第67話 守りきれ
突然の皇太子の訪問、そして首都の危機的状況。何もかもが突然で頭が追いつかない中、一行は遠くにいる協力者たちにも状況を説明するべくダイニングに集まっていた。
「で、セシリアは百年前に計画の犠牲になった親友と弟のためにずっと頑張ってて、でもフラビオ皇帝はずっと俺たちのことを監視してて」
「……簡単に言うと、今首都で起こっている異常事態は旧文明最後の皇帝が引き起こしたもので、今まで厄災の元凶とされていた魔女はその旧皇帝によって生の苦しみを溜め込む器とされた存在だったってことですね。そして厄災はその苦しみの放出と旧皇家からの魔宝石奪還によって起こっていたんです」
テオドールとの出会いから始まったニコラウスの話は脱線に脱線を重ね、いかにセシリアが頑張って百年間を耐えてきたのかというこれまた長くなりそうな予感がしたところでキョースケが要約してくれた。
緊急事態とはいえ、相変わらず頭が良いはずなのにポンコツなニコラウスと最年少にして冷静なキョースケの様子は場を和ませた。
「今しがた伊藤恭介が言った通り、旧皇帝によって首都は混乱状態だ。余とヴァイスヴァルトの者どもはセシリア殿の準備ができ次第首都に突入する。ここからは耐久戦になる。そなたらはそれぞれの地区を全力で守りきれ……これは皇太子命令だ」
アーサーの声が重々しく聞こえる。それは黄金の蝶を通して帝国全ての地区にいる協力者たちへと伝わった。
ネイプルのジェンティア、ハーグリアのジキル、ヒノモトのトクガワ伯爵、アラブリアのムハンマド公爵。イグリシアにはアーラファミリーの支部が向かう予定だ。
セシリアの準備ができたら、テオドールたちは皇宮に乗り込む。そして、フラビオと正面衝突することになるのだ。セシリアは「五日待って」と言った。この五日間で帝国を守りきらなければならない。
アーサーはテオドールに目をやった。どうやら何か言えとのことらしい。
皇太子の後に続いて言うのは恐れ多いが、テオドールは深呼吸をして姉の生み出した蝶を真っ直ぐ見つめた。
目の前にジェンティアたちがいるわけではない。が、テオドールの宝石眼にはこれまでの旅で出会った彼らの顔が映っている気がした。
「…………俺からも。その、巻き込んですまない。百年前のユートピア計画の犠牲者として、魔女の弟として……リーフェンシュタール公爵家の次男として、このラーマ帝国をフラビオの思い通りにはさせたくない。どうか、協力してくれ」
この誠意が、伝わるように。
テオドールが彼らと出会ったラーマ帝国をフラビオの自分勝手なユートピアのために壊させはしない。
『……ええ。このジェンティア、アーラファミリーボス・コルラードの娘として、そしてテオさんたちの友人として、必ずやネイプルとイグリシアを守り抜きましょう。巻き込まれ上等です! むしろ積極的に巻き込んでくださいよ!』
『同じく、ロルバッハ元公爵家として、帝国の太陽に忠誠を。そして義息子に贖罪を。ハーグリアはお任せください』
『殿下の御心のままに。リーフェンシュタール公爵、どうか安心なさってください。ヒノモトはお守りいたします』
『アラブリアには旧皇帝の手先など一歩も踏み入れさせません。殿下、テオドール様、皆様……何よりもラハブ様、貴方に誓って』
蝶を通じて、頼もしい声が聞こえる。そして、隣からも。
「テオ、俺たちもいるから大丈夫だよ。頭脳戦なら任せて! キョースケと一緒にフラビオの進軍ルートを予測するよ」
「うん。ニコラウスと僕でここの防衛作戦を立てるから……テオドール、僕を信じて」
『俺は今は石ですが、フラビオはきっと俺がここにいるって知らないはずです! 油断させられるはずですよ!』
「勝てるよ、僕らなら。リーフェンシュタール一同全力を尽くそう」
「……もうむざむざと殺されはしないし、殺させないよ。食事も、任せてくれ」
