第70話 家
かつてのセオドアが遺した魔力が、今のテオドールの力になる。
アドムがその可能性を口にした時、テオドールの中で何かがすとんと抵抗なくはまった気がした。
が、新文明の「テオドール」は本来魔法を使えないはずで。
「あーもう! どうやれってんだよ、うんともすんとも言わねえ!」
『落ち着いてくださいテオ、元は貴方の魔力なんですしすぐに使えるようになると思うんですけど……』
「下手くそだな、アメテュスト」
「アドム」
「いて」
ハイドがアドムの頬をつねる。
「テオドール、まだ時間はある。ゆっくりで大丈夫だよ」
「ハイドぉ……」
「おいザフィーア、なぜおれをつねった」
「テオドールのやる気を削ぐようなことを言った、オレを堅物無表情と言った、殿下の前で大爆笑した……理由は十分だと思わないか?」
「せめてメガネのようにステーキの刑にしてほしかったぞ」
『あ! それなら俺も受けたいです! 何したら怒ります?』
「焼き石にしようか? …………テオドール、二人のことは放っておこう」
にこ、と微笑むハイドの目は若干笑っていないような気がする。アドムの言った通り、この時代で出会ったばかりの堅物無表情だったハイドを思い出すと随分変わったものだ。困ったように微笑む「デイヴィッド」とも、感情を押し殺していたかつての「ハイド」とも違う豊かな表情にしみじみと感動をおぼえる。その分怒らせると恐ろしい存在となったのかもしれないが。
「……つっても、魔力ってどうやって使うんだ? いや、昔は身体に魔力があったから良かったが……家に染み込んで取れないみたいなのじゃねえの?」
「この家で火や明かりとして出力されている以上取り出せないことはないんじゃないか?」
「うーん……」
『あ! セオドアが魔力を注いだ場所に行ってみたらどうですか? 家の中じゃなくて、この森の奥? だったんですよね。自分が死んだ場所に行くの、ちょっと嫌かもですけど……』
なるほど、アリリオの言うことも一理ある。テオドールはハイドとアドム、石のアリリオを連れて森の奥に……セオドアが朽ち果てた場所へ行ってみることにした。
☆☆☆
家の少し奥、今となっては死の痕跡も何もない場所でテオドールはしゃがんでみる。
「何も感じねえ……」
「だめか」
「うーん、なんだろうな。やっぱ俺のセンスの問題か?」
『かもですね。どーん、ですよ。ああでも最初はふわって感じのほうが良いかもです』
「…………」
いや、テオドールだってわかるのだ。魔力を扱う感覚そのものは。確かにアリリオのいうとおりどーん、ばーん、ふわっ、といった感じだ。それは覚えている。問題の本質はその源が自分の身体の中にない場合だ。自分の感情はわかるが、相手の感情は普通流れ込んでこない……そんな感じだと言えばアリリオにも伝わるだろうか。
「あのなあ、家っつー俺じゃない存在から魔力を奪って使うのが難しいんだよ。アリリオ、お前だって本来は身体の中に魔力があったわけじゃねえだろ。どうやって出してたんだ? 自分のもんだと思い込んでたのか?」
『はい!』
「おう、元気な返事……そうかあ、知らないほうがいいこともあったってことか……?」
「! それだテオドール」
ハイドが何やら思いついたように明るい声をあげる。そしてキョースケにするように連絡石を撫でた。
『ど、どうしたんですかハイド』
「アリリオ、やはり君の感覚は優れている。テオドール、いいか、君は今からこの家……あるいは森そのものだ」
「…………は?」
こいつは何を言っているんだ、とテオドールはアドムに助けを求めて視線を送る。腹立たしいことにラハブ様はまた小さく肩を震わせていた。
「ぷぷ、ザフィーア、言い方はどうにかならんかったのか。見ろアメテュストのこの間抜け面を」
「またつねられたいか? ……と言いたいところだが、今のは確かにオレの言い方が悪かった」
