第48話 「はじめまして」
「あ、セ……テオドール君。すまない、名前、間違えて。あまりにも似ていたから……ジェンティアとの話は終わったか?」
「……おう」
そっか、と微笑むデイヴィッドはあの日のハイドとあまりにもよく似ていて、でもハイドはこんなに頻繁には笑顔を見せてくれなくて、テオドールは複雑な気持ちのままデイヴィッドに向き直った。
ニコラウスたちはジェンティアに案内されて、既に今夜泊まる部屋へと入っていた。デイヴィッドはテオドールとジェンティアが二人で話す前にまた厨房に戻っていたはずだが、もうランチの時間は終わったらしい。
「はじめまして、デイヴィッド。改めて、俺はテオドールだ」
はじめまして。その言葉を言うのに、ひどく胸を締め付けられるような気分だった。
それでもテオドールは何でもないように笑顔を作る。ハイドがあの日、一番の笑顔で覚悟を決めたから。
「うん、はじめましてテオドール君。オレはデイヴィッド。多分……過去から来たことになるのかな?」
デイヴィッドは柔らかな表情で手を差し出してきた。
テオドールはこの光景に覚えがある気がした。ニコラウスに初めて出会った時、手を差し伸べられた光景ではない。ハイドに手を差し伸べたあの月夜の光景でもない。でも、それが何かわからなかった。
「まさか気がついたら百年くらい経ってて、自分のいたはずの帝国が滅んでいたなんてな……信じられない気分だ」
「……今はラーマ帝国っていうんだぜ。魔法もなくなった」
「そうみたいだな。どういうわけか体内魔力も全然無い……」
体内魔力。おそらく以前ニコラウスが言っていたように、旧文明時代の人間は魔力のある環境下で生まれたため本来身体の中に魔力が蓄積されているのだろう。しかしデイヴィッドは「無い」と言った。それはつまり、この身体は旧文明ではなく新文明下でできたもの……ならば、間違いなくハイドの間違いなくハイドの身体として見ていいはずだ。
これで「デイヴィッド」が直接タイムスリップしてきたという仮説は棄却された。
ツィトリンの所持者はハイドを助けてくれた……それは、あくまでハイドの身体を助けただけなのだろうか? それは「ハイド」を助けたと言えるのだろうか? もちろん文句を言う権利は無い。テオドールはハイドを助けることができなかったから。でも、テオドールたちの知るハイドがいないならば。デイヴィッドという魂に押し出されて消えてしまったのならば。
テオドールは二度、親友を失うことになる。
しかし、デイヴィッドに「お前は本当はあの日海に身を投げた俺たちの仲間だ」なんて言えるはずもない。「ハイドを返せ」とも。
本人はまったく違和感を持ってもいなければ、知らない時代で一人だなんて不安だったことだろう。テオドールたちにとってデイヴィッドがハイドに見えるように、デイヴィッドにとってもテオドールはセオドアに、アドムはナジフに見えるはずだ。
「それで、テオドール君たちは宝石眼所持者? を集めているんだよな。結局それって何なんだ?」
「お前は知らねえのか?」
「知らないよ、本当のオレの目の色はただの黒に近いはずだ。この時代に来てからいつの間にか目の色が変わっていて……よく、わからない。でも……」
デイヴィッドは困ったように口をつぐんだ。
「……ところどころ、覚えていないんだ。セオドアとナジフと、セシリアのことも。何で出会って、どうしてこんなに会いたいと思うのかもわからない」
「セオドアか……俺ってそんなに似てるのか? いや、俺もお前のことハイドって呼んじまったけどさ」
友のことについて聞いたからか、デイヴィッドの表情が明るくなる。テオドールを青の宝石でじっと見て、それから頷いた。
