第56話 光
「じゃあ、今は身体に異常は無し、呪いも大丈夫そう、ってことだな?」
テオドールはハイドに布団をかけ直しながらそう尋ねた。
「うん。身体のことは多分セシリアが助けてくれたときに、オレの身体を蝕んでいた呪いも消してくれたんだと思う」
「そっか。なら、良かった」
「これでおれがおまえの身体のことを隠すために色々ごまかすヒツヨウもなくなったわけか」
「そうだな。ありがとうアドム。あの時も……わがままを、聞いてくれて」
「ふん、あの船の上でその言葉は聞いた。もうおなかいっぱいだぞ」
アドムがふいと背を向ける。が、テオドールはアドムがどれほどハイドを心配し、船でのことを後悔していたかをよく知っていたので、その隠すような様子に苦笑いした。
「で、あのナジフの手記の話は真実なのか? ああ、覚えてる限りでいいけどさ」
「覚えているよ。あれはまさに百年前に起こった出来事だ。オレが死んだ後にセシリアとナジフがあんな約束をしていたなんて驚きだが……結局、今のオレは何なんだ? セシリアが復活させた……にしては、ハイドとして生きた時間が長いような気がするが」
「それに関しては俺が説明するよ! 翻訳ミスの挽回をさせて!」
ニコラウスが涙に汚れた眼鏡を拭きながら、鼻声でそう言った。
「キョースケが翻訳してくれたナジフの手記と、テオと俺で行った図書館で手に入れた情報を合わせると全貌が見えてくる。ざっくり言うと、セシリアはあの後宝石……あれが魔宝石の正体だろうけど、そうなって『銀の悪魔』に奪われた三人を取り戻して、『生』の力を入れるなり何なりしたんじゃないかな? それが十七年前。で、一回宝石になっちゃってるから、その肉体は赤ん坊としてこの新文明で再生した。で、最初はあったセシリアあるいは魔宝石由来の魔力が細胞分裂のサイクルでどんどん無くなって、一部が目として残った。かつての三人は目から宝石になっていって、復活してからは目だけが宝石ってことさ。やっぱり目は魔力を溜め込みやすいってことだね」
「じゃあ、呪いというのは……」
「……これは俺の仮説だけど、まだテオたちの身体は『ユートピア計画』の器、魔宝石として機能してるんじゃないかな? セシリアもそれをわかっていて……だから、せめて溜め込んでしまうその苦しみを自身を守るための防御力として発動できるようにした。どう?」
だとしたら、ヨシダが宝石眼を見て「単なる魔宝石とは異なる、追加条件がある」と言ったのも頷ける。そして、過去にアドムが言っていたように宝石眼が加護のような性質を帯びているという理由も。
全てはセシリアの、「生」の願いだったのだ。
「セシリアが旧文明も壊したなら、あんだけ敵だと思ってた『魔女』と追っかけてた『ツィトリンの所持者』は同一人物だったことになるな」
「……そして、銀の悪魔というのが俺の先祖……『フラビオ皇帝』だったんですね」
アリリオがうつむく。
「アリリオ……」
「ああ、もう! なんだか腹が立ちます! おのれ先祖、旧文明時代の皇帝の末裔ですってドヤ顔で自己紹介したのが恥ずかしいです! 俺まで同じだと思われたら嫌ですよ!」
悲しんだり、絶望したりするのではなく、ぽこぽこと怒るアリリオにテオドールはほっとした。ハイドもその様子を見て微笑む。
「アリリオ、君は君なんだ。気にしなくて良いと思うよ」
「は、ハイドぉ……」
「美味しいもの、食べよう。久しぶりにキッチンを使わせてもらおうかな」
「無理すんなよ」
「わかってるよ」
ハイドが立ち上がり、キッチンに向かう。その後ろをキョースケがついて行ったので、結局皆でぞろぞろとキッチンへと向かうことになったのだった。
「にしても、俺とハイドとアドムが百年前から友達だったなんてな。なんだか変な気分」
「最初の君たち、まるでオレに興味無かったしセオドアに至っては敵意剥き出しだったけどな」
「覚えてねえ! というか思い出したくないかもしんねえ!」
「ぷくく、おれは思い出すのが楽しみになってきたぞ。ナジフの生まれ変わりなどモーソーだと思っていたが、まさか本当どころかドーイツジンブツだとはな。さながら昨日の自分と今日の自分のようなものか」
昨日の自分と今日の自分。「セオドア」はテオドールにとって全く記憶の無い見知らぬ存在だと思っていたが、そう言われるとすんなりと納得できる気がする。
現に、ニコラウスに出会う前のテオドールと今のテオドールは違う。かつてのテオドールが、こんなに賑やかな友人と生活することになるなんて考えていただろうか? 義兄という家族を取り戻せると思ったことがあっただろうか?
