第8話 手がかり
ニコラウス曰く、旧文明時代には至る所に教会があったらしい。エツゾグ教会が旧文明時代からあるものならば何か情報があるかもしれない、ということで三人は村から引き返してエツゾグ教会へと向かった。
さびれた建物の扉には五角形に囲まれた五芒星のマークが描かれている。テオドールはどこかの貴族の家紋かと思ったが、こんな家紋の貴族は知らない。少なくとも公爵家の家紋ではないだろう。となるとおそらくこの教会のシンボルだ。
「こんにちは……」
扉を開けるとかすかにベルの音が鳴る。中に人はいなかった。
「勝手に入っちゃっていいですかね」
「いいんじゃない? あ、ほら、本がある」
ずんずんと入っていくニコラウスとアリリオについてテオドールも中に入る。教会もまた、テオドールが初めて見るものの一つだ。壁に目をやると、まるで子供の落書きのような絵があった。黄色で描かれた人のような何かが五体。これが信仰対象だとでもいうのだろうか。
「『エツゾグ教』……五柱の神様を信仰する宗教だって。面白いよ、はるか昔に金髪の少女がやってきて、当時の人たちが知らない知識で文明の発展を手助けしてくれたんだって。その子が『神は五柱いる』って言ってあの絵を描いたとか」
「うさんくせえな、本当か?」
「しっ、テオ。一応ここはそれを信じてるんですから」
新文明において基本的には神の存在は信じられていない。厄災の時、人々を救ったのは神ではなく現皇帝と四大公爵家だったからだ。
テオドールは本を眺めた。どれもニコラウスが言ったような話ばかりが載っている。魔女についても、魔宝石についても、もっと言えば魔法や旧帝国のことも載っていなかった。
「いつからある教会だか知らねえけど、役に立つ手がかりは無さそうだな」
「残念。旧文明のことがわかると思ったのに」
「どうします? このまま駅に戻りますか?」
「うーん、せめてザフィーアの所持者の情報くらいはもう少し粘って調べたい気もするけど。どうする、テオ?」
中央駅はすぐ近くだ。
ザフィーアの所持者を探すためにハーグリアへ来たというのに、何の収穫もないまま逃げるように去るのはいささかやりきれない気分になる。しかしこれ以上この地区に留まっていてもロルバッハに目をつけられる可能性が高まるだけだということはわかっていた。
テオドールが何も答えられずにいると、教会の奥の方から神父らしき人物が出てきた。
「あっ、ごめんなさい、勝手に本読んじゃって」
「いえいえ……ハーグリアの方ではありませぬな、旅の方ですか」
「そんなところです」
こういうときにニコラウスが対応してくれるのはテオドールにとって助かることだ。テオドール自身はあまり他者とコミュニケーションを取ることに慣れていない。それに、人当たりの良いニコラウスが話すと皆快く応えてくれる。あの日のテオドールがニコラウスのことを信じることができたように、彼には人の心を開かせる魅力のようなものがあるのかもしれない。
「何かお困りごとですか?」
「困りごと、というか……あ、旧文明について知っていることはありませんか? それか、青い目をした人を見たりとか」
「青い目? あの子のことでしょうか」
神父は目を丸くした。
知っているのだろうか、ザフィーアの所持者のことを。テオドールは思わず身を乗り出した。
「あの子って?」
「いえ、昨日ちょうど青い目をした青年がひどく焦った様子でここに駆け込んで来まして。聞けばロルバッハ家に追われているとのことだったので、ここを出て隣の地区にでもお逃げなさいとささやかながら資金を渡しておいたのです。私は教会からほとんど出ないものですからロルバッハ家が何をしているのかは知りませんが、彼は青い……ちょうどお嬢さんのように宝石のような美しい目をしていましたね」
「は、俺は」
お嬢さんじゃない、と言いかけたテオドールの口をニコラウスが手で塞いだ。
「ありがとうございます! 助かりました!」
そのままニコラウスに引っ張られて教会を出る。アリリオはニコラウスを止めてくれないようで、彼もまた神父にお辞儀をした後教会を出てきた。
「なんで止めるんだよ!」
「いちいち訂正してたらキリないでしょ」
「そうですよ、それにザフィーアの所持者のこともわかりましたし早く追いかけたほうがいいかと」
「……ハーグリアの隣ってプレンシアだよな?」
「しかないよね、反対側はヒノモト地区……あそこには列車は通ってないし」
教会に来たのが昨日、ということは今追いかければ見つけられるかもしれない。それにしばらくは彼はプレンシアにいるのではないだろうか。神父の話を聞く限り資金を持っていないのだろうから。
「プレンシアに戻るか」
「不法侵入……」
「まだ気にしてたのかよ! 良いだろ別に減るもんじゃねえし」
「そうそう減るもんじゃない……のかな?」
細かいことは気にしないほうがいいこともあるというものだ。
三人はこのまま中央駅に向かうことにした。
「ねえ、少しくらい寄り道しても大丈夫じゃない?」
「どこにいくつもりですか」
「お腹すいたよねってことだよ」
歩きながらニコラウスはそう言った。確かにテオドールも自分のお腹が思いのほか空いていることに気づく。そういえば宿を出てから何も食べていない。もうすっかり日が昇りきっているのに。
「ところで、プレンシアについたらテオの家に行くんですよね? ご飯ってどうするんです?」
「あ? そりゃ森にある木の実とか……運が良ければ肉が手に入るぜ。それを適当に焼いたりつぶしたりして食う」
「えええ、野性的! 俺耐えられませんよそんなの!」
「お坊ちゃんだねえ」
「ニコラは耐えられるんですか!?」
「まあ、どうしてもっていうなら駅で何か買っていってもいいけど、料理になってるものなんて保存できないし……アリリオ、料理できる?」
「できませんが?」
「じゃあ諦めなよ。保存できるような物だけ買っていこうね」
不服そうなアリリオに、テオドールも笑った。
駅に着いて、さっそく食べ物を買う。野菜と干し肉、ハム、それからアリリオがどうしてもというので調味料。
いくつか買った後、三人は甘い匂いに誘われて小さな露店の前で立ち止まった。薄い生地で果物を巻いた、お菓子のようなものが売っている。
「これは何?」
「パラチンタです。お一ついかがですか」
「買ってく?」
「食べたいです」
「美味そうだな」
「じゃ、三つください」
三つのパラチンタをそれぞれ受け取る。作りたてらしく、温かかった。
一口食べれば果物の甘みと生地の優しい味が口いっぱいに広がる。ネイプルのジェラートとはまた違った甘みで、これもとても美味しい。テオドールは一口、また一口と食べ進めていく。すぐに手の中のパラチンタは無くなった。
「美味しかったですね」
「ああ」
「調査というよりグルメ旅になっちゃうね、これじゃあ」
もちろんこれではいけないとテオドールはわかっている。本当の目的はこの宝石眼の呪いを解くことで、そのためにあの森を出たのだから。
ただ、こうして誰かと一緒にどこかへ出かけたり、誰かと一緒に何かを食べるというのはいつぶりだっただろうか。ニコラウスもアリリオも家族ではない。ついこの間会っただけの、目的を同じくする協力者だ。それでも、この時間は心を満たしてくれるものだった。この宝石眼のせいで、一人あの暗い森で過ごすしかなかったテオドールにとっては。
「あ、そろそろプレンシア行きの電車が来るよ。行こう!」
そう言って小走りで乗り場へ向かうニコラウスに、テオドールとアリリオもついて行った。




