第53話 遺産
「目の細胞の中にはね、一生入れ替わらないものがあるんだよ」
その言葉を聞いて、全身に鳥肌が立った。
目。宝石眼。旧文明産のままの細胞。
それが、宝石眼とその呪いの正体なのか。
「じゃあさ、魔女っつーのは旧文明の三人を赤ん坊にして、今の時代にタイムスリップさせたってことか? それが呪い? ああでもツィトリンは違うよな。ん? でも宝石眼はナジフも持ってたんだろ? それはなんで?」
「落ち着いて、テオ。ツィトリンの所持者が旧文明時代から生きているとしたら多分君たちの宝石眼と過去の三人の宝石眼はちょっと意味合いが違う。どちらにせよ目の細胞はその性質ゆえに魔力を溜め込みやすいっていうのは一つの理由だとは思うけどね。過去の三人はおそらく……その膨大な魔力の象徴かユートピア計画、及び魔宝石が関係しているはずだ」
ニコラウスの言葉にテオドールはその宝石眼をますます丸くした。
ともかく、これでテオドールたち現代の人間の身体が妙な旧文明の遺物を持つ理由がわかった。これは大きな、大きすぎる進歩だった。
「なんか、やっと真実に近づいた気がする……ありがとうな、ニコラ。俺、考えるのって得意じゃねえからさ。お前がいてくれて助かったよ。今だけじゃなくて、最初からだけど」
「今更どうしたの、俺はずっと俺の好奇心と初恋のために動いてるだけだよ……もちろん皆のためになりたいっていうのもあるけどね、そんなに気にしないで」
出会った時から変わらない笑顔で、ニコラウスはテオドールに笑いかける。
最初から、ニコラウスがいなければ何も始まらなかった。あの日テオドールに手を差し伸べてくれた、うさんくさい眼鏡の青年。こんな変な男だとは思わなかったが、この変な男がテオドールの世界を変えてくれた。
しかしふと、ニコラウスの表情が曇る。
「……ごめん、テオ。本当は俺、気づいてたんだ」
「…………何に?」
まさか最初からこの仮説にまでたどり着いていたとでも言うのか? バケモンじゃねえか。
……なんて、茶化せるほどニコラウスの顔は明るくなかった。テオドールは静かに、その隣でニコラウスの次の言葉を待った。
「『贈り物』を意味する旧プレンシア語の名前、『テオドール』……旧イグリシア語で、『セオドア』って発音するんだ。最初から、かつてセシリアの言っていた『セオドア』がお前のことなんじゃないかって思ってた。でも、テオにはちゃんとエドゥアルトさんって家族がいたし、何よりいろんなこと調べていくうちに怖くなって……もし、このことを言って俺の知ってる『テオ』がいなくなっちゃったらどうしようって。もうすでにハイドのことも失っていた時に、そんなことを考えちゃって。学者としても、仲間としても失格だね。テオはずっと真実を知りたがってたのに」
俺よりテオの方が学者してるかもね、とニコラウスは笑う。
ああ、知らないはずがなかったのだ。ナジフの手記も、数少ない旧文明の資料も、彼は固有名詞からその言語を翻訳していたと言っていた。ならばその名前にすぐに気づいたはずだ。聡明な彼が忘れるはずもない。
一番最初、女性と見間違えられる容姿の持ち主であるテオドールの、性別ではなく名前に反応したニコラウス。初恋の影を追って、ここまで来たニコラウス。
そして、自分の知っている「テオ」を守ろうとしてくれたニコラウス。
「ばーか、親友としては首席合格だ。まあでも一人で色々考えて大事なことを伝え忘れんのは最初からだな」
「う、最近はちゃんとしてるつもりだよ。今回だって全部話したでしょ……多分?」
「天才の頭は本当にわかんねえな。ま、いいや。話し忘れてもお前がいるんだからいくらだって聞けるだろ。帰ろうぜ」
テオドールは立ち上がった。
「ありがとな、ちゃんと俺らが本当のことを知るための準備ができるまで待っててくれてさ」
「………………うん」
学者でも、うさんくさい青年でもない、ただの親友ニコラウスもまた、テオドールの隣で歩き出した。
