閑話 風に
前回あらすじ:ヨガ君やっと覚悟きめました
(今頃になって主題が・・・)
「急いでジェイルズに行きますよ」
商国ジュア・ニフスの商人ヒョコシルは、旅路を急いでいた。
しなければならない事がたくさんあるからだ。
帝都を出るのを、弟夫婦に引き止められたが、気にせず街を出た。
店の中には、弟達のした事を気づいている者もいる、やりにくいのだろう。
自分した事の後始末は自分で行えと、ヒョコシルは思う。
ジュア・ニフスに着いてすぐ、自分の所属するペカジャル商会の当主に、面会を求めた。
帝国で有った事の顛末は、手紙で何が有ったか伝えていたので、糾弾される事は無いだろうと思っていた。
それどころか、逆に当主から謝罪された。
「妹の性格が、そのまま子供に受け継がれてしまっていた。
お前なら、任せられると押し付けたんだが。
まさか、そこまでとは思っていなかった」
押し付けたと、はっきり言った。
「当主、私も悪かったのです。
私では、あれを幸せにはできませんでした。
これで良いのです、この話はこれで終わりにしましょう」
当主はため息を1つつく。
ヒョコシルは知らないが、妹から元に戻せないかと泣きつかれていた。
本当は、泣きついているのは姪だろう、当主も判っている。
姪は、商売の街ジェイルズでの贅沢に慣れていた。
ジェイルズに比べれば、帝都といえど入手でききるものは少なくなる。
我慢を強いられる暮らしに、不満が無いわけがない。
そして、夫婦の仲がもう冷め始めているとさえ噂が届く。
夫、兄という障害が、2人の思いを燃え上がらせていた。
その障害がなくなったとたん、冷静になった。
ヒョコシルの弟には、兄ほどの商才がない。
無能ではないが、帝都で商会の足がかりを作るには、不足している。
今回の帝都出店には、優秀な者が揃えられてた、その中に埋もれ始めている。
姪と帝都進出の話は、頭痛の種になってきている。
「それで当主様、先にお願いしておりましたとおり、私は商会を辞めさせていただきたいと考えております。
私の命と名誉を救っていただいた方に、誠心誠意尽くすつもりでおります。
二君に仕えようとは考えておりません。
商会には大変お世話になりましたが、今の偽らぬ気持ちでございます」
「商会に不利益を、もたらすと言うのか」
「いいえ、そうではございません。
私が行おうとしているのは、興行でございます。
当商会が手を出していない分野です。
私が商会の者のままおりますと、コルコソン商会との不文律を犯してしまいます」
ジェイルズの街では、大きな商会同士では、それぞれの主要な商材には手を出さないという、暗黙の決まりがあった。
興行を柱としているのは、コルコソン商会だ。
他にも手広く行っているが、ジェイルズで興行を行う場合、コルコソン商会に挨拶をするのが決まりだ。
「興行。
それが恩人への恩返しになるのか。
金は今のほうが稼げるだろう」
「恩人の願いは、金でどうにかなるものではありません。
無論お金も必要ですが、それだけではだめなのです」
「決意が硬い顔だな。
判った、許す」
ヒョコシルは出来る商人である。
日を開けずコルコソン商会に挨拶へ出向いていた。
「はじめまして、私はコルコソン商会の当主代理のオンイというものです。
楽団の興行を始めるので、挨拶に来たとおうかがいしました」
当主代理とは大物が出てきた。
ヒョコシルには何の実績も無い。
担当が出て来るだろうと、ヒョコシル自身は思っていたので意外だった。
「ペカジャル商会筆頭のヒョコシルさんがおみえになったのです、本来なら当主が相手をするんですが」
「勘違いなされては困ります。
私はすでにペカジャル商会をやめた身。
ここに来ましたのも、ペカジャル商会とは何の関係もありません」
「そんなに慌てなくとも、大丈夫です。
ヒョコシルさんがすでに商会から離れ、自分で商売を始めたのは知っておりますので」
お金が無ければ、何も出来ない。
ペカジャル商会を辞めた後、商会に迷惑のかからない程度に幾つかの商売を始めようとしていた。
だが、まだ開店準備中だ、実際には始めてはいない。
相変わらずコルコソン商会の情報能力は高い。
「正直言いますと、ヒョコシルさんが何をするのか注目していたのです。
北の歌姫を連れてきて、歌劇団で興行を行うという。
しかも、緑指の弾き手もいるとか」
情報能力が高いどころではない。
「私は今まで、自分勝手に商売を行ってきましたが。
帝国で色々あり、これからは、人のために働いてみようと、思いまして」
「それが、楽団の興行なのですか」
「はい。
ある人に、これが良いと教えられまして」
オンイが考え込む。
コルコソン商会と言えど判るはずがない、ヒョコシルは少し良い気分になった。
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ジェイルズにはいくつもの広場がある。
使用する場合は、街の許可がいる。
その手続を、コルコソン商会が代わりに行っていた。
リスルールさん率いる楽団『見た者』は、広場での演奏が今日で最後になる。
辺りは人で身動きが取れない、人が多く集まり過ぎたので、広場の使用を断られたのだ。
その代わり、5日後からは劇場での披露になる。
劇場から誘いが有ったのだ。
演奏家は広場で歌い、その後劇場に立つのが成功の道筋だが、早い。
今まで、ただで聞けていたので最初不満が出たが、発表された入場料は安かった。
これでは、ほぼ儲けはないだろう。
「これはオンイ殿。
何か御用でしょうか」
広場に来ていたオンイを見つけ、ヒョコシルが駆け寄ってきた。
