第7話 ロルバッハ公爵家
「ではテオさん、ニコラさん、アリリオさん、お気をつけて。何かわかったらすぐに報告しますから、皆さんもアーラファミリーの力が必要でしたらすぐに呼んでくださいね」
ハーグリアに行くと決めてから二日後、ネイプル地区の中央駅までジェンティアは見送りに来てくれていた。
あれから二日間ネイプルに滞在したのはジェンティアと共に作戦を練るためだった。まず、ザフィーアの所持者を探しにハーグリア地区へ行くなら「移動する厄災」のルートを予想しなければならない。それから、ハーグリアにはロルバッハ家の医院や孤児院が多数あり、実質ロルバッハの支配下にあるのが現状だ。少なくとも医院と孤児院は避け、できるだけロルバッハの目から逃れられるような道を選ばなければならない。
こういった作戦を立てた上で、万全の状態で三人はハーグリア地区へと向かうことになった。移動は夕方のうちにして、ハーグリアに着いたらジェンティアの手配してくれた宿で休んでからまた朝早くに目的の場所へと向かうつもりだ。
「いってらっしゃい!」
「ああ、ありがとうなジェンティ」
「きっとまたネイプルに来るからね」
「お世話になりました」
電車に乗ってからも、ジェンティアは見えなくなるまで手を降ってくれていた。
優しい協力者に出会えて幸運だった、とテオドールは心底思う。
「ハーグリアの調査が終わったら、ぼちぼちプレンシアに戻ってみようよ。さすがにそろそろ平気じゃない?」
「そういえば二人のことをあまり聞いていませんでしたね、プレンシア出身なんですか?」
「テオの家がプレンシアにあるんだよ。ほら、森の奥」
結構大きいよね、とニコラウスが言う。
テオドールが住んでいる森の奥の家は、かなり大きなものだった。誰のものなのかわからない家で、テオドールが来たときには廃墟状態だったのだが……どういうわけか、水も明かりもしっかり使えた。だから行く当てのなかったテオドールは、良くないとわかっていてもせめて持ち主が現れるまでと思いそこを使わせてもらっていたのだが、何年経っても持ち主は現れなかった。完全に捨てられた家だったのかもしれない。
「不法侵入じゃないですか」
「うるせえ、どうせニコラはもう共犯だしお前もそのうち共犯者だ」
「嫌です……」
「アリリオは真面目だねえ。ほら、ジェンティにもらったポモドーロクラッカーあげるからさ」
「ひ、卑怯な! 賄賂じゃないですか!」
クラッカーを口に押し入れられ、アリリオは抗えずにそれを食べる。彼の頬はたちまち緩み、ニコラウスが笑う。
そんなやりとりをしているうちに、電車はプレンシアの中央駅を過ぎてハーグリアへと到着した。
「降りよう」
ニコラウスに続いてテオドールとアリリオも電車を降りる。宿は駅前にあるのですぐにたどり着くことができた。
☆☆☆
朝日が顔を出した頃、ジェンティアと立てた作戦通りに三人は駅の裏側へと向かった。
「ここから少し歩いた村が次にザフィーアの所持者が来るかもしれない場所……ってことだよな」
「そうだね」
ハーグリア地区は駅を中心に、表通りと裏通りでずいぶん雰囲気が違う。表通りは明るく人も多いが、裏通りにはさびれた教会にボロボロの街といったように閑散としている。
「あ、ほら、あれじゃないですか?」
大きな道を外れ、人のいない畑を通ると小さな村らしきものが現れた。アリリオが走っていく。が、その足がぴたりと止まった。
「どうしたんだよ」
「しっ、静かに」
テオドールもニコラウスも静かにアリリオの待つところへ向かう。村の小さな馬小屋だった。その陰に隠れて、アリリオは聞き耳を立てる。
「いやはや、ここ最近隣の村で流行り病が発生したと聞いて不安だったのですが……貴方様が来てくださったのなら私どもも安心でございます」
「大げさだね、領主はいいのかい?」
村の長らしき老人と、若い男が話す声が聞こえた。そっと除くと、男の方は革のコートに身を包んでおり明らかに身分の高そうな様子だ。
