第9話 運命の導き
結局、プレンシアについたのは夕方のことだった。三人はヴァイスヴァルトに戻り、ハーグリアで買った食料をダイニングに置いてからその日は休むことになった。
幸い、ヴァイスヴァルトは調査が入ったりあの時の報復の部隊が待ち伏せているなどということはなかった。それでもテオドールはまだ少し不安を感じていたが、アリリオが「いざとなったら俺の魔法でなんとかします」となんとも頼もしいことを言ってくれたのですぐにそれは払拭された。
「あ、ほら見えるだろ。あれが俺の家」
「本当だ、かなり大きいですね」
「だろ……って、あれ?」
暗くてよく見えないが、家の近くに何か大きなものが落ちている。
この森にはたまにウサギやらイノシシやら獣が出るので、それだろうか? テオドールがそっと近づくと、それは人間だった。
「人だ」
「人? なんでこんなところに……おーい、大丈夫?」
見たところテオドールたちと同じくらいの年齢の青年だ。意識は無いようだが息はある。よく見るとあちこち傷だらけで、そのせいか発熱しているようだった。
放ってはおけない。
「まあ、人助けってやつだな。部屋ならいっぱいあるし一人くらい増えても平気だろ」
「ちょっと無視できないよね、これは」
「大丈夫でしょうか」
テオドールが青年を背負おうと、ニコラウスが心配そうに見てきた。
「え、テオ背負える? 俺背負うよ?」
「何だと思ってんだよ……こいつ、すっげー軽いから大丈夫」
青年の体は可哀想な程に軽かった。こんな森に、こんな状態で倒れているなんて何か訳ありなのだろう。
テオドールは家の扉を開けた。ニコラウスと一緒に家を出た時のまま、あれから誰かが入った形跡もない。明かりをつけるとアリリオが不思議そうな顔をした。
「これ、電気ですか?」
「え? 違うのか?」
「いえ、こんな森に電気が通っているんだなと……あ、それより早くその人をなんとかしてあげないとですね」
「そうだな」
階段を上がり、いくつかある部屋のうちの一つに入る。
この家の二階には、同じような簡素な部屋がいくつもある。まるで誰かと集団で生活することが前提となっているような家だ。そんな家に一人で住んでいた自分は贅沢な方だったなあ、なんてテオドールは思いながら青年をベッドに寝かせた。
その時、青年はかすかにうめき声をあげた。
「…………う」
「ああ、目が覚めた……」
ゆっくり、本当にゆっくりと青年の瞼が開かれる。テオドールはそこから目が離せなかった。現れたのは海のように深い青。空ではない、海の青だ。光に煌めいたその瞳が揺れ、やがてテオドールをとらえる。
宝石眼だ。間違いない。かつて姿見で見た己の瞳と、輝きがよく似ていた。テオドールは唖然として青年を見つめた。なるほど、ザフィーアの所持者はエツゾグ教会の神父に助けられ隣の地区……すなわちプレンシアへと逃げ、何の因果かヴァイスヴァルトにたどり着いたのだ。
運命的な何かを感じて、テオドールは嬉しくなった。待ち望んでいた人間との出会いだ。鼓動が速まる。つい声を大きくして、言った。
「お前、ザフィーアの所持者だよな? 俺たちお前のこと探してたんだ。まさかここで会えるなんて……俺、テオドール。お前は?」
「…………………………………………………………………………」
困惑しているのか警戒しているのか、青年は答えない。
「まあいいや、お前森で倒れてたんだぜ。大丈夫か?」
「……ああ。迷惑をかけて申し訳なかった」
青年の表情は動かなかった。ただ口だけが動いて言葉を紡ぐ。名を教えてくれなかったこともあり、その姿にも素っ気なさを感じてテオドールの興奮は少しだけ落ち着いた。
「えっと、それで、何があったんだ? 追われてたって聞いてるけど」