「うむ。要は、そうだな。この森を自分の一部だと思ってみろということだろう? 人のカンジョーを理解するのに自分の立場で置き換えるのと同じことだ」
「…………よくわかんねえけど、やってみる」
「うん。君ならできるよ」
『頑張ってくださいテオ!』
テオドールは目を閉じた。
深い緑、木々のざわめき、土の匂い、木漏れ日の温もり、そこにたたずむ家、いつも開けては閉める扉、美味しい料理の並ぶキッチン、賑やかなダイニング……。
温かい何かが流れ込んでくる気がする。優しくて、穏やかな……それは、死の間際に見ると言われる走馬灯のような、あるいは生の中で思う未来の予感のような。
セオドアの世界には最初、姉だけがいた。そこにデイヴィッドが、ナジフが、加わった。でもデイヴィッドは先にいなくなって、セオドア自身も姉とナジフを置いていってしまった。
最期の最期に、セオドアはやっとここを……彼らを、「家族」と認めた。
テオドールだって、大事なものを手に入れては失ってきた。世界は理不尽だと、何度も思った。それでも、ニコラウスが手を差し出してくれたあの日から、テオドールは少しだけ世界を好きになれた。自分自身のことも。
そして何よりも、ニコラウスのことが、アリリオのことが、ハイドのことが、アドムのことが、キョースケのことが、義兄のことが、姉のことが。
彼らを、自身の「家族」を、守るためにテオドールは生きなければならない。
『生きて、救ってくれるんだろ。俺の家族を』
「…………ああ、必ず」
森が、揺れる。
「……ふむ、ヨソー通りだ」
アドムの満足気な声にテオドールは目を開ける。
「は? え、これでいいのか?」
「! テオドール、目が」
心配そうに駆け寄ってくるハイドが、テオドールの目をのぞき込む。
「目が、金に」
「は!?」
その言葉にテオドールは慌てて家の中に駆け込み姿見を確認した。
瞳が、金色……セシリアと同じ色になっている。
「こ、これ大丈夫なのか!?」
「大丈夫だろう。知らんのか? 鉱物にアメジストという石があってな、これは魔宝石のアメテュストをイグリシア語で読んだものだ。対してシトリンという鉱物はツィトリンをイグリシア語で読んだもの、この二つの石は本来同一なんだぞ」
「ん? ……ん?」
「アメジストを加熱するとシトリンになる。ならばアメテュストも加熱……ジョーネツが強くなればツィトリンになるのかもな」
「かも!?」
不確定すぎる。不安だ。ものすごく不安だ。
しかも瞳の色が同じになったことで姿見の中のテオドールはすっかりセシリアと瓜二つ……違うのは髪の長さだけになってしまった。もちろん性別は違うままだが。
「姉さんとおそろい……嬉しいような、嬉しくないような」
「まあ、いいじゃないか。もとより生と死も表裏一体のようなものだからな、丁度良くチューワしてるんじゃないか?」
「て、テオドール、気分は悪くないか? 他におかしなところは?」
「ザフィーア、落ち着け」
「大丈夫だよ、ちょっと疲れたけどな」
『今日は終わりにして、休んだほうがいいですよ、魔力使うのってちょっとした労働みたいなものですし』
アリリオの言葉にテオドールは頷く。
疲労感はあるが、とても懐かしい感覚だ。「セオドア」の記憶を取り戻したときと同じような……だが、「テオドール」が「セオドア」に飲み込まれるような恐怖は無い。「テオドール」は「セオドア」であって、「セオドア」ではない。アドムが言っていたように、昨日の自分と今日の自分は違うのだ。
お揃いになった目を見て、姉はなんと言うだろうか。怒るかもしれない。貴方がそこまでする必要はないのだと。
それでも良かった。セシリアが「わがまま」を言ったように、テオドールだってわがままを言ったって許されるだろうから。
「夕飯の時間になったら起こしに来るから、少し眠っておくと良い」
「ああ、ありがとな……じゃあちょっとだけ、おやすみ」
「うん、おやすみテオドール」
「おやすみだぞ」
『おやすみなさい、テオ!』