「似ているよ、瞳の色以外。ああ、あと……セオドアはもっとつんつんしていたな。『貴族なんか嫌いだ』って。でも途中からオレとも仲良くしてくれるようになったんだ。君は最初から優しいから、そこは少し違うかもな。君は? ハイドという人とオレは似ていると思うか?」
尋ねられて、テオドールは言葉に詰まる。
顔だけなら、瓜二つだ。笑い方も、話し方も、料理が得意だというところも……海のような、底なしに深い青の瞳も。でも、ハイドはもっと無愛想で、常に何かを抱えていて、最初に出会ったテオドールが「気に食わない」と思うほどには不器用だった。
「……お前のほうが、表情豊かだな」
「そうかな?」
ハイドだって、呪いさえ……ロルバッハ家の実験さえなければ、デイヴィッドくらい表情豊かだったのかもしれない。
デイヴィッドが何者であれ、ハイドの顔で、ハイドの声で、生き生きと動いているのを見ることができたのは少しだけほっとした。
「デイヴィッド、お前はこれからどうするんだ? このままチェーロの手伝いをするのか?」
「うん、この時代でオレに帰るところは無いから」
なら、俺たちと一緒に行こう。
そう言いたかったが、まだ他の皆の意見を聞いていない。特にアドムだ。飄々としているようでいて人一倍慎重で警戒心の強い彼が、果たしてデイヴィッドという人間を信用するだろうか。しかも、生まれ変わりなど信じていないと言っていた彼が、あろうことか自分の前世とされる『ナジフ』の名を呼ばれるなんて。
それに、キョースケも。自分が刺してしまった、追い詰めてしまったハイドという存在と同じ見た目をした、違う人間。それを受け入れることができるかどうか。
テオドール自身だって、果たしてデイヴィッドのことを「デイヴィッド」として見ることができるだろうか。ハイドの代わり、ではなく。
「なあ、デイヴィッド。ユートピア計画ってわかるか? それについて知っていることがあったら教えてほしくて」
「ユートピア計画……」
今のうちにデイヴィッドから手がかりを聞き出しておこう。宝石眼の呪いのことも魔女のことも伝えないままいるのは少し罪悪感があったが、いきなり呪いや旧文明の崩壊の話をするのはさすがにハードルが高すぎる。テオドールにとっても、きっとデイヴィッドにとっても。
今の「デイヴィッド」はスバニア帝国が滅んだ事実を知らなかった。となれば、最初の厄災前の記憶なら持っているはずだ。ユートピア計画についてなら、何か知っているのかもしれない。ヨシダの記憶が確かならデイヴィッドはユートピア計画の協力者だ。
とはいえ、ユートピア計画よりもさらに前の記憶しかなければ有力な情報を得るのは難しいだろう。テオドールは緊張しながらデイヴィッドの言葉を待った。
「…………ユートピア計画。そうだ、オレと、セオドアと、セシリアと、ナジフはそこで会って………………それから、えっと」
「デイヴィッド?」
「っ、いた、い」
デイヴィッドがこめかみを押さえて顔をしかめる。
「! 悪い、混乱させたな」
「う、ん……すまない、でも、何か思い出せそうな……」
「無理に思い出そうとしなくていい。大丈夫だからさ」
「…………すまない。君たちに、必要なことなんだろう?」
申し訳なさそうに眉を少し下げるデイヴィッド。やはりよく似ている。表情だけではない。自分のことよりも先にこちらを気にするところだ。
「何か思い出したら伝えるよ」
「……本当に無理はするなよ。「会ったばっかりの」俺らのためにお前が苦しい思いをする必要はねえんだから」
「会ったばかり……そうだな、でもなんだか初めて出会った気がしないんだ。セオドアに似ているからかな」
そんなふうに言われると、やはり彼はハイド本人なのではないかと期待してしまう。「デイヴィッド」だと思い込んでいる「ハイド」なのではないだろうか。そんな都合の良い結果を、期待してしまう。
会ったばっかり。自分にそう思わせるくらいしか、テオドールはできなかった。




