第49話 推理
皆が待っている部屋の扉を開けたテオドールを待っていたのは、案の定ピリついた雰囲気……ではなかった。
「あ、テオおかえり。今ね、デイヴィッドについて皆で考えたんだけど見てよ!」
ニコラウスが見せてきたのはアーラファミリーに借りたらしい大きなホワイトボードだった。
ぎっしりと文字が書いてあり、ところどころ丸で囲まれた名前や言葉が線でつながっている。よほど真剣に話していたのだろう。アリリオが机に突っ伏している。
「つ、疲れました……久しぶりにこんなに頭を使った気がします。ずっとニコラに任せていましたから………………ああ、甘いものが食べたいです……」
「お疲れ様、アリリオ」
「まだ終わらんぞ。アメテュストが戻ってきたんだ。新しく考えることが増える」
もっと絶望的な雰囲気を想像していたテオドールにとってこの光景は少し意外だった。ハイドの見た目をした「デイヴィッド」について、もっと揉めるのではないかと思っていた。
ニコラウスがテオドールに笑いかける。
「……大丈夫だよ、テオ。もうハイドがいなくなったときみたいにはならない。皆強い……っていうか、強くなったからさ」
「…………そっか、そうだよな」
その言葉に安堵する。
あの時。ハイドを失った時。すべてが信じられなくなったような、先が闇に包まれたような、そんな空気だった。あの冷たい海の底に、全員囚われているようだった。
だが、今は違う。光の中にいる。あの時前を向いて掴み取ったわずかな光が、輝きを増している。テオドールが思っているよりも、ずっと。
「ねえテオドール、デイヴィッドから何か聞けた?」
キョースケがテオドールの服の裾を軽く引っぱる。テオドールはそのまま椅子に座った。
彼はナジフの手記とケインズの家に記された旧文明の人物、「デイヴィッド」その人である。そして、彼の身体は間違いなくハイドのものである。
デイヴィッドとの会話やジェンティアから得た情報をもとに、テオドールはその事実を端的に説明する。
「……デイヴィッドとハイドの関係はよくわかんねえ。ジェンティは、ハイドの身体がもともとデイヴィッドのものだったんじゃないかって言ってたけど……」
「なるほど、まあ大方予想通りだね。あんなに瓜二つで宝石眼まで一緒っていうのは偶然じゃ片付かない」
「となると、考えられるのは『ハイドの記憶が一部デイヴィッドの記憶に書き換えられている』、『ハイドの身体にデイヴィッドの魂が融合している』、そしてジェンティの言っていたように『ハイドの身体はデイヴィッドのものだった』……こんなところでしょうか」
一つずつ検証しましょう、とアリリオが言う。
まず一つ目だ。ハイドの記憶が一部デイヴィッドのものに書き換えられているならば、彼が自身の姿を見て違和感を抱かなかったのも納得するというものだ。
しかし、それに異議を唱えたのはアドムだった。
「…………そのロンリだと、習慣は『ハイド』のものだということになる。だがあやつは最初にスバニア暦を尋ねたのだろう、イワカンがあると思わないか」
「確かに、自分の顔には疑問を抱かないのに尋ねる暦はしっかり旧文明のもの……ちょっとおかしいね。一つ目は保留かな」
二つ目、ハイドの身体にデイヴィッドの魂が融合している可能性。
だがやはり、もとから別々の存在だったのなら今の身体を違和感なく受け入れているのはおかしなことだ。その他の記憶……特に自分が旧文明に生きていたこと、友人の顔と名前はしっかりと覚えているのに自分の姿を覚えていないのは無理がある。
三つ目。もともとハイドの身体はデイヴィッドの身体だったという仮説……この場合、ジェンティアが言っていたように、テオドールとアドムの身体も同じく「セオドア」と「ナジフ」の身体だった可能性が出てくる。しかし、テオドールにはテオドールとしての幼少期の記憶がある。アドムもそうだ。証人だっている。
「やっぱり、僕はテオドールとアドムが『セオドア』と『ナジフ』って呼ばれたのも気になる…………ねえ、アドムは怒るかもだけどさ」
