませんが」
「マナが多いとは、ケイトさんや、タビさんですな。
お二人が、一番魔法を使えると言うのですか。
そう言えば、治癒も長くしていただいている」
オードさんよく見ている。
「よく勘違いされるところだ、マナが豊富に有れば余裕ができる。
ただしマナの量と、魔法の難度とは別物だ。
パーティの中で、最も複雑な術が行えるのはヨガだ」
ビチュレイリワの助けを借りてだが。
「フェルトさんを、治せるのもヨガだけです」
ピノが言う。
この話になるよう、タビさんが話をそちらに向けていた。
「私は病気ではありません」
「今までの街の状況で、フェルトさんだけは痩せてはおりませんでした。
どうしても太ってしまう、お体なのでは」
俺の言葉に、フェルトさんが固まる。
「私のは病気ではありません。
いままで誰に見ていただいても、悪い所はありませんでした」
「目が悪い、耳が良い、などと同じ、生まれもっての資質です。
どこが悪いと言うわけでは有りません。
が、生きづらかったのでは」
フェルトさんは泣き崩れてしまった。
「私はここにくる前は、自分で動く事も出来ないほど太っておりました。
ここで痩せても、皆さんほどにはならず、影で食料を隠し持っていると噂されておりました」
「今は誰も思っておらん」
泣いているフェルトさんに、治癒の魔法をかけてゆく。
「俺はマナ量が少ないので、1回では無理です。
何日かかかりますので」
街に着いた時、フェルトさんが状況に合っていなかったので、どうしてだろうと思っていた。
ビチュレイリワに聞いてみたら、途端に細胞や遺伝子が、俺らの体の中にあるという事を知った。
そして、小さく無数にある、その"ほつれ"を治す事で、彼女が癒やされる事も。
この治癒は、ビチュレイリワから支援を受けている俺にしか出来ない。
[私達の世界でも、生体の状態で遺伝子を書き換えるなど、奇跡ですよ]
誤字のご指摘ありがとうございます




