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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
黄水晶の章
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第58話 欠けていたもの

 雪山行きに備えて、一行は荷物の整理をしていた。テオドールはエドゥアルトにもらった防寒具を詰めている。

 それから、今まで色々なことを書いてきたノートだ。もし何もかも忘れてしまっても、このノートを見て目的が思い出せるように。見開きのページに書かれた『ハイドを連れ戻す』という文字の横には、『達成』と追加してあった。


「いっぱい書いたな。セオドア、デイヴィッド、ナジフ、セシリアの名前も書いてあるし……まさか全部繋がるなんて」


 自身の宝石眼から始まった旅。それが同じ境遇の人間を救うための旅になり、失った仲間を取り戻す旅になり、百年越しの真実の究明となり、そして今、敵だと思っていた魔女を救い出し、自身の過去を取り戻そうとしている。

 なんとなく、居ても立ってもいられなくなってテオドールは外へ出た。


 ハイドが干してくれた洗濯物が風になびいている。森の香りと……そこに現れる、少女の影。

 テオドールは振り返らないまま声をかけた。


「あんただろ、ツィトリン」

「……」


 いつもそうだ。こうして三回目の出現。おそらくまた、テオドールは彼女と出会ったことを忘れる。しかしこうして彼女がそばにいる間だけ、彼女と以前出会った時の記憶を思い出せるのだ。


「…………ナジフがあんな手記を残していたなんて、予想外だわ。よくフラビオに破られなかったわね」

「屋根裏にフェイクまで施してたからな、さすがアドムってところだ」

「……そうね。でも私はちょっと悔しいわ。だって貴方たち……行くんでしょう、あの場所に」

「なんだよ、来てほしくねえのか? 俺らに会いたくないって?」

「そんなわけない! そんなわけはない、けど……」


 彼女……セシリアの声は、三度の出会いの中で一番感情的で、悲しい声をしていた。


「……言ったでしょう。貴方たちが幸せな世界で生きられるように、私一人でも準備できるって。だって、百年は一人でできたのよ。これからだってできるわ」

「俺はそれでも、ちゃんとあんたに会いたい。今ここにいるあんたは何者なんだ? 本人なのか? それとも」

「…………ええ、私は『セシリア』よ。でも、不完全な存在。私は砕けた宝石の一部でしかないの。そして、貴方の一部もあの雪山にある。ナジフのも、ね。デイヴィッドの一部は彼を助けるのに少しだけ使ったの……でもそれが、貴方たちを導くことになるなんて。本意じゃなかったのよ、貴方たちが宝石眼のことを調べだしたのも、宝石眼を集めだしたのも……ニコラが私を覚えていて、探しだしたことも。しかもここまで辿り着くなんて。すごいのね、セオ」

「俺じゃねえよ。あいつらがいたからできたことだ。魔女たるあんたでも予想できなかったことができちまうなんて、俺らもびっくりだよ」


 セシリアに背を向けたまま、テオドールはそう言って笑った。セシリアも少しだけ笑ってくれた気がした。


「ねえ、でも、思い出さなくても良いことだってあるのよ。デイヴィッドだってそうだったでしょう? 今はあくまでも第三者視点で見ているから好奇心が勝つかもしれないけれど、当事者となった時……貴方は、耐えられる?」


 耐えられる?

 その答えはとっくに出ている。愚問というものだ。耐えられるかどうか、じゃない。耐えてみせる。それがテオドールの答えで、皆の答えだ。


「耐えるよ、だから」


 テオドールが振り向く。

 その瞬間、ついにセシリアの黄金の瞳と目が合った。彼女がいつもつけている仮面は、半分割れていたのだ。そこから覗く彼女の顔の半分は、テオドールが嫌というほど見慣れた顔…………己と、ほとんど同じ顔だった。