キョースケが不安そうにアドムを見上げる。アドムはため息をついた。
「怒りはせん、否定はするかもしれんがな。それでよければ聞かせてみろ、ちび」
「…………ありがとう。あのね、ナジフがグラナートの所持者だったなら、やっぱりセオドアとデイヴィッドも宝石眼所持者だったんじゃないかなって。それから、アドムは…………ナジフの生まれ変わりって言われていたよね」
アドムの眉がぴくりと動く。
「アドムはそれを信じなかったけど、案外事実なんじゃないかな、って……」
「待ってくださいよ、生まれ変わりって別人として生きることになるわけでしょう? なら仮にデイヴィッドの生まれ変わりがハイドだったとして、『デイヴィッド』と『ハイド』の顔がそんなに同じなことあるんですか? デイヴィッドのあの様子を見るに、セオドアとナジフもテオとアドムと同じ顔なんですよね?」
アリリオの問いにキョースケは頷いた。まるでその反論をわかっていたようだ。となればキョースケはさらに反論ができるはず。
テオドールはキョースケの次の言葉を待った。
「…………もし、もしもだよ? 旧文明で、何かしら……それこそ厄災とか魔女が原因で、その人たちが赤ん坊になったとしたら? それで、魔法か何かで時を超えて、この時代で新たな人生が始まったとしたら? 肉体はそれこそ……彼らの身体、そのものじゃない? それで今、ハイドだけ衝撃でこの時代で生きた記憶を失って、代わりに過去の記憶が出てきちゃってるとか……」
それなら、全部が繋がるかなって。
キョースケはそう言ってから、呆気にとられている一行を見て気まずそうに目を逸らした。
「…………ごめん、魔法ありきで話したから、突拍子もないよね」
「いや、キョースケ。調べる価値はあるよ」
ニコラウスはホワイトボードに勢いよく何かを書き出す。その表情は生き生きとしていて、新たな発見に興奮する学者のそれだ。
「俺さ、ずっと気になってたんだ。テオもアドムも、ハイドも拾われ子だったってこと。今のキョースケの説が本当ならそれも理由がつく」
「! 確かに……」
「ほう、なかなかやるじゃないかちび」
さらに書き続けるニコラウスの横で、アリリオとアドムがキョースケを褒める。テオドールもそんな仮説は思いつかなかった。そして、忘れていた。宝石眼所持者の共通点……全員拾われ子で、公爵家とゆかりがあること。
「ああ、今すぐ調べたいことが山ほどある! キョースケの説を裏付ける文献……うう、帝国学校から人間の身体の構成に関する資料を持ってきたい! 帝国中の情報を一つで調べられる機械があればいいのに!」
「無茶言うなよ、帰ったら図書館で調べようぜ」
「そうですね、プレンシアに戻りましょう!」
ニコラウスはおそらく、キョースケの考えの根拠となる文献についていくつか心当たりがある。ならば検証される日は遠くないはずだ。
「あ、そうだ。テオ、デイヴィッドもきっと一緒に行くんだよね?」
その言葉にテオドールは不意を突かれたように動きを止めた。
先ほど、デイヴィッドと話した時にはアドムやキョースケのことを考えてデイヴィッドを誘うことができなかったからだ。
でも、今の様子を見る限り二人ともデイヴィッドを拒みそうにない。テオドールの心配は杞憂だったらしい。
「……明日、誘ってみるよ」
「そうしましょう!」
「うん、デイヴィッドがハイドでも、そうじゃなくても……僕は今度こそ、大切にしたい」
「どうせおれたちのことを気にして何も言わなかったんだろうアメテュスト。だがそんなシンパイは無用だ、おまえの心のままに進め。おれたちはおまえに着いていく」
これなら、きっと後悔はしない。いや、あの日テオドール自身がアドムに行ったように、未来に希望を託すのなら、後悔はしない。後悔は、未来を見ないからするものなのだ。
明日の朝、デイヴィッドをこの旅に誘う。満場一致で、それは決まったのだった。