「領主様は我々のことには目も向けてくれませぬ。都市のことばかりで……こちらに気を配ってくださるのは貴方様だけですよ、ジキル ・ ロルバッハ卿」
その言葉に、思わず三人は顔を見合わせた。
なんということだ、わざわざ医院も孤児院も避けてきたのにロルバッハ卿、すなわちロルバッハ家の現当主に遭遇してしまうなんて。
「どうする、逃げるか?」
「いや、それよりチャンスじゃない? 向こうは俺たちに気づいてない。今ロルバッハの動向を探っておけばこの後絶対に遭遇しなくてすむかも」
「それもそうですね……様子を見ましょう」
三人は小さな声で話し合い、そして頷いた。老人と男の会話は続く。
「何か私どもにできることがあれば何なりとお申し付けください」
「はは、今のところは心配しないで。ああでも、青い目をした男の子を知らないかい?」
「青い目……? 見ていませんよ」
「そう? あの子ったら一体どこに行ったんだか。まあいいや、見かけたら教えてね」
「ええ、わかりました」
男はそのまま村を去っていった。男の背中が遠く彼方に見えるようになってから、テオドールは二人に尋ねる。
「なあ、ロルバッハの当主とザフィーアの所持者って知り合いなのか?」
「もしかして、テオみたいに一度捕まってそこから逃げているのでしょうか? ロルバッハは宝石眼の呪いの被害を抑えるためにまた捕まえようとしている、とか……」
「でもさ、それならわざわざ黒マフィアなんて使う? それこそ警察とか使うと思うんだけど」
ニコラウスの言う通り、ロルバッハが宝石眼の呪いの被害を抑えるために宝石眼の所持者を捕まえているのならもっと公的に動くだろう。警察や、数多の慈善事業の力を使って。
黒マフィアなどという裏社会の存在を使っているということは、ロルバッハの目的もまた表には出せないものだということだろう。それに、「青い目の男」がザフィーアの所持者で、村を襲う流行り病の原因だとわかっているのならなぜ今の老人に忠告をしなかったのか。
「ロルバッハ卿が村に青い目の男について忠告してるっていうなら流行り病が起こるのもわかるんだ。その忠告が裏目に出て、村がその子を迫害する……そうすることで、所持者の苦痛に応じて呪いが発動する。でもロルバッハ卿はこの村に忠告をしなかった。それに村長らしき人は青い目の男と流行り病の関係も知らないみたいだった。他の村も同じだと考えると……いったい何がザフィーアの呪いを発動させてるんだろう。こんな短期間で、何度も」
ニコラウスが呟く。
ジェンティアが教えてくれた、流行り病の起こった村はどれも小さな村で都市からは離れていた。村同士も離れていたため情報の共有もないのだろう。そのような村にばかりザフィーアの所持者が現れているのは偶然だろうか、いや、意図的なものだと考えたほうが自然だろう。
「なあ、前に流行り病が起こったっつー村に行ってみるのはどうなんだ? すでにザフィーアの所持者を見てるかもしれないだろ」
「それはそうだろうね。ただ、そういう村は『目』に過敏になっているだろうからテオが誤解されるんじゃないかな」
確かに、一度宝石眼の被害に遭っているならば二度と宝石眼を村に入れないように手を施すだろう。それが青色でも、紫色でも、宝石眼という特徴は同じだ。怪しまれるのは明白だろう。
「そうなるとこの村も危ないかもしれませんね。今ロルバッハが青い目の男を探していると言った以上、入ればまずは目を見られるでしょう。青ではないが宝石のような目を持った客が現れた……なんてロルバッハの耳に入れば終わりです」
「じゃあ……」
どうすればいいんだ。
そう言いかけたテオドールの頭に、ふと先ほど見たさびれた教会が浮かんできた。
教会。ラーマ皇帝を唯一絶対の最高位存在とする帝国では珍しいものだ。もちろんジェンティアと調べたロルバッハの施設の中には入っていないし、見た感じでは何を信仰しているのかすらわからなかった。ただ、薄汚れた壁に「エツゾグ教会」とだけ書いてあった。
「あの教会、行ってみないか」




