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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
黄水晶の章
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第66話 太陽

 ハイドの作ってくれた料理を食べ、セシリアの部屋を用意し、アリリオの身体……連絡石を一応磨いて、テオドールたちは眠りについた。

 以前見つけた「我が姉へ」とだけ書かれた旧イグリシア語の手紙は自分自身が書いたものだったのだな、とか、自分を殺そうとした義母から逃げてこの家にたどり着いたのはやはり必然だったのだな、とか。色々と考えているうちに意識は遠のき、気づけばもうすっかり高くなった太陽が部屋を照らしていた。


「やべ、寝すぎた」


 テオドールは飛び上がる。朝食を逃すわけにはいかない。ハイドのことだ、残しておいてくれているだろう。だができるなら一番美味しいときに食べたいのだ。

 百年前に時々あったようにちゃっかり姉が食べている可能性に恐れながら、テオドールは階段を降りた。


「……ん?」


 やけに静かだ。


 眠い目をこすって、テオドールはダイニングを覗く。

 いつも通り……というわけでもないが、ニコラウスがいて、アリリオ――今は石だが――がいて、ハイドがいて、アドムがいて、キョースケがいて、昨日合流したセシリアはまだ起きていないようだが、なぜかエドゥアルトがいて、その隣に…………。


「……義兄上? 誰だ、それ」

「余の顔を知らぬかテオドール、リーフェンシュタールの次男よ。幼い頃に一度だけ顔を合わせたことがあるはずだがな」

「覚えていないかいテオ、この御方こそアーサー・ロイ・ラーマ殿下だよ」

「………………でん、か?」


 さあっと血の気が引く感覚。

 皆気まずそうに目を逸らしている。ハイドが震えながら紅茶を出す音だけが部屋に響く。

 アーサー・ロイ・ラーマ。帝国の第一皇子がなぜここに? いや、確かに義兄は連絡すると言っていたが。テオドールの困惑はますます大変なことになる。

 軍服を着こなした、金の髪に琥珀色の瞳。白銀の旧皇帝とは正反対の、太陽のような男。


「で、ででで殿下こちら帝国最高級の紅茶ですミルクと砂糖は入れられますか入れられますよね申し訳ございません」


 ハイドは一息で言い切った。無理やり笑顔を張り付けているようだが目が笑っていないし口元が完全に引きつっている。可哀想に、とテオドールは同情のまなざしを向けながらも背後から来る厄災の気配にそれどころではないのだった。


「テオー! おはよう、姉さんが起きてきたわよ! 私のこと忘れてないわよね? 皆も、おはよう。どうしたのそんなに変な空気出して?」

「よし、姉さんは一旦部屋に戻れ。ハイドは落ち着け。義兄上、話がある」

「オレはとても落ち着いているよテオドール」

「……おいアドム、笑ってないでこいつを連れて行け」


 尋常でなく緊張しているハイドを見ながらずっと肩を震わせているアドムを睨む。このラハブ様は一人だけどうしてそんなに呑気なんだと呆れながら、テオドールはアーサーの前に膝をついた。


「失礼しました第一皇子殿下。わざわざこのようなところに足を運んでいただき」

「よい、かしこまるな。余は現在、あくまで一般人としてここに訪れている。護衛の者もいない。そなたの姉君も呼んでくると良い」

「……えっ、いえ、姉は少し頭が弱いので……」

「テオ? 聞こえてるわよ?」


 黄金の蝶が舞い、セシリアが現れる。あんたさっきまでここにいただろ、と突っ込む間もなく彼女はアーサーに向かって話しだした。


「魔女らしく登場し直してみたけれど……どうかしら、殿下?」

「……そなたが魔女か」


 終わりだ。文明が終わる。少なくとも今テオドールの胃が終わった。

 テオドールは頭を抱える。ついにハイドが倒れた。アドムは相変わらず笑っている。

 アーサーとセシリアはしばらく見つめあう。先に立ち上がったのはアーサーだった。


「まずは急な訪問を謝罪しよう。余はエドゥアルトからそなたらの話を聞き、そのうえで帝国の現状を伝えに来た。魔女殿にもぜひ相席していただきたい」

「いいわよ」

「軽! 姉さんも殿下もそれで良いのか⁉」

「だってこの人はフラビオじゃないもの」

「あんたの世界は『フラビオかフラビオじゃないか』の二択なのか⁉」

「失礼ね、『フラビオかテオかそれ以外か』よ」

「ねえセシリア俺は?」


 初恋相手に「それ以外」として扱われているニコラウスを不憫に思いつつも、とりあえずテオドールは席についた。そして現実逃避をするように意識を飛ばしたハイドを叩き起こして、笑っているアドムの足を軽く蹴る。