人生予想できないことばかりだな、とテオドールは思った。というか、最近はそう思ってばかりだ。
「ほら、火を使うから皆離れて……キョースケも」
「僕手伝うから! 何すれば良い?」
「そうだな……じゃあ、これを切っておいてほしいな」
「まかせて! いくらでも切るから!」
「あんまり細かくすんじゃねえぞ」
テオドールが茶々を入れると、キョースケは「わかってるよ!」と言って包丁を握った。その小さな手に握られる刃物が復讐の刃ではなく、ただ皆で食べる美味しいものを作るための道具であることが嬉しかった。
「一区切りついた感じだが……俺らのやることはあんま変わんねえな。『魔女』を倒すってのはなくなったが、『悪魔』がどうなってんのか……ツィトリンの所持者? 魔女? がなかなか姿を現さないってことはどっかで悪魔と戦ってる可能性があるわけで、だったら悪魔は生きてるかもしんねえし」
「そうだね。じゃ、ここからはドキドキ! 俺の初恋大作戦! ってことで」
「ふざけた眼鏡ですねえ本当に」
やれやれとアリリオが肩をすくめる。
キッチンではハイドが何やら煮込む音と、キョースケのリズミカルな包丁の音が響く。
「メガネの動機も悪くはないと思うぞ。結局この旅は宝石眼が生まれた最初からアイで始まってるんだ」
「そう! それ!」
「ふふ、そうかもな」
ハイドが温かい即席スープを皆の前に置いた。ミルクの優しい香り、キョースケが切った少しだけ不格好な野菜。久しぶりに食べるハイドの料理にまた涙が出そうになる。
「……やっぱかなわねえよな、ハイドの料理には」
「そりゃそうだよ! ハイドだよ! 僕のハイド!」
「キョースケのではなくない?」
「俺も頑張ったんですけどね。聞いてくださいよ! 最初俺、キッチン散乱させちゃって」
「もうあのしょっぱすぎる飯はごめんだぞ、皇子」
「ふふ、オレのいない間に随分色々なことがあったみたいだ」
ハイドも椅子に座り、湯気の立つスープを前にして皆の顔を見る。
「聞かせてくれるか、オレがいない間の皆のこと」
ハイドが海の底へと沈んでいった、あの後のこと。
しばらくずっと引きずって、バラバラになりそうになって、それでも必死に留まって、ヒノモトに行って、キョースケの故郷でキョースケの家族に会って、ヨシダという旧文明時代から生きる老人と話をして……これは言ってもいいのかわからないが、爵位を返還したジキルに会って、彼はすっかりおとなしくなっていて、ハイドも生きているかもしれないと教えてくれて、そうしてジェンティアから宝石眼所持者が見つかったと聞いて、「デイヴィッド」を見つけた。
「……明日の朝までかかるぜ?」
「要約って知ってるか?」
「あはは! でもハイド、本当に話したいことがたくさんあるんだよ」
「話してたらまた泣きそうです……」
「僕も……」
「湿っぽくなるならいい、面白いところだけ教えてくれ」
ハイドがいなかった日々を、ハイドも交えてこうして穏やかな気持ちで懐かしむことができる。
あまりにも贅沢で、それこそ……「幸せな思い出」の一ページにふさわしい時間だった。
読んでいただきありがとうございます!
これにて四章・青玉の章は完結です!
ハイドが帰ってきて作者としても嬉しい……ですが、本番はここからでございます! あと少し、何卒よろしくお願いいたします!
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タラノリオ(2026.8.23)




