第69話 賭け
「……どういうことだ? 俺らにできることがあるのか?」
「そうね。フラビオを完全に捕らえれば貴方たちの身体は苦しみの器として機能することは無くなって、役割を終えた魔力は今度こそ消える……つまり、宝石眼は無くなるの。本来の瞳に戻るはずよ。そうなると貴方たちは何の力も使えない、新文明の人間になる。でも私が貴方に魔力を譲渡すればその分だけ魔法が使えるわ。ヒノモトの翁が自らの魔力を取っておいたのと同じでね」
あるいは、フラビオという魔力源をもってして魔法が使えていたアリリオやジキルと同じように。セオドアの遺した魔力で動くあの家と同じように。
「その魔法を持ってすれば、フラビオを閉じ込めた欠片だけを分離してツィトリンの塊から私を蘇らせることができる。私がアメテュストとザフィーア、グラナートの塊から貴方たちを蘇らせたように、私も再び蘇ることができるわ。でも……赤ん坊になってしまう」
「!」
セシリアは悲しそうな顔をした。
おそらく、彼女はそれを望んでいないのだろう。生の呪いにより永い時を生きることができた彼女と違い、テオドールたちには必ず寿命がある。そして、彼女もまたおそらく生の呪いを失う。
ならば、テオドールはまた姉を置いていくことになってしまうのだ。
「…………貴方の好きにしてちょうだい。私は、貴方が選んだことならば従うわ。とにかく私の力は最後に貴方に託すから」
「姉さん……他の道はねえのかよ、他に、フラビオを」
「あれは今魂だけだもの。殺すこともできなければ完全に消すこともできないわ。だとしたら私の受けた苦痛の中に永遠に閉じ込めるほかないの。それに……私ももう疲れたの、生の苦しみを背負ったまま生きるのは。貴方たちの幸せを見届けて、『セシリア』を終えるなら本望よ」
好きにしろ、なんて言っておいてこの姉は救わせる気はさらさら無いというのだろうか。彼女自身が一番、幸せな「セシリア」の生を渇望していただろうに。
俺の気持ちはどうすればいいんだよ、ハイドやアドムだって悲しむだろ、アリリオも責任を感じるだろうし、キョースケも兄弟を持つ立場として嫌がる、何よりまだニコラに返事もしてねえじゃねえか。
そんな言葉を言えるはずもなかった。
テオドールだって、まだ彼女の弟でいたいのに。
「…………わかった」
今は、それしか言えない。
セシリアは申し訳ないという様子で微笑んだ。
「ごめんなさい」
「謝るんじゃねえよ。姉さんが赤ん坊になったら俺らがすっげえ長生きしてやるからさ」
ここで泣いたら格好がつかない。テオドールはセシリアに背を向けて歩き出した。
終わらせるつもりはない。終わるつもりもない。
方法はあるはずだ。何の犠牲も無いなんてあり得ないが、最小限で済む方法なら。
☆☆☆
悩みに悩んだテオドールは、次の日にセシリアを除くヴァイスヴァルトの一行に相談を持ちかけることにした。
セシリアが自らフラビオを閉じ込める器になろうとしていること。セシリアを蘇らせる方法はあるが、それではテオドールがあの雪山へ行くまで「セオドア」を失っていたように「セシリア」も百年前の記憶として失われてしまうこと。赤ん坊となった彼女を、また置いていってしまうであろうこと。
話を聞いて、一番迷っているのはやはりニコラウスだった。
当然だ、おそらくテオドールの次……あるいはテオドールと同じくらいセシリアを大切に思っている彼が、この話を聞いて絶望しないわけがなかった。彼女の百年の重みを知っているからこそ、また複雑な思いだった。
「……セシリア……」
「新しい器を作るとか? でも人が犠牲にならないといけないんだよね?」
「ああ、そう考えるとセシリアの提案はフラビオを止める上でもっとも効率的かつ確実な手段だ。オレたちにとっては、辛いことだが……」
『せめて成長を早めるとかできないんですかね? たくさん食べてサイボウブンレツ? を早くするとか』
