第52話 図書館へ
次の日、朝。
「じゃ、俺は図書館に行って資料を探してくるね」
ニコラウスが嬉々として家を出る。てっきりキョースケも一緒に行くものだと思っていたのだが、彼には別でやることがあるらしい。
「前に屋根裏があるかもって話してたでしょ? 僕、屋根の外側から入れるかどうか試してみようと思って」
「屋根の外側から? 危ねえんじゃ……」
「ヒノモトには忍者もいるんだよ、僕身体能力高いし大丈夫。あと、もし落ちてもアリリオが魔法で衝撃を和らげてくれるって」
「万が一ですからね。落ちないでくださいよ?」
「わかってるって」
キョースケの身体能力の高さはテオドールもわかっているが、少し心配だ。
以前見つけたあの色の違う天井のことは結局わからずじまいで、アドムが見た通り隙間があるわけでもなければ開くような構造もしていなかった。しかしわざわざ色が変わっていたということは何かのサインだったのだろう。例えば、この家のかつての住人が屋根裏の存在を示唆していた、とか。
「俺、ニコラの資料探し手伝うよ。図書館だろ?」
「良いの? ありがとテオ。じゃ、一緒に行こっか」
ニコラウスと二人での行動は随分久しぶりだ。そしてテオドールはついに初めての図書館へと足を踏み入れることになる。
☆☆☆
「すっげえ、これが図書館……」
「前回ハイドの看病でテオとアドムは来なかったもんね。あ、アドムは寝坊か」
「本当に寝坊だったんだか知らねえけどな。あいつ今回だって『図書館』って聞いたら微妙な顔してたし」
「あはは、文字読むのが好きじゃないのかな」
見渡す限りの本、本、本……これはニコラウスがこの場所を好むのも納得だとテオドールは思う。知識欲の塊にとってはこれほど満たされる場所はない。
古いものから新しいもの、子供向けの物語から小難しい論文まで様々な本が大量にある中で、ニコラウスが真っ直ぐに向かって行ったのは「生物学」のコーナーだった。
「なんで生物学?」
「まあまあ。テオはちょっとこの辺りを探してくれない? そうだな、『サイボウ』について書いてあるものを片っ端から探してくれるとうれしいな」
「サイボウ? まあいいや、了解。ニコラは?」
「俺は向こうで目のことを調べてくる。キョースケの説を裏付けるには細胞分裂のメカニズムに加えて神経の性質の情報が必要だからね」
「おう、そうか…………んー?」
何を言っているのか全く理解できなかったが、テオドールは大人しく「サイボウ」について書かれている本を探すことにした。そもそもサイボウって何だ、と考えながら。
頭の良い人間の考えることはよくわからない。しかし、それを理解してみたいような気もする。テオドールも少しだけ勉強というものをしてみようかなと決意してみたが、それはずらりとならぶ専門用語とよくわからない写真を前にしてあっけなく崩れ去った。
「無理だろ、これ」
ぱたりと本を閉じる。テオドールはあきらめた。とにかく「サイボウ」という単語が入ったタイトルの本を探せばいいのだ。テオドールにできるのはそれだけなのだ。そう、それだけ。あとはニコラウスがやってくれる。
サイボウ、サイボウ。タイトルにその言葉がある本だけでもいくつかあった。というか、この棚にあるのはほとんどそういう本だった。いくつか持っていって、あとはニコラウスに選んでもらおう。テオドールは五冊ほど大きな机の上に置いてみた。
丁度ニコラウスも本を持って来たところだった。
「おっ、これだけあれば十分かな。ありがとうテオ。ちょっと待っててね」
「ん? まさかお前この量を今から全部読むつもりか?」
「そんなわけないでしょ。できないこともないけど、今回は一から知識が欲しいんじゃなくて、証拠を探しに来ただけなんだからさ」
ニコラウスはぺらぺらと弄ぶように本のページをめくる。紙の匂いがする。テオドールはただ隣に座って、その音を心地よく聞いていた。
それも一瞬のことだったように感じる。ニコラウスは勢いよく本を閉じ、またもう一冊の本を開いて、また閉じて別の本を開いた。
「よし、わかった。帰ろう!」
「は? 早くね?」
「大丈夫、これで自信を持って言えるよ! キョースケの説はすべての矛盾点を消すことができるってね」
「そんなに……?」
「そ! 神童って言われるだけあるね。しかも子ども特有の柔軟性を持ってる。帝国学校の同級生だったらよかったなあ。あの子ってば吸収も早くてさ、旧言語も短期間でだいたい覚えたし、翻訳スピードも申し分ない」
どうやらニコラウスはキョースケの能力を高く評価しているらしい。同志を見つけたとでもいうように生き生きとキョースケの有能さを語るその姿を、キョースケにも見せてやりたいと思う。
「ね、テオも疑問に思わなかった? 旧文明時代で赤ん坊になったなら、なんで体内魔力が無いのか。旧文明から生きてるヨシダさんには魔力が残ってたのに」
「ああ、それは確かに」
「でしょ! ああ、ここだとあまり大きな声を出せないから……外に出ようか」
ニコラウスは軽い足取りで図書館の外へと出ていく。こんなに楽しそうなニコラウスを見ているとこちらまで楽しくなってくる。不思議だ、自分の存在の根幹を揺るがすかもしれない事実を突き止めようとしているのに、楽しいと思えるなんて。
図書館の外には小さな公園がある。ニコラウスはそちらの方へ向かってテオドールを手招きした。
「こっちだよ!」
「はいよ」
言われるがままにベンチに座ると、ニコラウスは先ほどの話の続きを始めた。
「さっきの話だけど、まず細胞について説明しよっか。細胞っていうのは、人……ひいてはすべての生き物を形作る最小の単位のこと。厳密には最小なのは原子だけど……まあ便宜上最小ってことで。で、細胞ってのは常に入れ替わってるわけだ。そしてその入れ替わりのサイクルは幼いほど短い。ここまではいい?」
「おう、サイボウは生命を作る最小の要素、若いやつほどそれが入れ替わるのが早い……俺の身体もサイボウでできてるってことだな?」
「そうそう、理解が早くて助かるよ。それで、キョースケが言っていたみたいに旧文明の三人が赤ん坊になって新文明に来たなら、この時代で成長するうちに短い期間で何度も何度も細胞が入れ替わってるわけだ。で、細胞が入れ替わるってことは新しい細胞ができてるってことじゃん? それはどこから来るかっていうと……新文明だ。新文明において食べたものから新たに細胞ができる」
「…………はぇー」
新文明で育った身体だから体内魔力が無いってことか? とテオドールは尋ね返す。ニコラウスは頷いた。
「ヨシダさんは旧文明終了時点でおそらく既に成人していた。成人ってのは細胞の入れ替わりがゆっくりだからね、魔力がかろうじて残っていたんだと思う。対する三人は赤ん坊としてやり直しているからすぐに魔力が無くなっていった。でもさ、魔力ってのは本来そうそうすぐに消えていくものじゃない。ヨシダさんの魔力が百何十年経っても多少残っていたようにね。それにユートピア計画の協力者となるほどに強い魔力の持ち主だったなら、三人の魔力も何処かに僅かに残っているはずだ。例えば…………入れ替わることのない細胞、旧文明産のままの細胞とかにね」
「!」
入れ替わることのない細胞、旧文明産のままの細胞。
少なくともテオドールには、「魔力」らしき物をもつ身体の部位がある。
「目の細胞の中にはね、一生入れ替わらないものがあるんだよ」