「!」

「…………おやすみなさい、セオ。次は雪山で会えるように……私も少しだけ、手伝うわ」


 テオドールの頭に、電撃のようなものが走る。

 セシリア、セオドア、そして、ケインズ家の最後の双子。

 テオドールがセオドア自身なら、セシリアは……。


「……っ」


 意識が遠のいていく。黄金の温かな光に包まれて、気がつけばテオドールは自室にいた。


 理由もわからず流れてくる涙に、テオドールは困惑する。

 まただ、また何か大切なことを忘れている気がする。


「テオドール?」

「わっ」


 ぼうっとしているテオドールに声をかけたのはハイドだった。その手にはほうきとちりとりが握られている。


「……何してんだ、お前」

「掃除だよ。やることが終わったから、とりあえず家の中を綺麗にしようと思って」

「なんか、すっげえハイドって感じだな」

「君は? どうしたんだ? もしかして……泣いて」


 ハイドはテオドールの涙の跡に気づいて、そのザフィーアの瞳を丸くする。慌ててほうきとちりとりを隅にやって彼はしゃがんだ。


「ど、どうしたんだ? 本当は怖いのか? 大丈夫だよ、無理をしなくても……」

「違う違う、何かわかんねえけど……うたたねしてたみたいで、変な夢を見てたっぽいんだ」


 そう言って笑うが、ハイドはまだ心配そうな顔をしている。というか、疑っている。


「……本当に? 何か隠しているんじゃ」

「お前じゃねえんだから。つーか、体調は? 大丈夫なのか?」

「ああ。まだ完全に安定してはいないが、なんだか落ち着かなくて。ここにいなかった時間を少しでも取り戻したいんだ」


 ハイドが懐かしむようなまなざしで、部屋を見渡す。

 この家は、旧文明時代に四人が共同生活をしていた場所でもあったらしい。ナジフの日記にも書いてあった……セオドアが、デイヴィッドが、死んだ場所でもある。そう思うと、義母を殺しかけたテオドールがリーフェンシュタール邸からここに辿り着いたのは必然だったのかもしれない。

 運命……なんて、柄にもない言葉だったが、それが一番合っている気がした。


「お前はさ、記憶、取り戻して怖くなかったか?」

「なんだ、やっぱり怖いんじゃないか」

「違うっつーの。お前を心配してんの」

「そういうことにしておこう……そうだな、怖かったよ。どちらが自分なんだろうかと思った。でも、結局は全部オレだったから。一度死んだという事実にはぞっとしたが、まあ、でもよく考えれば二度死んだようなものだしな」

「二度と言うんじゃねえぞそれ」


 テオドールが睨むと、ハイドは微笑んだ。


「ごめん」

「ったくよ、俺らがどれだけ心配したか」


 もう少し文句を言いたかったが、やめにした。

 このあと、テオドールだって皆に心配をかけるようなことになるかもしれない。その時に同じことを言われるのはごめんだ。


「…………とにかく、テオドールなら大丈夫だと思う。アドムも言っていたよ。テオドールはオレがいなくなってからも、過去じゃなくて未来を見ていたと」

「あいつはなんだかんだ引きずってたからな。あいつだけじゃねえけど。だから俺が前向くしかなかったんだよ」

「ふふ、強いな、テオドールは」


 強い。そうだ、この旅がテオドールを強くしてくれた。何があっても前を向ける強さ。人の優しさを信じることができる強さ。誰かに、助けを求める強さ。

 これを教えてやらなければならない誰かの存在を、少しだけ記憶の片隅に思い出したような気がする。その人は黄金の瞳をしていた。


「そうだ、ハイド。俺お前に言ってないことあったんだ」

「?」

「誘ってくれてありがとうって言ったろ、お前。こっちこそ……仲間に、友達になってくれてありがとう。そんで、また戻ってきてくれてありがとう」


 よし、と気合を入れてテオドールは立ち上がった。

 ハイドがぱちぱちと数回まばたきをして、心の底から嬉しそうに笑う。


「オレももう一回言おうかな。ありがとうテオドール、またオレと出会ってくれて」

「ん、どういたしまして」


 ありがとう。その言葉を、直接言える。

 他の皆にも伝えたかったが、きっと今更どうしたんだと笑われるだろう。特にアドム。「フラグか?」とまで言ってきそうだ。


 できることなら、呪いの解けた普通の瞳で笑い合いたい。だから、今はまだ皆に感謝を伝えるなんて照れくさい真似はしないのだ。それにもう一人感謝をしなければならない人がいる。

 ツィトリンの所持者を、見つけなければ。その人に会ってこそ、テオドールという存在が完成する気がした。

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