「何も持たない新文明の人間として再構築されるならそれは無理だろうね。いくらリーフェンシュタール公爵家で最高の食事を用意させても……」
「魔女殿がそんなことを……しかし彼女がもう百年の苦しみの記憶に耐えられないのならばそれもまた救いなのか…………ラハブ、そなたはなぜ黙っている? こういうときに一番饒舌なのはそなたかと思っていたが」
アーサーの言葉に、黙ったまま虚空を見つめていたアドムが立ち上がる。
彼もまた納得がいっていないのだろう。かつてキョースケの裏切りに誰よりも怒り、ハイドの自己犠牲を誰よりも嫌ったアドム。対して百年前、未来の自分とセシリアの生の可能性を誰よりも信じたナジフ。
人の本質を見抜くことに長けた、達観しながらも情熱を持った「老」の器。グラナートの所持者。
「…………カクジツセーは無いが、希望はあるぞ」
「どういうことだ、アドム! 姉さんを救えるってのか!?」
「カクジツセーは無いと言っただろう。だがアメテュスト、かつての自分……セオドアに感謝するんだな」
「それって」
アドムはゆっくりとダイニングの壁に手を添える。
「………………電池なら、でかいのがあるだろう」
ヴァイスヴァルト。
百年前、セオドアたち四人が暮らした家。今、テオドールたちが暮らしている家。
セオドアが自らの全ての魔力を注いだ家。
「旦那、この家のことを調べていただろう。随分前、それこそザフィーアが堅物ムヒョージョーだった頃だから忘れているかもしれんが」
「か、堅物無表情」
「そういえばこの家について調べたね。確か前領主はこの場所を認識していなくて、旧文明式の建築様式で、電気が通っていなくて…………まさか」
エドゥアルトが目を見開く。アドムがにやりと笑った。
「そう、この家のエネルギー源は電気ではない。魔法だ」
「じゃ、じゃあ」
「もちろん家は生き物ではない。だから器にはできん。だが、この家の魔力を『生』に変換し、全てセシリアの復活に注ぎ込めば…………最低限の記憶の犠牲で済むかもしれんぞ。なんせセオドア一人の命丸ごと分のエネルギーだからな」
もしも、犠牲がセシリアの記憶……孤独な百年の記憶やこの数日の記憶だけで済むのならば。それは決して小さな犠牲とは言えないが、赤ん坊からのスタートと再びの孤独よりはよほど良い。
「これは賭けだ。ミライへの賭け……カコよりミライに託すんだろ、アメテュスト」
「! ……おう」
一行に再び希望の火が灯る。
「でも、どっちにせよ記憶が消えるならニコラとの記憶も……」
「……それは、良いんだ。俺だって彼女に再会するまで忘れてしまっていたんだから。今度こそ俺が覚えてる。それよりも魔女でもツィトリンの所持者でもなくなった彼女に好きになってもらえるように頑張るよ」
「かっこいいよニコラウス! よし、そうと決まれば僕とニコラウスでこの家が出力できる最大魔力を計算しよう! あと、どれくらいの魔力が必要かっていうのもね!」
キョースケの言葉にニコラウスが頷く。
ここからは、セシリアが準備をしている間にこの家を守ると共に、こちらも彼女を救うための賭けの準備をしなければならない。
「キョースケとニコラで出力計算、その間に俺はこの家の魔力を使えるように練習しておこう。百年前の記憶だから時間がかかりそうだが……」
「オレとアドムも手伝うよ、テオドール。アリリオに魔力の使い方を教えてもらおう」
「うむ。良かったな皇子、石のままでも役に立てるぞ」
『任せてください! どーんとしてばーんですよ!』
「人選ミスじゃね?」
「あはは、じゃあ僕と殿下でこの森の入り口を守ろう」
「任せよ。帝国騎士団など皆余の部下だ、余より弱い」
まるでこの時を待っていたかのように、それぞれがそれぞれの役割にぴたりとはまっていく。
帝国と姉を守る戦いが、幕を開ける。




