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【完結済】Juwel Hexe  作者: タラノリオ
青玉の章
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48/81

第46話 生

 ヒノモトからプレンシアに戻った日、皆が寝静まってからもテオドールは月を眺めていた。

 ハイドが生きているかもしれないという安堵は皆を泥のような眠りに誘った。が、テオドールはむしろ目が冴えてしまって、あのジキルの話すらも夢だったのではないかと思うほどに現実離れした感覚を持て余していた。


 ハイドが冷たい海の底に消えたあの日から、季節は随分温かくなった。皮肉なものだった。あの日ももっと温かければ、ハイドも寒くなかっただろうに。


「…………今頃どこで何してんだろうな、あのバカ」


 一人でつぶやいて、居ても立ってもいられなくて外へ出る。

 少しだけ湿ったような空気と、特に冷たくもない風。森の木々の匂い。ヴァイスヴァルトの夜はいつもテオドールを冷静にしてくれる。


「生きてんなら連絡くらいよこせよな……」

「ふふ、それもそうね」


 返事など期待していなかった言葉に、女性の声が返ってきた。

 キョースケの母親の声とは違う、もっと妖しいような、無機質な声。テオドールはこの声を知っている。振り返ってその仮面を見た瞬間に、以前の記憶が鮮やかに蘇った。


 いつだったか、まだハイドがこの森にいた時に現れた少女だった。


「……あんた」

「こんばんは。月が綺麗ね、セオ」


 おそらく微笑んでいるのであろう彼女の仮面の隙間から、月明かりに混じって微かに黄金の光が漏れる。


「あんた、ツィトリンの所持者か? 前も会ったよな? 俺のことセオドアって……人違いだろ? セオドアは旧文明のやつだし」


 テオドールは一気にまくしたてるが、彼女は動揺もしていない様子だった。困るどころか、どこか懐かしむような声で答える。


「…………もうそんなところまで知っているの。そんなこと、しなくてもいいのに」

「なんでだ? あんたの名前……セシリアだろ? 俺らと一緒に行動しねえのか? あと、ハイドのこと」

「ふふ、せっかち。変わらないのね。……そうね、デイヴィッド……いえ、ハイドのことはもうすぐわかるはずよ。だからそんなにせかせかしないで。それから私のことも、貴方はもう知っているのね。でもごめんなさい。私はまだ貴方たちと一緒にはいられない」

「……それは、何かやらなきゃいけないことがあるからか? 俺らには助けられないことなのか?」


 少女……セシリアは答えない。

 彼女には何か使命があるのだろうか? テオドールたちには言えない何か……それこそ、旧文明に関わる何かが。魔女と戦っているのか、それともまだ「セオドア」を探しているのか。

 だが、彼女はテオドールをセオドアと呼んだ。ならば彼女の探しているセオドアはテオドールによく似た人間か……あるいは、テオドール本人なのか。


「なあ、俺らじゃあんたの力になれねえのか? ハイドのこと助けてくれたんだろ? だったら、俺らだって」

「…………優しいのね、セオ。いつもそう。でも随分器用になったみたい。良いの。私は貴方たちが生きていてくれたらそれで十分。貴方たちが幸せな世界で生きるための準備は、私一人でできるから。それに貴方は私のことを忘れるわ」

「!」


 前回セシリアに出会った時、テオドールはその記憶をすっかり無くしてしまった。それからニコラウスだって、幼い時に彼女と出会った記憶がほとんど無い。そして彼女は、自分が他者に覚えられない存在であることを自覚しているらしい。

 ノートを持ってくればよかった。テオドールは今から走って取りに行きたかったが、その間にきっとセシリアはいなくなってしまうだろう。前回のように、最初から何もなかったかのように。


「ねえセオ、一つだけ聞いても良い?」

「……なんだよ」

「貴方は、ここで生きていて幸せ?」


 幸せ。

 正直、宝石眼の呪いのせいで絶望したことは一度や二度ではない。ハイドを失うという悲しみだって経験したし、理不尽な世界の闇だって何度も触れてきた。葛藤もあったし、罪悪感もあった。恐怖も、孤独も、不安も。


