第50話 三度目の勧誘
「あ、おはようテオドール君…………と、えっと」
「……この眼鏡がニコラウス、銀色のがアリリオ、ちっこいのがキョースケ。で、お前が『ナジフ』って呼んだのがアドム」
「……ニコラウス君と、アリリオ君と、キョースケ君と、アドム君……うん、オレはデイヴィッド。よろしく」
次の日の朝、廊下でデイヴィッドを見つけたテオドールたちは、彼に早速仲間になってくれと交渉することにした。
デイヴィッドが何者なのか、昨日の考察だけでは全てはわからない。一度プレンシアに戻って、ニコラウスが目星をつけている情報……キョースケの説を裏付ける根拠となる知識を集め、再び組み立てなければ確定はできない。
ただ、テオドールたちにとって一つ確実なのは、デイヴィッドは敵ではないということだ。だって、笑い方があまりにもハイドによく似ている。少しだけ困ったように微笑む、あの笑い方をする人が敵であるはずがなかった。
五人でぞろぞろと取り囲むものだから、デイヴィッドは最初少し困惑しているようだった。しかし周りを見渡すと、そこには自身を懐かしそうに見る愛にも似たまなざし。彼はすぐに微笑んだ。
警戒はされなかったようだ。テオドールは一歩前に出る。
「なあ、デイヴィッド。俺たちと一緒に行かないか。その……俺たち、お前の友達に似てるんだろ。何か力になれるかもしれねえ」
「!」
デイヴィッドは驚いてザフィーアの瞳を大きく見開いた。
テオドールにとっては、「ザフィーアの所持者」を勧誘するのは三度目だ。一度目、ハイドは頷かなかったし、名前すら教えてくれなかった。「君たちと一緒に行く気は無い」と突き放すようにそう言った。それは、あまりにも不器用で下手くそな優しさだった。テオドールが彼の事情を知った二度目にやっと、彼は素直にテオドールの手を取った。
そして、今、三度目。デイヴィッドは戸惑いながらも口を開いた。
「…………いいのか? オレ、こんな……君たちにとっての過去から来たなんて、得体が知れないのに」
やはりまだ迷いはあるらしい。しかし一緒に行きたいという意思はある。それだけで、テオドールにとっては十分だ。
「だからこそ、帰る場所を探さないとだろ」
「そうそう。仲良くなりたいな、デイヴィッド」
「美味しいものを作る人に悪い人はいないんですよ」
その言葉に、デイヴィッドはほっとしたように目を細めた。
「……ありがとう。オレで良ければ、連れて行ってほしい。あ、でも……」
困った様子できょろきょろと辺りを探す。やっと何かを見つけた様子でじっと一点を見つめる彼の視線の先にはジェンティアがいた。
デイヴィッドにとって、ジェンティアは命を助けて拾ってくれた恩人だ。彼女がいなければ行くあてもなく彷徨っていたことだろう。彼がチェーロにいたのは短い期間だったが、それゆえに離れにくいのかもしれない。予想はしていたが、デイヴィッドは誠実な人だ。
しかしジェンティアはその視線に気づいて、こくりと頷いた。
「私たちのことは気にしないでください。縛り付けたくて助けたわけではありませんし、きっとデイヴィッドさんの帰る場所はテオさんたちの所です。もちろん、寂しくはなりますけれど」
ジェンティアもまた優しく強い少女だった。デイヴィッドを保護したのがジェンティアで良かったと、テオドールは心の底からそう思う。
彼女の言葉は、デイヴィッドの背中を押した。
「ジェンティア…………ありがとう」
「こちらこそです! デイヴィッドさんのおかげでチェーロの料理がとても美味しくなったんですよ。第二の家として、またいつでもここに来てくださいね」
テオさんたちもですよ! とジェンティアは笑う。
懐かしい、一番最初の旅の目的地。そして、希望に満ちた明るい家。ネイプルはもう、テオドールにとって特別な場所だった。
「ありがとな、ジェンティ。また来るからさ……次来たときは呪いが解けてるように、応援しててくれよ」
「もちろんです! アーラファミリーはいつでも皆さんを応援していますからね!」
味方がいる。それは以前も、今も、テオドールの気持ちを強くして、進む道の先を明るくしてくれた。
「プレンシアに戻るんですよね。なら、まずは朝食を食べていってください。今日はブリオッシュですよ!」
「わあ! 名前だけでお腹空いちゃいます!」
「オレも手伝うよ、ジェンティア」
「じゃあお願いします、デイヴィッドさん。皆さん、コーヒーはカプチーノかエスプレッソ、どちらがいいですか?」
賑やかなネイプルの朝。テオドールはずっと、この光景を求めていた。
ハイドの意識がデイヴィッドの中でどのようになっているのかはわからない。もしかしたら、このまま『ハイド』としての苦しかった記憶など無くしたままのほうが良いのかもしれない。
だが、それでも、テオドールはまたハイドと話をしたい。わがままなことだが、『ハイド』も『デイヴィッド』もどちらも救いたいと思うのだ。それが同一の存在であれ、転生という関係であれ、もうどちらも仲間であることに変わりはないのだから。
「オレを誘ってくれてありがとう、テオドール君」
『オレを誘ってくれてありがとう。本当はすごく嬉しかったんだ』
船の上で笑って散ろうとしたハイドの言葉が重なる。
次は、「嬉しかった」なんて過去のことにはしない。その先に「今も幸せだよ」が加わるように。「生きていて良かった」と思ってくれるように。テオドールは、今度こそ誰にも一人で苦しみを抱えさせたくないのだ。
☆☆☆
最初に訪れた時と同じように、ジェンティアはネイプルの中央駅までテオドールたちを見送ってくれた。あの時はテオドールとニコラウス、アリリオの三人だったメンバーが今となっては六人にまで増えたことにテオドールは何とも言えない達成感と幸せを感じる。
ここまで、本当に色々なことがあった。こうして懐かしい土地をまた離れるにあたって思い返してみると、よくここまで来ることができたものだと感動さえする。今いる仲間との出会い。義兄との、実家との和解。あの船の上での絶望。多くの人と会って、驚くような手がかりを掴み、そして、堪えきれない不安と悲しみも抱いた。
そして今、失ったはずのザフィーアの輝きとともに、改めて旅を始めることができる気がする。
「じゃあな、ジェンティ。また来るよ」
「色々わかったら連絡するね!」
「また会えて嬉しかったです」
「元気でな、お嬢」
「ジェンティアさん、ありがとう!」
テオドール、ニコラウス、アリリオ、アドム、キョースケが口々に別れの言葉を告げ、手を振る。
「……本当にありがとう、ジェンティア」
「いえいえ……皆さんの旅がこの先も順調に進むように、アーラファミリー一同、祈っています!」
最後にデイヴィッドもジェンティアに別れを告げ、ついにテオドールたちと共に列車に乗り込む。ジェンティアは名残惜しそうに、しかし彼が居場所を見つけたことを喜ぶように、その背中を見ていた。
機械の音と蒸気の音が響いて、列車はネイプルから離れて行く。
ジェンティアと、アリリオと、出会ったネイプル。
ニコラウスと共に水の都を見たネイプル。
ロルバッハと繋がった黒マフィアがテオドールを拉致したネイプル。
そして、デイヴィッドという希望を見つけたネイプル。
次は全てが幸せに帰着した後に、ただの観光として来ることができたら良いな。そう思いながら窓の外を見上げる。
雲一つ無い青い空が、どこまでも続いていた。