「百年かかったが、あやつにぎゃふんと言わせてやらんとな」
「そうよ、テオ。貴方が生きる幸せな世界をあいつの思い通りにはさせないわ」
ニコラウス、キョースケ、アリリオ、エドゥアルト、ハイド、アドム、セシリア。
百年前のセオドアと今のテオドールの、この身よりも大切な仲間。呪われていると孤独にいたテオドールを光に連れ出してくれた、テオドールが光に連れ出した、共に真実を追い、真実を掴み、苦しみも、悲しみも、幸せも、全部共有した仲間で、家族で、友達だ。
「……っし、やろうぜ、ここは殿下の帝国で、俺らの家だ」
今ここに、戦いが宣言される。
家を、家族を、友達を、自分が自分で居られる場所を守るために。
勇ましい声が上がり、冬を目前にしたヴァイスヴァルトも熱気に包まれる。
通信が途絶えて、テオドールはほっと息をついた。各々守るものがあるのは当たり前だが、その中に自分たちが入っているのがこの上なく嬉しかった。そして自分にも、こんなに守るものがある。
丁度一年近く前、ニコラウスとこの森で出会った時。「呪われた魔女」と呼ばれ追われていた頃のテオドールは想像していなかった。自分が、温かな場所で生きていけるなんて。
人の苦しみは四つある。病、老い、死……そして、生。そう、生きている限りつきまとうこの苦しみはもはや呪いの一種である。
では、それがなければ? あるいはそれを苦しみとして感じなければ? それこそまさに、人類の求める理想郷なのかもしれない。
それでも、その理想郷は本当に人が人らしく生きていける場所ではない。光があれば必ず影が生まれるように、影のあるところには必ず光がある。光だけの世界なんてないのだ。あったとしても、それはただ一人のための箱庭だろう。
人は苦しみを伴って生きるから、他人を大切にできるのだ。テオドールはそういう人の温もりが好きで……この旅で、その温もりに触れてきた。
装置として何の苦しみもなく生きるより、自分らしく泥臭い生のほうがずっといい。
……これもまた、綺麗事なのかもしれない。でも、この仲間と共に信じる綺麗事ならテオドールも、捻くれていたセオドアも、愛せる気がしたのだ。
一人想いを馳せるテオドールの時間は、アーサーのひと言によって破られた。
「時にニコラスよ、そなたまだ自分のことを話していないのか」
なんでもないような顔で、アーサーはニコラウスを見る。
眼鏡のレンズ越しにニコラウスの目がこれでもかというほど泳いでいるのをテオドールたちは見逃さなかった。
「で、殿下? 一体全体何のことやら……」
「…………おい、お前なんか隠してるなニコラ」
「……この戦いが終わったら言うね、とか言ったらフラグ?」
「当たり前だ! 吐け!」
「大事なことだったらできたての熱い料理を口に突っ込むよ、ニコラウス」
さらりと脅迫するハイドにニコラウスは観念したように口を開いた。
思い返せばテオドールがニコラウスについて知っていることなんて、セシリアを追って旧文明の研究に時間を捧げ、帝国学校を卒業した頭が良いようで頭の悪い天才だということくらいだ。あとはいつも明るくて、意外と臆病で……。
以前ニコラウスは、テオドールが「セオドア」に飲み込まれることを恐れて名前について隠していたことを教えてくれた。テオドールもセオドアも同じ意味の名前で、言語による発音の違いであると。
その時は「こいつも怖かったんだな」と納得したテオドールだったが、今回はどうも個人的な隠し事であるようだ。何よりアーサーが知っていてテオドールが知らないのは納得がいかない。
「…………あの、さ、俺、その…………殿下の異母弟………………なんだよねえ」
「「「は?」」」
「本名はニコラス・ロイ・ラーマになるのかな、あはは……」
ニコラウスは眼鏡を外して笑った。
琥珀色の瞳で。




