第47話 残酷な再会
ネイプル地区。活気あふれる観光の街。宿屋チェーロの扉を開ければ軽快なベルの音とともに、ポニーテールの少女が出迎えてくれる。
「いらっしゃいま……あ! テオさん! ニコラさん! アリリオさん! お久しぶりです! お元気でしたか?」
「ジェンティ! 久しぶりだな。連絡ありがとう」
「いえいえ。あ、ちょっと待ってくださいね、部屋がいっぱいなのでこちらに」
ジェンティアに案内されたのはかつて泊まった客室ではなく、チェーロの隣にあるジェンティアの……あるいは、アーラファミリーの事務所のような建物にある部屋だった。
「すみません、ここで少し待っていていただけますか? チェーロを部下に任せてくるので」
「忙しい時にごめんね」
「違うんです! 私が連絡したから……でも、宝石眼が見つかったのでこれは報告しなきゃと思って!」
そのまま、ジェンティアはぱたぱたとチェーロに戻っていった。
「ジェンティ、元気そうだね」
「本当にな」
「ほう、あれがアーラのお嬢か。父親の方はムハンマド商会と交流しているから知っているが」
「ジェンティはすごいですよ! 魔法が使えるわけではありませんが、俺よりもずっと強いんです」
あの時……最初にネイプルに来て、テオドールがロルバッハに手回しされた黒マフィアに捕まった時。ジェンティアはたった一人で黒マフィアを倒した。
アドムとキョースケはジェンティアに会うのは初めてだ。ハイドは連絡石越しにジェンティアと話したことがあったが……。
色々なことを思い出していると、再び扉が開いた。
「皆さん! こちらが宝石眼所持者の……」
どうやらジェンティアの後ろに例の宝石眼所持者がいるらしい。テオドールは身を乗り出してのぞき込み……そして、息が止まった。
忘れられない。忘れるはずがない。濃紺の髪に、少し青白い頬。海のような……そう、空ではない、海の青をした、宝石の瞳。
「ハイド…………っ」
「セオドア?」
テオドールの声と、「ハイド」の声が重なる。
その青年……「ハイド」はテオドールとアドムを見て、安心した様子で微笑んだ。ハイドの顔で、ハイドの笑い方で。
「セオドア! ナジフ! 良かった、二人で一緒にいたんだな。オレ、一人だったから……それで、『ハイド』って……」
「…………は? お前のことだろ?」
「オレ? オレは、デイヴィッドだろう?」
噛み合わない会話。
ハイドのようで、ハイドではない誰か。
その場にいる誰もが、何が何だかわからないという様子だった。
☆☆☆
テオドールとジェンティア、二人でコーヒーを置いて向かい合う。湯気がテオドールの目の前を白く濁らせた。
以前ジェンティアから連絡を受けたのはアドムに会う前、アラブリアへ行く手配をしてもらったときだ。それ以降にわかったことや、ロルバッハ家のその後についてテオドールはジェンティアに話をした。彼女もロルバッハの突然の爵位返還にはとても驚いたらしい。
そして、イグリシアから帰る船上でのこと。ハイドはジキルと共に海へと身を投げたが、ジキル曰くツィトリンの所持者が二人を助けたとのこと。先ほどの「デイヴィッド」は助かったハイドなのではないのかということ。話していると、自分の思考もいくらか整理されるようだった。
「結局ジキルも魔女の傀儡みてえなもんで……って、この話するとややこしくなるんだけどさ。爵位返還はあいつが正気に戻って罪滅ぼしみてえな感じでやったことだ」
それから、テオドールは「デイヴィッド」についてジェンティアに知る限りのことを伝えた。ムハンマド家初代当主であったナジフと同じ旧文明時代に生きて、ケインズの家の壁に名を刻まれ、そして……ジキルの実験結果に時折現れた名前であると。
「とにかく、そういうわけなんだ。あいつはどう見てもハイドなんだよ」
「なるほど。私はハイドさんの声しか知らなかったので気が付きませんでしたが……そうですよね、ザフィーア…………ええ、でもそれを聞いて、腑に落ちたことがいくつかあります」
ジェンティアは真剣な顔つきで話しだした。
「まず、デイヴィッドさんはアーラファミリーのプライベートビーチで倒れていたんです。私の弟がそれを見つけました。ハイドさんがイグリシアとプレンシアの間の海を漂っていればネイプルに流れ着くのもありえない話ではありません。ツィトリンさんが助けたのならなおさら。もう一つ、彼は最初にこう言いました」
『今は、スバニア何年だ?』
「スバニア? 旧文明暦を聞いたってことか?」
「ええ。だから不思議だったんです。でもデイヴィッドさんが旧文明時代の方なら納得です。それから、鏡で見た自身の容姿には疑問をいだいていませんでした。『デイヴィッド』さんの記憶もしっかりあります。でも……旧文明時代からタイムスリップ、なんてことあるんでしょうか?」
魔法が存在した旧文明時代。時くらい超えることができてもおかしくないのかもしれない。
何か決定的にハイドであると言えるものがない限りは、彼は「デイヴィッド」だ。
「どうすりゃ良いんだよ……つーか、デイヴィッドってあのデイヴィッドで間違いなさそうだし、でも本当に味方なのか? ハイドの身体乗っ取ってるとかじゃねえよな?」
「デイヴィッドさんはとても良い人ですよ。信じるか信じないかはテオさんたち次第でしょうけど……彼、助けてもらったお礼だって言ってチェーロを手伝ってくれているんです。実はチェーロが今忙しいのも、彼の料理が美味しいから人がたくさん来るっていう理由で」
「……ハイドの、あいつの料理も、うまかった」
ならばデイヴィッドはハイドであり、ハイドはデイヴィッドであるのだろうか?
「うーん、不思議ですよね。デイヴィッドさんにとってはテオさんは『セオドア』さんで、テオさんにとってはデイヴィッドさんはハイドさんで……テオさんとセオドアさんも同じ顔ってことになります。こんな美人がほいほいいても困りますが……」
「ひと言余計だぜ、ジェンティ。世の中同じ顔のやつもいるかも知んねえだろ」
「だとしても偶然が過ぎますよ……こんなこと、言って良いのかわかりませんけど……実はもともとハイドさんの身体はデイヴィッドさんのもので、テオさんの身体はセオドアさんのものだったとか?」
それにしたって辻褄が合わない。テオドールには赤ん坊の頃の記憶はないにしろ、物心ついてからは「テオドール」として生きてきた。証人だっている。
だいたい、旧文明時代の人間がここにいる理由だってわからない。望んでいたはずのハイドとの再会が、わからないことだらけで喜ぶ暇もないなんて。いや、そもそもハイドなのかどうかすら怪しい。
「……仮にハイドの身体だったとしたら、何が何でもあいつの記憶でも魂でも取り戻す」
「私もできる限りのことはします。でも、どうか……デイヴィッドさんのことも、気にかけてあげてくださいね。彼はハイドさんではないのかもしれませんが、優しくて責任感のある人ですから」
「わかってる。旧文明時代の人間だろうが、敵じゃねえなら同じ宝石眼所持者として……それこそハイドにしてたみたいに接するさ」
デイヴィッド。彼が何者なのかはわからない。何らかの原因で記憶が「旧文明のデイヴィッド」に書き換えられてしまったハイドなのか、旧文明時代からタイムスリップしてきた存在なのか……。
とにかく、話をしてみないことには何もわからない。テオドールはデイヴィッドという人間と直接話をすることにした。




