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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
紫水晶の章
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第6話 次へ

 次の日、朝。

 昨日色々なことがあったせいか、テオドールはずいぶんとぐっすり眠った。陽の光をいっぱいに浴びて起きる朝は久しぶりだ。ヴァイスヴァルトでは木々が太陽を遮ってしまうから。

 すでにニコラウスもアリリオも起きていたようで、テオドールがベッドから降りる音に気づくと「おはよう」と駆け寄ってきた。


「ジェンティが、朝ごはん用意してくれてるって」

「チェーロの夕食も美味しかったでしょうど、朝食もとっても美味しいんですよ」


 確かに、昨日の夕食も美味しかった。完熟ポモドーロのソースがたっぷりかかったパスタに、バジルのドレッシングのかかったサラダ、デザートは甘い甘いジェラート。

 テオドールは久しぶりに豪華な食事を食べたのだ。

 朝食も楽しみにしながら三人でダイニングへと向かうと、ジェンティアが手招きをしてくれたのでそちらへ座る。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「ああ。……その紙は?」

「そうそう! 地図ですよ。皆さんきっとこれから帝国内を旅されることになると思うので、各地区の情勢を調べてみたんです」


 公に紙の記録が現れたのは今の文明になってからだ。旧文明では魔法によって記録が行われていたため、記録のための媒体なんてものはそもそも必要なかった。旧文明が崩壊し、一般人が魔法を使えなくなるなんて誰も思っていなかったため、旧文明の記録はほとんど残っていない。だから研究するのに本当に不便だとニコラウスは言った。彼が旧文明のことを調べるのに使うことのできた資料はナジフという旧文明時代の人間が残した手記だけだったらしい。

 ジェンティアがテオドールたちに向けて紙を広げると、そこには地区ごとに色が分けられたラーマ帝国の地図が描かれていた。


「まず、ネイプルにはもう皆さんの役に立ちそうなものは無さそうです。ね、アリリオさん」

「ええ、俺もしばらくここにいますが他の宝石眼所持者には会ったこともありませんし魔女の呪いに関わる情報もありませんでした」


 残念ながら、ネイプルにはこれ以上手がかりは無いようだった。アリリオは、ネイプル地区にある旧文明の遺跡も調べたが魔女や宝石眼、魔宝石の記録はどこにもなかったと不思議そうに言った。


「ということで次にプレンシア地区です。プレンシアの森の奥には厄災の魔女が住んでいる……最近そんな噂がまことしやかに囁かれているようですが、これは」

「俺のことだな」

「ですよねえ、それ以外に特に情報は無かったです。強いて言うなら領主が変わったくらいで」

「領主が? 変な時期だね」


 領主が変わることはあまり多くはないが、あるとすれば大体年の変わり目だ。領主が問題を起こしたり、領民から要請があったりしても、皇帝による人事異動が行われるその時まで領主は変わらない。

 それ以外で変わるとすれば、その領主が爵位を剥奪されるか没落するか、あるいは四大公爵家のような位の高い存在が領地の交換を要求した時だ。今回はこのどれかのケースだろう。


「厄介だな、魔女の噂を聞いて公爵家が目をつけたのかもしれねえ」

「そうかもしれませんね。あのリーフェンシュタール家ですし」

「リーフェンシュタールだと?」


 四大公爵家の一つ、リーフェンシュタール家。首都にいると聞いていたがこうしてプレンシアの領主となったとは。テオドールの背を嫌な汗が伝う。リーフェンシュタール家が、もしも敵になるとしたら。


「ロルバッハにリーフェンシュタール、公爵家も厄災の魔女の討伐に向けて動いてるっていうのでしょうか? でもなぜ今更?」

「アリリオさんの家が魔宝石奪還のために依頼をした、というのは?」

「ありえませんよ。うちはあくまで旧皇家、四大公爵家は現皇帝から位を与えられた存在、決して協力関係ではありません。そもそも旧皇家の血が未だに続いていると知れば現皇帝が黙っていないでしょう」

「ジェンティ、ムハンマドに怪しい動きはある?」


 ニコラウスが尋ねると、ジェンティアは首を横に振った。

 ラザフォードはまだしも、ムハンマドが動いていないのなら四大公爵家がまとめて動かされているということはなさそうだ。ロルバッハもリーフェンシュタールもそれぞれ別の目的で動いているのかもしれない。