「実はうちのジェロイが、『見た者』にはもっと大きな劇場を用意しろと言い出しまして。
どうしようか、ご相談に来たのです」
「ジェロイ様が。
どうしてでしょうか」
今コルコソン商会のジェロイは、ジュア・ニフスの代表をしている。
代表は、任期があるので世襲制でなく、次は別の商会の者がなる。
現代表の権力は大きい。
その人物がなぜ、小さな楽団に便宜をはかってくれるのか、ヒョコシルには理由が思いつかない。
「怪しんでおりますね、何故ここまでの事をしてくれるだろうと」
「いえ、そのよな事は」
「ジェロイ様も、彼を応援したいそうです」
「彼をですか」
そう言えば、この国を通ったと言っていた。
「そうです。
以前会ったことが有りまして、良い青年だと申しておりました。
それに『正しい商売は平和な所で行われる』、がジェロイ様の口癖ですので」
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「ヘンネベル公爵様、ご無沙汰しております。
ご機嫌麗しゅう存じます」
「麗しくない」
フレンメルス男爵は、ヘンネベル公爵に直答を特別に許されている。
それほど公爵が気を許している相手だ。
ただ今日、公爵は機嫌が悪い。
男爵は、今日だけでなく最近公爵が不機嫌なのを知っていた。
その理由も。
「また何か言われましたか」
「ああ、ついに賊を捕まえられないのなら、宰相を首にすると言い出した。
権限も無いのに何を言い出すのやら。
王のお立場を全く無視した発言だ」
「賊を捕まえろですか」
「無理だな」
「そうでございますね」
2人の口元がほんの少し上がった。
「なんの用だ」
「はい。
その賊の歌が、巷ではやっております。
お聞きいただければ、公爵様のご気分が、少しでも癒やせるかと思いまして、歌い手達を7日後当屋敷に呼んでおります」
「歌?」
「その中で、囚われのドラゴンの開放や銀鱗翼竜との再会の約束も、歌われております」
彼の歌か。
「ドラゴンの開放?
では『竜騎士』とドラゴンの絆を切ったのは」
公爵が思わず男爵の肩を掴む。
礼儀に反するが、男爵は気にしない。
「はっきりとは歌ってはおりませんが。
囚われていたドラゴンを救ったの言うのは判ります」
「それは愉快」
卵奪還計画の実行時、公爵が想像していなかった事が2つ起きた。
それは黒竜の襲来と『龍騎士』とドラゴンの繋がりが断ち切られた事だ。
黒竜は、銀鱗翼竜が追い払った。
これには銀鱗翼竜が久しぶりに、お姿をあらわしたので、国民が喜んだ。
もう1つは、2人の『龍騎士』がドラゴンとの絆が切れたのだ。
死んだのではない、双方が生きたまま絆が切れたのだ。
黒竜襲撃の直後に宮殿のドラゴンの休息所に、2人のドラゴンが飛び込んできた。
激しく叫んだ後、一緒に飛んできた他のドラゴンと共に飛び去っていった。
その時は、何故多くのドラゴンがいるのか、理由が判らず宮殿が大混乱した。
公爵は後に、奪還作戦に参加した者から、ドラゴンの卵が孵ったと聞いて驚いた。
当初は、『竜騎士』が一緒で無かったので、死んだと思われていた。
しかし、リオロセーク山で気を失っていた『竜騎士』2人が見つかった。
そして、卵が奪われた事と、ドラゴンとの絆が切れた事が発覚した。
国中に捜索の号令が発せられた。
隠されていた物は『竜騎士』達の秘密だ。
何が盗まれたのか知らされずに、犯人を探させられている。
役人達が可愛そうだ。
『竜騎士』達は、自分のドラゴンが離れていかないか怖くなり、引きこもっている。
誰にも会おうとしない。
ドラゴンからのマナの提供が切れ、急激に年をとった2人を見れば、そうしたくなるのも判る。
1人は20日後に、老衰で死んだ。
ーーーーー
「おい、聞いたか」
タード前男爵は、屋敷に入ってくるなり、息子のトゥールに大声で聞いたが、主語がない。
「何をですか、父上」
「あいつの歌だ。
子爵様の所で、旅の吟遊詩人が歌っておった。
あそこには、あいつを知っているもの多い、盛り上がっていたぞ」
「私も、ラーディで聞きましたよ。
いい男すぎて、最初誰の歌か気づきませんでしたが」
「そうだな、歌われているのは、いい男すぎる。
作り話か?」
「いいえ、宝石のゴーレムや、深淵の街での魔王軍と戦った事は事実です。
俺もいました、歌われている内容に嘘は無いのです。
でも、何故か本人ではないように聞こえるんですよ」
歌のせいだとトゥールは思っている。
聞いていると気持ちが奮い立つ、まるで英雄の誕生を目にしているようだ。
この曲を作った『緑指の弾き手』の技量に驚くばかりだ。
ジェイルズに行って、一度本物を聞いてみたい。
大盛況だと聞いている。
この曲の権利を放棄して、変更を加えなければ誰でも歌ってよいと、開放していると聞く。
気前がいい。
いずれ大陸じゅうで歌われる事になるだろう。
「あいつは大きな事をするぞ。
儂は手助けに行く」
「突然何を言い出すんですか。
行くなら元パーティメンバーの私でしょう」
「お前は現当主だろうが、儂は隠居してる。
それに、彼女を置いてゆくのか」
元男爵は、現男爵の後ろに座っている女性を、見る。
トゥールは、彼女に近寄り、その前にかがむ。
「身重のお前を置いて、どこにも行かないよ」
少し大きくなった、ジルのお腹に手を重ねた。
「男か、女か。
元気なら、どちらでも良いな」
「男の子ですよ。
名前も決めました、アトロフというのはどうです。
何事にも怯まない、勇敢な名前ですよ」
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