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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
黄水晶の章
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第74話 双子の逆襲

 二日後。予定よりも少し早くセシリアの準備は終わったようだった。もちろんテオドールの「セシリア」も準備万端だ。


「……さて、首都に乗り込むか」

「何かあったら僕らに言うんだよテオドール!」


 勇ましい「セシリア」の隣には小さなキョースケと今にも倒れそうなニコラウス。アーサー曰く、「伊藤恭介とニコラスは少し服を変えればなんとかなるだろう」とのことだ。実際ニコラウスは眼鏡さえ外してしまえばテオドールたちでも一瞬認識できず、キョースケもその「コソデ」を脱ぎ髪型を変えてしまえばフラビオにはわからないだろう。彼らは一般人として首都に紛れ込むことになった。


「口調に気をつけてな、アメテュスト」

「わかってる…………わ」

「ぷぷぷ」


 そこに正装に身を包んだアーサーがやってくる。彼の「演技」はもう始まっているようだった。冷たい目でテオドールを睨み、その手を乱暴に掴む。


「『皇帝陛下の御命令だ。おとなしくしろ、宝石の魔女』」

「…………『ええ、殿下』」


 その返事にアーサーは満足そうに不適な笑みを浮かべる。

 シナリオはこうだ。まずアーサーがフラビオの洗脳に屈したという体で「セシリア」を捕獲、フラビオのもとに連れて行く。もちろんフラビオがそれをすぐに信じるわけがない。アーサーの洗脳成功はまだしも、セシリアがおとなしく皇宮に来るわけがないのは彼もわかっているはずだ。

 が、フラビオはおそらくセシリアとの一対一での戦いを望むだろう。なんと言っても、彼が始めようとしているのは「百年前の再演」だから。ならばこちらも乗ってやろうというものだ。


 エドゥアルトが用意した馬車に乗り込む。残りのメンバーは隙を見て、アーサーの合図と共に首都に突入するので後からの合流になるだろう。


 ヴァイスヴァルトを出れば、もうセオドアの力は作用しない。全てがフラビオに見られていると思わなければならない。

 緊張感の中、馬車は進む。着実に、フラビオという悪魔のもとへ。


 皇宮の警備は厳重なものだった。洗脳された大量の門番、重い門の扉。馬車はその前で止まり、アーサーが自ら前へと出る。テオドールも乱暴に地面に投げ出された。


「アーサー殿下? ご病気で倒れられたと伺っているが……」

「ああ。それもこれもこの魔女のせいだ。余は魔女を捕獲し、陛下の『ユートピア』を阻害する危険因子としてかの首を捧げに来た。陛下にお伝えせよ」


 首都でアーサーについてそのように伝えられていたのは驚いたが、予想の範疇だ。門番たちは互いに戸惑った様子で顔を見合わせる。


「……少々お待ちを」

「ふん」


 ぱたぱたと皇宮に戻る門番と、留まって怪しげにこちらの様子を伺う門番。少しすると一人が恭しく告げた。


「失礼しました。陛下の許可が降りましたゆえ、どうぞ中へ」


☆☆☆


 門番に無理やり両腕を拘束され、テオドールは静かな廊下を歩いた。奥の奥、ずっと奥に皇帝のいる部屋がある。そこの扉が重く開くと、よく見知ったはずの銀の髪が出迎えた。

 アリリオの身体、アリリオの声。そして、フラビオの笑い方。


「皇帝陛下に、魔女の首を献上しに参りました」

「ええ、結構なことです……他の者は皆部屋を出なさい。私はこの魔女と話があります。第一皇子、貴方もですよ」

「しかし陛下、この魔女は」

「この私に口ごたえですか」


 フラビオは寝台に横たわる本来のラーマ皇帝……アーサーの、ニコラウスの父であるその人の首元をそっと撫でた。まるでこれ以上逆らったら先にこちらの首を取るとでも言うように。

 アーサーはあくまで冷静に、テオドールとは目も合わせずにフラビオの前から退出した。ここまでは、いくつか予想しておいたシナリオの通りだ。


「さあ、セシリア。私とお話しましょうか。わかっていますよ、憎らしいほどに気高いあなたがただの第一皇子ごときに屈するはずがない。私に会うための演技でしょう? ようやく側室になる気になりました?」