 生きることは、苦しいことだ。そしてその苦しみはある種呪いとして常につきまとってきた。


 それでも。


「あいつらに出会ってからは、それなりに幸せだよ。あとはハイドが戻ってきて、ニコラをあんたに会わせてやることができたら最高だな」

「………………貴方らしいわ」


 セシリアはテオドールを「セオドア」と重ねているのだろうが、彼女の声は、愛おしむようなその言葉は、どこか懐かしい気がした。


「私はいつでも貴方たちの幸せを願っている。過去も、現在も、未来も。百年経ってもそれは変わらない。貴方が相変わらずせっかちなようにね。だからもう少しだけ待っていて。あの悪魔を見つけて、倒したら、必ず貴方たちに会いに行く。ニコラにも、ね」


 黄金の光がテオドールを包み込む。

 温かなそれは懐かしくて、でも悲しいようで、まるでイグリシアのあの時計台にいた時のような心地で、テオドールは意識を手放した。


☆☆☆


 鳥の声と、少し眩しい太陽の光で目が覚める。

 なんだか変な夢を見た気がする。テオドールはなぜか異様に疲れている身体と頭を起こした。


「そうだ、ハイドと……ツィトリンの所持者を探さないと」


 ハイドが生きているかもしれない、とジキルに言われた昨日のことが本当に現実だっただろうかとノートを見返す。

 見開きのページに大きく「ハイドを連れ戻す」と書かれているのを見て、テオドールは安堵した。


 と、そこにドタバタと階段を上がる足音が響く。

 それから、アリリオが廊下いっぱいに届くような声で叫んだ。


「おはようございます! 皆! ジェンティから連絡ですよ! 『宝石眼所持者が見つかった』って!」


 その言葉にテオドールは勢いよく扉を開ける。ニコラウスも、キョースケも、アドムも慌ててアリリオのところに集合した。

 残る宝石眼所持者はツィトリンの所持者と……ザフィーアの所持者、ハイドだ。


「アリリオ、本当か!? それで何色だって⁉」

「ご、ごめんなさいそこまでは聞いてなくて! とにかくネイプルに来てほしいって言ってました! 今チェーロが忙しいらしくて」


 チェーロはアーラファミリーが経営する一般向けの宿屋だ。ジェンティアはそこの管理人でもある。アリリオ曰く、ジェンティアはとても忙しくしているようで先ほども誰かに呼ばれて連絡が切れてしまったという。


「ヒノモトの次はネイプルか。まさか戻ることになるなんてな」

「懐かしいね。テオと俺が最初に行ったのがネイプルで、アリリオともそこで会ったんだったなあ」

「そうですね。とにかく、これは大きな一歩ですよ! ツィトリンの所持者が見つかればハイドの居場所もわかります!」


 アリリオは嬉しそうに階段を降りて、その勢いのまま朝食の準備を始める。テオドールたちも各々手伝って、あの時よりも随分ましな朝食が出来上がる。

 成長したものだ。塩加減もわからなかったのが、毎日三食やっているうちにハイドの味に近づいてきたような気がする。


「……ハイドが帰ってきたら振る舞ってやろうぜ」

「誰が作ったのが一番美味しいか選手権やろうよ」

「負けませんよ!」

「僕もオニギリなら負けないよ」

「おれは最高級のショクザイでも取り寄せるとするか」

「ずるだ、ずる!」


 賑やかな朝の光景。テオドールの頭の中で、夢の中の声が思い出される。


『貴方は、ここで生きていて幸せ?』


「……幸せ、だな」

「どうしたのテオ、急に」


 ニコラウスが不思議そうな顔をする。

 誰に言われたのか、どうしてそんなことを聞かれたのかは思い出せない。でも、きっと夢の中の自分も幸せだと答えた気がする。


「なんでもねえよ」


 少しだけ硬いスクランブルエッグ。テオドールはそれをまた一口食べるのだった。

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