☆☆☆
同刻、ヴァイスヴァルトにて。
「ほほほ本当に落ちませんか!? 大丈夫ですか!?」
「アリリオは心配性だなあ、大丈夫だって」
「保険としての俺の責任が重すぎるんですよ! 助けてくださいデイヴィッド!」
「一応マットレスを用意してはいるが……本当に気をつけるんだよキョースケ君」
マットレスを広げて待機するデイヴィッドとアドム、キョースケの様子をよく見て万が一の事態に備えるアリリオ。
と、そんな心配をそっちのけにひょいひょいと屋根の上へと上がっていくキョースケ。
「えーと、この辺りだったよね」
「滑らないでくださいね、ちゃんとどこか持って……」
「あっ」
不穏な声の後、視界からキョースケの姿が消える。アリリオは真っ青になって絶叫した。
「うわああっ!? キョースケぇ!」
「キョースケ君!」
「落ち着けおまえら、ちびなら大丈夫だ」
アドムのため息のあと、こもった声が聞こえてきた。
「あったよー! 屋根裏!」
「へ?」
「…………屋根に穴があったみたいだな」
正確には穴というより隠し扉のようなものだった。まさか本当に屋根の上から入ることができるとは。一体どうしてこんなまどろっこしいことをしたのだろうか。いや、答えは明白だ。「何かを隠すため」……これに尽きるだろう。
「ちょっと待ってて! ……前に色が変わってたところ、内側からは特に何も無いね。あれはフェイク……でも実際は屋根裏があった。そうまでして隠したいものなら…………あった」
ひょっこりと屋根からキョースケが生える。その絵面に思わず皆吹き出した。
「ぷくく、ちび。おまえは煙突か?」
「ふふ、キョースケ君はすごく面白いな」
「んっふ…………早く戻ってきてください! 笑っちゃって魔法が使えませんよ!」
「はいはいっと」
キョースケはまた軽い身のこなしで屋根から降りていく。アリリオの魔法もマットレスも、今回はいらなかったようだ。
「はい」
その手には古びた冊子がある。デイヴィッドはそれを受け取ると、すぐにアドムの目を見た。
「アラブリア語……ナジフの字だ」
「ほう」
ナジフの手記。ここにもあったのかとアドムは感心する。
が、明らかにそれは今まで見てきたものとは違った。アドムの持つ原本とも、帝国学校の複製とも。
「…………ページが、破れていない」
ナジフは、この家にもう一つの原本を残していたのだ。まるで誰かに後からページを破られるのを知っていたように。
それほどまでに、「誰か」にとって不都合な真実が書かれたページがここにある。だから隠されていたのだろう。
「……デイヴィッド、読める?」
「ううん、ハーグリア語なら読めるけれど……魔法がないと読めないな」
「そっか。じゃあ僕ちょっと翻訳してみるね」
キョースケはナジフの手記を持って家の中に走っていった。
「…………キョースケ君は頑張り屋だな。あんな高いところに登って、ニコラウス君を手伝って翻訳もしてて」
デイヴィッドがキョースケの背中を見つめながらぽつりとこぼす。
その慈しむようなまなざしに、アリリオもアドムも顔を見合わせた。
「あの子にも守りたいものがあるんですよ」
「うむ。あやつはなかなかセイジツだ」
「年の割におとなびているんだな。無理はしないと良いんだが」
結局のところ、その青い瞳に宿る慈愛は変わることはないのだ。それが何よりも彼が「ハイド」であり「デイヴィッド」である証拠なのかもしれない。
未だキョースケを心配するようなデイヴィッドに、アリリオは言った。
「デイヴィッド、あの子はきっと貴方に甘えてくるでしょうから……その時は、存分に甘えさせてあげてください」
演技ではなく、心から。いつか彼の「守りたいもの」に素直な気持ちを委ねることができるように。
「うん、わかった。その時を楽しみにしているよ」
デイヴィッドはキョースケの行ったほうを見ながら、兄のような、親のような顔で笑った。