「動くとすれば南にあるアラブリア地区を拠点としたムハンマド商会が中心となるでしょう。それなりの付き合いがありますが、特に目立った動きはありません。そもそも、ムハンマド家は現実主義な所があるので旧文明のことには興味がないのでしょう」


 ムハンマド商会はこの新文明の中でいかに資金を生み出すかどうかということしか眼中にない。前回の厄災の時も混乱に乗じて新ビジネスを始めた、という話もあるくらいだ。

 ニコラウスは今度は地図の右上、帝国の領土の中でも島になっているところを指差した。


「ここ、イグリシア地区? ずっと前から調査したかった場所なんだけど、なかなか資料のつてがなくて調べられなかったんだよね。何か気になること、なかった?」

「いえ……海に囲まれているせいか他よりも情報が遅いようで、前回の厄災からの復興が一部うまくいっていないということ以外は特にありません。一番東、ヒノモト地区も同じです。私が一番気になったのはイグリシア地区ではなくてハーグリア地区で起こっている事件です」

「ハーグリア? プレンシアのとなりだよね、農業生産トップの地区。そこがどうかした? 事件?」

「それがですね、つい最近ハーグリアで厄災のような何かが起こったらしいんです」


 厄災のような何か。

 それはつまり、厄災そのものではないということ。厄災ならば帝国全土を襲うはず、ハーグリアという地区限定の被害だというのは気になる部分だ。

 更にジェンティアは続ける。


「しかも、ハーグリアの中でも一部の地域……村を転々と、まるで小さな厄災が動いているみたいなんです」

「小さな厄災……聞いたことないや」

「そうでしょう? そしてですね、この話には続きがあるんです」


 ジェンティアは口元を周りから隠すように手を当てて、テオドールたちの方に身体を乗り出した。


「厄災が起こる前、必ず『海の目をした男が現れる』って」

「「 !」」


 宝石眼だ。

 テオドールと同じ、魔女に呪われた宝石眼を持つ人間がハーグリアにいるのなら全てに合点がいく。小さな厄災はテオドールがあの森で起こした現象と同じもの、動いているように見えるのはその本人が居場所を変えているから。

 そこまでが、テオドールとニコラウス、アリリオの頭の中でつながった。


「海……ザフィーアに由来する呪いかな。なら効果は『病』のはずだ」

「さすがニコラさん。当たりです、ハーグリアの小さな厄災は爆発的な感染症の蔓延を引き起こしていたようです」

「ハーグリアは今どうなってるんですか?」


 アリリオの問いにジェンティアは眉をひそめた。


「それが、ロルバッハの慈善事業に援助を受けているらしいんです」

「良いことじゃねえか、なんでそんな嫌そうなんだよ」

「だってロルバッハはアメテュストを狙っていたんですよ? ザフィーアも狙ってるんじゃないでしょうか。それに、ロルバッハの動きは不自然なんです。この現象が起こる直前に、ハーグリアに医院の設立について交渉していて……まるでわかっていたみたいじゃないですか?」


 ハーグリアで起こる、移動する小さな厄災。

 不自然な動きをする公爵家ロルバッハ。

 ザフィーアの所持者はロルバッハ家に狙われているのかもしれない。テレーノファミリーの様子を見るに、ロルバッハはかなり無理やりなやり方で宝石眼の所持者を手に入れようとしている。目的はわからないが、手段は問わないつもりだろう。

 もしそれが事実なら、こちらも何としてでもザフィーアの所持者を助けなければならない。


 ……なんて、テオドールは正義感に満ちた建前を並べようとした。

 偽りのない気持ちをあげるなら、ただ自分と同じ境遇の人間に会いたいのだ。意図せず周りを傷つけてしまう、呪われた目。魔法などとうの昔に失ったはずのこの世界で、忌み嫌われる厄災に似た汚れた力を持つ己と、同じ境遇の人間に。


「ハーグリアに行ってみよう。ザフィーアの所持者を探しに」

「うん、そうだね」

「ロルバッハ家には気をつけてくださいね。テレーノを問い詰めてことの経緯は吐かせるつもりですが、また別の強硬な手段を使ってくるかもしれません」


 もう一人の宝石眼の所持者に会えるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、テオドールは決めた。

 次の目的地は、ハーグリア地区だ。

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