「ぷぷ、ぷ……ああ、笑わせてもらった。それで、殿下は何用で来た?」

「そこまで面白かったかラハブ……まあよい、そなたのこともよく知っている。ムハンマドの信仰対象だろう」

「うむ、苦しゅうないぞ」

「アドムお前一回黙っててくんね?」

「…………で、ででで殿下のおっしゃる帝国の現状というのはどうなっているのですか一刻を争う事態なんでしょうか」

「そなたも落ち着け、ハイド・ロルバッハ。余は『ででで殿下』ではない」

「よし、ハイドも黙ろうか。殿下、俺が伺います。帝国の現状というのは……?」


 テオドールが放心状態のハイドと「ででで殿下」にまた笑い出したアドムを隅に追いやる。ついでに隙あらば魔女ムーブをかましだすセシリアも追いやった。

 どうして旧文明の十何年と新文明の十七年を生きたはずの人間よりも、十歳のキョースケのほうがしっかりしているのだろうか。


「はははっ、テオドール。そなたの仲間というのはなかなかに面白い。良いではないか」

「いえ……あの、本題……」

「ああ、すまぬ。帝国の現状だったな。はっきり言って……絶望的だ」


 その言葉に、笑っていたアドムにも流石に緊張感が走った、


「……絶望的、というのは」

「昨日、そなたらは魔女殿を伴って雪山から帰還したな。その時にアリリオ・ビディエーリャ……旧皇帝の末裔の身体が旧皇帝に奪われた。そして旧皇帝は首都に現れ、陛下に何やら魔法をかけたのだ」


 陛下……というと、現皇帝だ。アーサーの父にしてこの帝国の支配者。フラビオがその皇帝に魔法をかけたなんて、悪い予感しかしない。


「その後、皇宮の者は使用人に至るまで皆様子がおかしくなった。口を開けば『ユートピア』だとか『永遠』だとか……余はなんとか正気を保ったが、あの白銀の旧皇帝は陛下を唆し、皇宮に結界を張り、余と数少ない正気の者を弾き出した。そこにエドゥアルトからの連絡が来たのだ」

「…………あいつ、やりやがったな」

「予想以上ね。でもセオたちを蘇らせたり厄災によって力を何度か失っていた私と違って、あれは百年間ずっと魔力を溜めていたのだからやりかねないわ。外堀から埋めていくつもりなのでしょう」


 セシリアがため息をつく。


「プレンシアはまだ問題無いが、ここも首都に近い。帝国騎士が洗脳された以上その力を持ってそなたらを狙う可能性もあるな」

「……くそ、どうすれば……」


 一般人を巻き込むわけにはいかないし、かといってやすやすとこの身を渡すわけにもいかない。そうなれば百年前の再演だ。まさにフラビオの思い通りになってしまう。


「でも殿下安心して……ここは安全よ。私の弟の力が、ここを守っているもの。まずはここを拠点にして、作戦を立てましょう。ほかに動けそうな勢力は無いの? 首都外の人ならかろうじて大丈夫なんじゃない?」

「首都外……ジェンティに連絡してみるか。あとはジキルだな」

「そう言うと思って、ジキルとジェンティア嬢、ムハンマド卿、トクガワ伯爵にはすぐに連絡したよ。ジキルはハーグリア、ジェンティア嬢はネイプル、トクガワ伯爵はヒノモト、ムハンマド卿はアラブリアを守ってくれるはずだ。プレンシアはリーフェンシュタールが守ろう」


 一時的にではあるが対応がされていることにテオドールはほっとする。セシリアが黄金の蝶を五匹生み出して、窓から放った。


「これで連絡石がなくてもその人たちと連絡がとれるわ。あとは……そうね、この家の防御力も少し上げておきましょう」


 着々と対フラビオへの準備が進もうとしている。昨日の今日でまさか皇太子がヴァイスヴァルトに来訪し、首都ではアリリオの身体を使ったフラビオが予想の斜め上を行く暴れ方をしているとは。テオドールは追いつけないような気持ちだったが、それでも進まなければならないようだ。

 ニコラウスも、キョースケも、ハイドも、おそらく石の中のアリリオも不安だろう。アドムはよくわからないが。

 とにかく、セシリアがいればある程度の対応はできるはずだ。


「ありがとな姉さん、でもそんなに力使って平気か?」

「そうね、平気かどうかと言われると……微妙なところ。フラビオに対抗するためには少し時間が必要だわ。だから貴方たちには時間稼ぎをしてほしいの」


 貴方もよ、殿下。とセシリアが微笑んだ。

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