「…………その通りだ。追われて、逃げてきた。追われた理由は先程君が言ったこの目だよ」
やはり宝石眼を狙われていたようだ。おそらく相手はロルバッハだろう。
青年はこれ以上聞くなとでもいうようにテオドールからその目を逸らした。
間違いなく、彼とテオドールの温度は全く違った。
自分と同じ境遇、同じ鎖に縛られた人間に出会えたことはテオドールにとって嬉しかったはずだ。ニコラウスにその存在を教えてもらった日から、ずっと会いたかったし、探していた。それなのにいざ会うことのできたザフィーアの所持者はテオドールを拒んでいるような気さえした。変わらない表情、素っ気ない返事、逸らされた海の目。
それでも、テオドールは歩み寄りたかった。どうしても彼と話をしたかったし、知りたかった。
だというのに。
「……そっか。じゃあさ、その……ここで会えたのも何かの縁だろうし、俺たちと旅をしないか。宝石眼って旧文明に由来してるんだってさ。それで今、俺と、旧文明に詳しいやつと、旧皇帝の子孫とで、この目の呪いを解くために元凶らしい宝石の魔女と宝石眼の所持者を探してるんだ。だから、一緒に」
「悪いが」
青年が立ち上がる。
突然の誘いを怪しく思ったのか、はたまた単に気に入らなかったのか、彼は怪訝な顔――少なくとも、テオドールにはそう見えた――をして、およそ助けた人間に対するものではない冷たさで言い放った。
「悪いが、君たちと一緒に行くつもりはない」
☆☆☆
「なんっなんだよあいつ!」
テオドールはふんと頬杖をついてイスに座った。
あの後青年は家を出ていこうとして、まだ調子が悪かったのか倒れて意識を失ってしまった。それをベッドに寝かせておいてやっただけでもなかなか偉いとテオドールは自分に言い聞かせる。
「まあまあ、落ち着いてよテオ。向こうにも何か事情があるんじゃ」
「はっ、事情な。がっかりだ、せっかく会えた宝石眼があんなやつなんて……助けてやったっつーのにさ、名乗りもしないし、愛嬌がないっつーか、ずっとむすっとしてんだよ」
ニコラウスもアリリオも不思議そうな顔をしていた。二人とも、いや、三人とも宝石眼の所持者ならば呪いを解きたいと思っているに違いないと思っていたからだ。むしろこうして出会えたことを喜ぶのが普通ではなかろうか、と。
「逃げてきた、ってロルバッハからでしょう? 行くあても無いんでしょうし、せっかくならここにいればいいのに。こちらから誘っているわけですし」
「そうだよね、宝石眼なんて未知のものだし、仲間がいたほうが心強いと思うけどなあ。それにあんなに痩せて、何日も食べてないんじゃない? 怪我もしてたみたいだし、また倒れちゃったんでしょ? 心配だな」
ニコラウスがそう言って、青年が眠っている上の階を見上げる。
確かに青年は相当弱っているようだった。ロルバッハに追われていたせいなのかもしれない。苦労をしてきたのは間違いないだろう。ただその苦労を分かち合ってみたかったのがテオドールであるが、青年はそれを拒んだ。
「ねえテオ、もう一回誘ってみない? ほら、俺たちいなかったじゃん? ちょっと不審に思われちゃったとかさ」
「知らね。気に食わない奴だ。俺は嫌いなタイプだな、仲良くできねえ」
本当は、同じ宝石眼の所持者同士仲良くなれることを期待していた。一緒に呪いを解こうということに対してノーと言われるなんて予想すらしていなかった。勝手な失望だというのはわかっている。けれど期待していただけにあの言い方に腹が立って仕方がなかった。
そう、テオドールがザフィーアの所持者にかけた期待は少し大きすぎたのかもしれない。それはテオドールもわかっていた。
「事情があるにしたってあんな言い方」
ぼそりと呟いた声が虚空に消えた。