「……貴方が私の友人を、奪わないと誓うのならね」


 おや、とフラビオは笑う。


「できない約束はしない主義ですけれどね。あなたが永遠に私の側で苦しみの器となってくれるのなら……このユートピアの唯一の生贄となってくれるのなら、誓わないこともありません」

「相変わらずだわ」

「ええ、私は最初から最後まで嘘はついていませんよ。あの時だって、嘘はついていなかった。歪んだ解釈をして、自分たちが普通の生活を送ることができると思い込んでいたのはあなたがたでしょう? 最初から全部あなたがたの、あなたの勘違いです。あなたの最愛の弟が死んだのも、あなたが復活させたはずの彼らがまた私に利用されるのも、あなたのせい。まあ、あなたが復活させなかったところで私が魔宝石として集めて使っていましたが……人として使われるよりは、モノとして使われる方がマシだったのではないですか? あなたのやることはいつも裏目に出る」


 不愉快だった。

 姉を侮辱する言葉、否定する言葉、自分たちへの勝手な哀れみ、悪魔の儀式の正当化。セシリア本人が聞いていなくて良かった。テオドールがこうして「セシリア」としてフラビオと対峙することを承諾した大きな理由の一つには、これ以上フラビオに直接姉を汚されるのを避けたかったからだ。それが物理的なものであれ、言葉によるものであれ、こんなやつに傷をつけられていいほど姉は堕ちていない。


 振り上げたくなる拳を抑えて、テオドールは微笑んだ。


「モノとして終わるより、人として果てる方がずっとマシよ」


 そう、ずっとマシだ。

 あのまま魔宝石としてフラビオのユートピアに使われるよりも、苦しんで苦しんで自分の生をつかもうとしている今が良い。例えそのまま朽ち果てても、人として死ぬなら本望だ。


 もちろん、今死ぬ気はさらさらないが。


「貴方のユートピアには人らしさが欠如してるの。機械みたいな人間でできた世界を幸せと呼ぶなんて、余程貴方のほうが狂った勘違いをしているわ」

「私の理想が狂っていると? 百年前にもそう言いましたね。でも実際あなたの起こした厄災で多くの人が苦しんだ……その罪を償おうとは思わないのですか?」

「あら、償うべきは貴方のほうよ。だって貴方が始めたことでしょう?」


 あと少し。

 あと少しだ。フラビオの感情を、揺さぶらなければならない。手応えはある。ずっと微笑んでいたフラビオの顔が少しだけ歪んだのをテオドールは見逃さなかった。


「最初から間違ってるのは貴方のほう。百年前から、ずっとね」

「やはりあなたは私の崇高な理想を理解できないのですね」

「わからないわ。フラビオ…………可哀想な人」


 そう告げた瞬間、テオドールの首に手がかけられる。


「黙りなさい、先ほどから聞いていれば生意気なことを。可哀想? 私が? 気でも触れたのですか」

「く、っ……可哀想なのは、本当でしょう。貴方は一番大事なものを知らない。貴方には大切な人がいない。貴方は誰かのために命を燃やせない。全部全部、自分のため」

「セシリア・ケインズ!」


 フラビオの怒号が響く。皇宮が揺れる。

 そう、これだ。激しい負の感情。フラビオはかつてセシリアに言った。


『あなたが苦しめば苦しむほど、帝国の苦しみはあなたに吸収されていく。そういうシステムですよ』


 苦しみ。激しい感情。フラビオがそれを抱けば、セシリアが彼をツィトリンに閉じ込める成功率が上がるはずだ。

 テオドールが口角を上げる。その時だった。


「陛下! 大変です、外が……!」


 皇宮外では、暗雲が立ち込めていた。

 作物は枯れ、空は光を失う。そして帝国中の魔力が、一点に吸収される。


 テオドールの姉はその身を黄金の宝石に変えながら、厄災の中心で友人たちに支えられて盤上に最後の駒を置こうとしていた。


「…………セシリアが、二人? まさか」


 フラビオは自分の手元を見る。目の前の「セシリア」。そして厄災の中で勝利の笑みを零すセシリア。


「あんたが俺の喉仏に気づかなくてよかったぜ」


 アメトリンの瞳が、満足気に細められた。

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